ミサカ・ヤヨイの野望 後篇
「……意外と盛況ですね」
狐人族料理店「サツキ亭」は、開店一時間前にも拘わらず既に列を作っていた。
滅びかけた種族の料理ということもあって物珍しさが先行し、そこに周囲にライバル店がないという立地、魔王軍が関わっているという噂にミサカ・ヤヨイというロリが合わさってここまでのことになった。
うん、やはりみんなロリコンなんだね。
「何を言っているんですか……それに、まだ仕事中ですよね、私たち」
「まぁ計画が上手くいっているかどうかの確認というか視察ですからね。大きな仕事があるわけじゃないですし、エリさんやユリエさんも留守番しているから大丈夫ですよ」
エリさんはすごく行きたがっていたが、さすがに兵站局の幹部職員がユリエさん一人だけと言うのは不安しかないので残しておいた。
「なら私を残せばいいのでは?」
と、ソフィアさんからのつっこみ。確かに仕事的にはそれが一番なのだろうけれども。
「それも考えましたが、私とエリさんが二人きりで食事に出かけて不倫しているみたいじゃないですか」
「……何を言っているんですか」
真面目にそう考えたのだが、ソフィアさんは心底呆れた様子である。俺の事をさっさと追い抜いて、サツキ亭の従業員専用口へと行ってしまった。
急いで走ってなんとか彼女に追いついたのだが、ソフィアさんが扉を開けた瞬間「やっと来たわねソフィアちゃん! 待ちくたびれたわよ!」というどっかで聞いたことのある声が不穏な言葉と共にソフィアさんを店の中に引き摺り込んで戸を閉めた。
俺? 締め出されたけど?
とりあえずノック。
数瞬して扉の向こうから返ってきた言葉の主は、お馴染みのあいつである。
『あ、アキラちゃん? ちょっと今開けないでね。準備で忙しいから』
「なんでレオナがいるんだよ。ってまぁそれよりも、俺も準備に来たから手伝ってやるから入れてくれ」
『ごめんアキラちゃん今それやると軍刑務所行きになるよ』
ナンデ!?
いったい中で何が起きているのだろうか。え、まさか怪しいことしてるの? なにかとても反社会的で中毒性の高い白い粉とか甘い香りのする葉っぱとか、そういう物を売る店にしてないよね?
……まぁ真面目なソフィアさんやヤヨイさんがそんなことをしているとも思えないから大丈――
『ち、ちょっと、カルツェット様! なにをしているんですか! あっ、だ、だめです、それは――』
『ちぃっ! さすが狼人族ね! ミイナちゃん、リイナちゃん! ちょっと押さえてて! その隙に私がやっちゃうから!』
『はーい。じゃ、ソフィアさん大人しくしてねー』
『うぅ、ごめんなさいごめんなさい後で叱られてあげますから許してください――!』
大丈夫だよね? 信じていいよね? てかなんでスオミ姉妹までいるの? 確かにリイナさんは今日は非番だけど。
が、そんな俺の不安をよそにドタバタ音は絶えることはなく、中からはすすり泣くソフィアさん(とリイナさん)の声が聞こえた。
数分後。
「あ、アキラちゃん準備できたよー」
「……おう」
レオナが戸を開けて中へと誘導するのだが、もうこの時点で色々とダメな光景だった。何がダメなのかはすぐにわかる。
「じゃーん! どうよアキラちゃん、これでこのサツキ亭は大繁盛待ったなし!」
「待ったなしですね!」
レオナの豪語に、ミイナさんが合いの手をうつ。とても相性良さそうな組み合わせだな。金輪際関わりたくないレベルで。
「あの、これ、なんです」
「なに……って、見てわからない? ていうかその前に何か感想あるでしょ!」
あぁ、うん、まぁ、そうなのかもしれないけれども。
レオナは半歩右に移動し、彼女の背後で若干涙目になってへこたれているソフィアさんの姿を「じゃーん!」という効果音と共に披露する。
「うぅ……見ないでください……」
今までにない程生気が失われている彼女は、なぜか和装メイド服を着ていた。
そしてその似たようなメイド服を、この場にいたサツキ亭関係者以外全員、つまりソフィアさん、レオナ、ミイナさん、リイナさんが着ていたわけである。
レオナが戸を開けた瞬間から、そんな姿だったのだから嫌な予感はしていたが……。
「何やってんだお前ら……」
「だって普通の服じゃつまらないじゃないの。特徴つけないと!」
いや巫女服の時点で特徴が……あ、でも巫女服にエプロン付けたら結局は似たような感じになるのか? あ、いやでも発注した制服と形が全然違うが……。
「あ、ちなみにこれはミイナさんのお店で使ってるメイド服を改造した奴だから、経費云々は心配しなくてもいいわよ!」
「急に頼まれたから五着しか作れなかったのよね」
やっぱり犯人はミイナさんだったか! レオナとミイナさんがどういう経緯で知り合ったのか知らないけど、そんなことだろうと思ったよ!
