集え、金の亡者
懸賞金制度というのがある。
簡単に言うなれば「求む○○! 先着一名様に賞金プレゼント!」という奴だ。
「WANTED! 凶悪犯罪者逃走中。捕まえたら賞金10,000G(生死問わず)」も有名な懸賞金制度だ。現代日本でも有力情報提供者にお金を払う制度がある。
軍隊絡みで有名な例と言えば、やはりナポレオンだろう。
「瓶詰」と、そこから発展した「缶詰」である。
瓶詰、あるいは缶詰というのは、軍隊にとっては「鉄砲」の発明以上に重大な発明だったと言っても過言ではない。
なにしろそれらが発明されるまで、食糧の輸送というのはとにかく大変だったのだ。
当たり前の話だが、食べ物は時間とともに腐る。
えっちらおっちら運んできて、いざ食べようとしたら腐敗したりカビが生えてたりして処分せざるを得なかった、なんて例はいくつもある。
そしてその処分というのも難物で、軍隊が最もやりたくない仕事は「腐った食糧を捨てる」作業だったという話もあるくらいだ。
そりゃそうか。捨てるために大変な思いをして運んできたんだ、と考えてしまえば士気も落ちるだろう。
陸上の場合現地調達で何とかなったりするかもしれないが、海上とか、あるいは砂漠とかロシアになるとそれも難しい。
腐らせないために塩漬け、酢漬け、燻製、防腐剤でヤク漬けなどの処置を施すのが一般的ではあったが、今度は「ビックリするくらい不味い」「栄養が偏って壊血病」という問題にぶち当たる。
飯が不味くて叛乱が起きた軍隊は数知れず。でも他に方法がないのだ。
世の軍事指導者を悩ませたこの問題に、ナポレオンもまた直面した。
でもまぁ、歴史上の大問題を簡単に解決すれば苦労しない。ナポレオンが異世界転生者とかじゃない限り無理だろう(彼の実績から考えると、実は異世界転生者だったと言われても信じてしまうかもしれないけど)。
しかし我らが偉大なる皇帝は一味違う。
彼は政府内に軍用食糧長期保存研究委員会を設置して、かつ公にこう宣言した。
「画期的な案思いついたやつには賞金出すぞ!」
人間、そう言われたら誰だって頑張るものだ。ちなみに賞金額は12,000フラン。現代日本の価値に換算すると2000万円程。
目の色が金色になった、ヨーロッパ中の奇人変人天才たちが色々な案を応募してきた。そして最終的に採用されたのが、ニコラ・アペールの瓶詰である。
ちなみに彼、フランス革命に参加して投獄された経験がある前科者でもある。
彼は12,000フランの賞金を手にし、そして食品加工会社を立ち上げて歴史に名を遺した。
また彼の考えた食糧保存方法は海を渡り「ガラス瓶なんてすぐ割れるから使いにくい! 金属にすれば頑丈だ!」と考えたイギリスの変――紳士が缶詰を発明した。
缶詰はその後近代戦における兵站に大いに活躍し、現代においても一般家庭から軍隊に至るまで重宝している、まさしく偉大なる発明品と言えよう。
……まぁ、初期の缶詰には鉛が入ってたせいで中毒者が続出したり、缶切りの発明が缶詰発明の50年後で、それまでノミとハンマー、果ては鉄砲で開けていたなんていうオチもあるのだけれど。
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ある日のこと。
すっかり寒くなった魔都からは半袖が絶滅し、冬服に移行する。
肌が露出しなくなったことによって眼福する機会が減った――と思うことはない。俺は夏服より冬服の方が好きだ。
それに――、
「アキラ様、どうかしました?」
「いえ、なにも」
ソフィアさんとは色々あって仲良くなったのだ。目移りする機会が減ったのはいいことです。
「はぁ……。また変な仕事増やさないでくださいね? 心ここに非ずのアキラ様は、七割方なにか新しい事を始めようとか考えてるものですから」