「レオナ、そういうことは事前に言ってほしいんだが」
「事前に言ったらアキラちゃん絶対に『ダメ』って言うじゃん」
「言うに決まってるよ」
曲がりなりにも半官半民三セク料理店。兵站局が出資金を出しているのだから、こちらに許可を求めると言うのが筋ではないかいレオナさん。
……違うんだろうなぁ、レオナだもん。
「そ ん な こ と よ り ! アキラちゃん、感想ないの」
「開店準備しなくていいの」
「準備するのは店員の仕事でしょ?」
邪魔しに来てんじゃねーか! カエレ! 土とかに!
とか言ってたら、騒ぎを聞きつけたのか従業員が続々と集まってきた。彼女らについては予め兵站局が用意した制服を着ていたが、彼女たち従業員は和装メイド服の方が可愛いと評していた。
「どうよアキラちゃん。感想は? 私としてはもうちょっと改造したかったんだけどさすがに時間なくて」
言って、レオナがその場でくるっと一回転しスカートがふわりと舞う。俺があと150センチくらい背が小さかったらたぶん中身が見えたんだろうが、残念ながら見えなかった。
今回の和装メイド服は、フリフリがあったりなかったり、大正ロマンな服だったり完全な和服だったり、丈についてもレオナとリイナさんが短く、ソフィアさんとミイナさんが長かったりした。他にも細かな違いがあり四者四様である。
「で、どうよ。私だけじゃなくてほら、ソフィアちゃんとかも!」
「だ、ダメです! こっち見ないでくださいアキラ様!」
「あぁ、いや、そうは言われても……」
正直に言おう。
めっちゃ可愛いと思います。
誰が一番かと言えば、たぶんソフィアさんだと思う。個人的にはメイド服はフリフリがなくてスカート丈が長い、清純っぽいデザインの方が好きだ。そしてソフィアさんのはまさにそれでなんていうかその、
「ソフィアさん、控えめに言って似合ってます」
と、正直に言ったら、ソフィアさんの顔が茹蛸のように赤くなった。
「え、あの、えっとその、ど、どこがいいんですか! こ、こんなのよりもっとその、ミイナ様の方が色気がありますし、カルツェット様のは丈が短いですよ!」
「そうは言われましても、こっちの方が好きなんで」
「はぅ……」
それっきり、彼女は耳から煙を出し(たように見え)て動かなくなった。
「うーん、この天然女たらし……」
「何がだ。正直に言って何が悪い」
「あの局長様、正直すぎるのもどうかと思います。み、みんな見てる中では特に……」
レオナからはともかくとして、リイナさんからそう言われてしまったら仕方ない。後で二人きりの時に褒めちぎってやろう。あまりやると怒られそうだけど。
と、店の奥からパタパタと足音を立てて、一人の幼女がきた。
「あ、あの、もうちょっとで開店時間――って、あ、あのアキラさん、きてたの!」
「あぁ、ヤヨイさん。すみません、挨拶遅れまして」
ふと時計を見たら開店二〇分前になっていた。うむ。確かにこんなだべっている暇はないな。
「ほらほらみんな、ボーっとしてないで開店の準備ですよ」
「「「はーい」」」
「ほら、ソフィアさんも」
「え、はい。じゃあ着替えて――」
「そんな暇ないですよ」
「えっ、この格好でやるんですか!?」
勿論であります。見てて楽しいので。
ちなみにやってきた幼女、もといヤヨイさんも和装メイド服を着ていた。
「……で、ヤヨイさんもそれ着させられたんですか」
「いや、えっと……違うの。ちょっとかわいいって思ったから、きてみた……。あ、あの……ど、どう? かわいい?」
かわいい。ヤヨイさんかわいい。ロリータ調のフリフリがあってスカート丈が短くて、でも長靴下が素足を見せず、所謂絶対領域がちらっと見える所がすごくいいと思います。
「可愛いですよ。よく似合ってます」
「……そっか。えへへ。あの、色々とありがとうございました、アキラさん」
ヤヨイさんがそう言ってお辞儀した時、危うく失神するところだった。
その後、サツキ亭は無事オープン。初日特有の多少のゴタゴタはあったものの、大きなトラブルはなくそのまま閉店した。
二週間ほどたってからはこちらからは様子見もせず、ヤヨイさんも設計局本来の仕事に戻ったが、店は相変わらず繁盛しているらしい。おかげでロイヤリティーでお金が入る。
これでヤヨイさんの悲願たる、狐人族文化振興が達成され――
「あの、アキラ様。少しいいですか?」
「なんですか、ソフィアさん」
「その、昨日市井で流れている噂を耳にしたのですが」
歯切れが悪く口をもごもごしていた彼女がようやく放った言葉は、誰にとっても予想外であり、そしてある意味納得のいく結果であった。
今年は、魔族文化史にとって歴史に残る年となるだろう。
なぜなら魔都では起源不明の「メイド喫茶」なる謎の文化が流行したそうであるから。
……この世界でも、日本文化というのは予想外の力を見せるらしい。
ヤヨイさんが納豆を広めようとしたらメイド服が流行したという(兵站全然関係ない)お話でした。
とりあえず和装メイド服はいいぞ。清楚デザインであればなおさらいいぞ。