「いや、そんなことはない、ですよ?」
せいぜい三割くらいだと思うよ。
でも確かに、今兵站局が何か新しくビッグプロジェクトを立ち上げる余裕はない。彼女の言わんとすることはわかる。
人員に余裕はない。予算に余裕もない。例のメイド喫茶ブームにあやかって系列店を増やしたいけれど、流石にこれ以上やると民業圧迫と言われるだろう。
それに某公認娼館の淫魔の店長が、
『メイド服喫茶始めようと思うの。お気に入りの淫魔メイドに別途料金を払えばXXX出来るっていうのを――』
ということを言い出したので、それを止めるのに必死だった。
風俗に関する規制は本来兵站局の仕事じゃない。でも何もしないわけにはいかない。なにせ意図せずとは言え兵站局がブームの火付け役になってしまったのだから。
戦時医療局や憲兵隊、当局と協議して、今後発生するだろう危ないメイド喫茶の規制を考えなければならなくなったこともあり、新プロジェクトなんてやってる暇はないのだ。
「もう今年は何もしなくていい――というのは語弊がありますけど、日頃のルーチン消化で終わらせたいですね。それに良い案が浮かんでるわけじゃないので」
「畏まりました。……ということは、先程は何を考えていらしたんですか?」
「企業秘密です」
ソフィアさんに心を読まれて嫌われるのは嫌なので全力で仕事をしよう。幸い、仕事もそれほど溜まっていないし、今日は……と言うより、今日も残業しなくて済みそうだ。
日本じゃ平社員止まりだった俺には労務マネジメントは難しすぎる。最近やっと慣れてきたところだから、残業0で終わらせる快感というのは良い。
なにより残業代で人件費が嵩むこともない。浮いた人件費で新しい事業を進めるなり、物資を調達できるわけだ。
だから今日もルーチン消化。地味な事務作業は描写しにくいことの連続だが、そこは想像の翼をはばたかせてほしい。
ほら、聞こえるだろうか。ペンが走る音、紙がめくられる音、誰かが事実確認を求め、それに対して「ああああああもうダメだあああああああ」という悲痛な叫びも――、
「え、ちょっと待って今の誰?」
なんかもう、放っておいたらそのまま切腹しそうな勢いで叫んだ人いるよね!?
「今の声はユリエ様でしょうか……?」
ソフィアさんがそう言って、彼女の方を見る。
すると確かに、そこには頭を抱えて沈黙というか沈没している一人のハーフリングの女性がいる。
多種多様の種族がごった返す我が兵站局だけど、あの特徴的な体格は顔を確認するまでもなくユリエさんのものである。
「ユリエさーん、どうかしましたかー?」
彼女の傍に近づき、生死を確認する。あんなに叫ばれてしまっては上司としては確認せざるを得ないだろう。
ユリエさんは俺の声を認識すると、壊れかけのブリキの玩具のようにぎこちない動きで首を動かしこちらを見た。彼女の目は絶滅危惧種のフレンズのようにハイライトを失っている。
こりゃ重症だ。
「ユリエさん、しっかりしてください。希望を捨てちゃダメです。立つ木監督を信じてください」
「それ誰だよおおおおおおおおおおおお! うわああああああああああああん」
どうやらユリエさんは11話ショックの被害者じゃないようだ。いや当たり前なのだが。
早起きしたのかは知らないが、彼女は涙をボロボロと流して俺に抱き着いてきた。好きなおもちゃを取り上げられた子供のようである。一体何があった。12話を見たのか。
詳しく事情を聞こうと、そしてソフィアさんからの目が怖いということで、彼女を引き剥がす。ユリエさんは暫くしゃっくりが止まらなかったが、それが落ち着くと事情を話してくれた。
「チョコレートが確保できないんだよ、局長さあああん!」
……うん?
チョコレート?
「ユリエさん、チョコ好きなんですか?」
「ちげーよ! 軍用レーションのことだよ! それにオレはチョコは嫌いだ!」
「あ、そうなの」
軍用レーションというのは、配給食品のことである。
兵士が食べるものは全て「レーション」と呼ぶが、今回の場合は最前線で食べるコンバット・レーション、携行食糧のことだろう。
「……取れないんですか?」
「取れないんだ……どうやっても……。原材料のカカオ豆生産地が限られてる上に、やっと取れた豆を載せた船を人類軍の攻撃で沈められてよ……」
また無能海軍のせいか。
カカオ豆航路を確認したところ、最前線というわけではなさそうだ。そんなところにまで人類軍の船が来ているというのは、海軍には制海権の概念がないのかもしれない。
まぁ、無能はさておき。
「嗜好品が確保できないのはヤバいですね」
「ヤバいよな」
「ですね。なんとかしませんと」
チョコレートのような甘味は、ストレスの多い兵士にとっては数少ない娯楽だ。それすらも封じられてしまうと、兵士の士気の低下は著しい。
チョコレートの原料、カカオ豆が確保できないとなると増産ということもできない。
となると、代替品か。
地球における、コーヒーの代替品としてのタンポポコーヒー、コーラの代替品としてのファンタだ。
「ユリエさん、なんか適当な代替品ってありますか?」
「……砂糖水とか?」
「兵士はカブトムシではないですよ」
いや一応魔族の中には虫族っていうのがいるけども、さすがに砂糖水単体では飲まないだろう。
その後、俺とソフィアさんで倉庫の中をザッと流して見たが、代替品となりそうな甘味はなかった。というか、意外と種類がない。
「なんでこんなにないんですか?」
「一番の理由は、人類軍の度重なる攻撃で生産地を奪われたことですね。サトウダイコンの生産地はまだ無事なので砂糖には事欠きませんが」
「さすがに角砂糖を配給するのは文字通り味気ないですね」
うーん、しかし嗜好品の配給が滞るのは、最悪叛乱を起こされかねない。なんとかして代替品を確保しないといけないだろう。
「しかしアキラ様、そレで仮に確保できたとしても、その場しのぎでしかありません。長期的にはずっと悩まされる羽目になります」
「ですね。カカオ豆輸送船撃沈が今回だけ、なんてありえませんし……」
兵站局の名に懸けて、前線に必要な物資が届かないというのはまずい。それにユリエさんの精神が持ちそうにない。このままだと本当に切腹しそうだ。
こういう時こそ頭を使わないとな。
と言っても俺ら甘味づくりに精通しているわけじゃないのだけれど。
「なんか案あります?」
「なんですかその適当な質問は……。でも、私も料理は得意なんですが甘味作りは専門外ですね。クッキー程度なら作れるんですが、戦場では水が欲しくなるだけですよね」
「そうですね……」
……。
「ソフィアさんってクッキー作れるんですね」
「えっ? はい、まぁ。流石にプロには負けますが……」
「へー……そうなんですか。意外ですね」
「そう、ですかね? ……なんなら、今度作りますよ?」
「えぇ、いや、でも悪いですよ!」
「目が欲しがってますよ」
ばれたか。
「大した手間でもないので、今度作りますよ。味は保障しませんけれど」
「ソフィアさんの作ったものなら美味しいに決まってますよ」
女の子にお菓子手作りしてもらえるとは、これに勝る嗜好はあんまりない。
と、いかんいかん。仕事しないと。俺たちの会話を聞いていた男性局員の眉がピクピク動いている。これ以上は危険だ。
しかしソフィアさんが作れるというのは本当に意外だな。いや、でもそうでもないのかな。ソフィアさんってば、すごいキッチリ量りそうだから、お菓子作りには向いてる性格なのかな?
案外、隠れた才能というのはどこにでも埋まっているものなの――む?
これ使えるんじゃないか?
「……公募しましょう」
「はい? あの、アキラ様、今なんと?」
「公募しましょう、ソフィアさん!」
そうだ。お菓子作りができる奴なんて結構どこにでもいるのだ。ソフィアさんみたいに。
そしてここは花の魔都。職人には事欠かないだろう。であれば、それを使わない手はない。
「ソフィアさん、エリさんと確認して予備費から2000万ヘル程を確保してください。それとユリエさんやリイナさんに、私のところまで来るようにと伝えてください」
「は、はい。……あの、何するつもりなんです?」
「そりゃもちろん、決まっています」
第一回、魔都お菓子作り選手権である。




