ミサカ・ヤヨイの野望 中篇
意外と長くなったので前中後篇に分割。
ヤヨイさんの野望を叶えてあげよう。
彼女が欲しているのは、狐人族文化の発信と継承である。その第一段階として食文化から、というのは正しい判断だろう。
狐人族料理を提供する店を開き胃袋を掴んで狐人族文化を知る人を増やしてさらにディープな文化を知りたいという者の絶対数を増やす。
アニメや寿司で外国人を釣ってそこから日本文化を教え込むと言うようなものだ。狐人族文化は日本のものに似ているようだし、作戦の実績は日本が証明しているから大丈夫。
うむ。我ながら完璧な作戦だと思う。
「局長、あの、突然こういうことをされても困ります。ただでさえ予算と時間が……」
が、そのことを相談したエリさんからはそんな一言が返ってきた。
当然か。さっき思いついたんだから。
でもこういうときの対処法は心得ている。
「でも店の売り上げの何割かをロイヤリティとして徴収すれば、売れ行き次第では予算に余裕が」
「詳しく聞きましょう」
人を従わせるのに一番必要なのは金である。ちょろいぜ。
料理のレシピについては俺とヤヨイさんで教えられると思うからそれでいいとして、次に問題となるのは出店資金、店舗と従業員、そして原材料仕入れ先の確保か。
これに関しては、エリさんが早速案を出してきた。
「魔都十八番街に現在使われていない魔王軍所有の建物がありますわ。持っているのは兵站局ではなく憲兵隊ですが、何とかなるでしょう?」
何とかなる、というのはまぁその必要経費とか便宜とかそういうものだろう。魔王軍の胃袋と巾着袋(ついでに玉袋)を掴んでいるのは我ら兵站局です。
そういう組織に変えたのは俺だけどね。
「よし。それはそれとして従業員ですね。まぁこれは兵站局で暇してる適当な狐人族に――」
「アキラ様、私たちに『暇』なんて単語はありませんよ?」
「いや、一人二人なら」
「アキラ様」
「はい、すみません」
押しに弱い私を許してほしい。
これ以上人員を割く余裕はないということか。でも暫くは攻勢の予定はないしルーチンに従って仕事すればいいだけでもあるので、一人二人くらいならたぶん何とかなるだろう。
以前のように俺が残業目一杯いれればもっと楽なんだけれど、今それやるとソフィアさんに怒られるからね。怒った彼女の顔も可愛いけれど。
「……アキラ様、何ニヤニヤしてるんですか?」
「得意の読心術で読んでください」
「いや、なんか気持ち悪いのでやめておきます」
ねぇ、ソフィアさんって俺の事が好きなんだよね? ちょっと言葉きつくない?
「そのことは今も変わりませんが、対象が誰であれ気持ち悪いものは気持ち悪いです」
「あ、はい」
反論できなかった。
「コホン。それはそれとして、数人で回せる店にする予定なのでそんなに人は割きませんよ。それに人的サポートをするのは最初だけです」
兵站局にしろ設計局にしろ、いつまでも店に付きっきりと言うわけにもいかない。本業は軍隊だから、さっさと民間に任せるに限る。
まぁ物的支援は惜しまないけど。
「それで本当に大丈夫ですか……? なにやら儲けることも考えているようですが……」
と、ソフィアさんから不安の声が。
そんな彼女の不安を解いた(?)のは、やはりというかなんというかエリさんである。
「問題ありませんわ。店舗は中古のものをほぼタダ同然で手に入れることができ、お店で使う材料も魔王軍兵站局の力で以って安く仕入れます。お店で作った商品の一部を魔王軍へ利益が出るギリギリのラインで売って経営を安定させます」
「リーデル様、あの、これ料理店ですよね? 魔王軍に何を供給するんですか?」
「あぁ、この十八番街の建物は元々は憲兵隊の持ち物と言いましたわよね? 元々は憲兵隊の詰め所だったんですけれど、統廃合で手隙になった余り者なんですの。だから近くにそこそこ大きい憲兵隊の詰め所があります。そこにお店の商品を出前なりなんなりで運べば……」
あぁ、そう言えば魔都十八番街憲兵隊詰所があったね。地球風に言えば、これは警察署だ。
狐人族の料理に日本のような「弁当」があれば、配達も楽だし需要も確保できる。というか詰所にいる憲兵隊に食糧を供給しているのも俺ら兵站局なので、むしろ仕事が減って都合がいい。
必要であれば、輸送用魔像を配備してもいい。確か輸送隊に改良前の初期生産型輸送用魔像が埃をかぶっていたな。それを転用しよう。
「これで店舗と材料、経営についての問題はある程度解決しましたわ」
「あとは従業員が確保できれば、ですか。まぁこれは普通に募集かけた方がいいですね」
「未知の分野ですから、従業員教育に手間取りますわね……そこは必要経費ですけれど……」
「教育に関しては、士官学校の早期育成ノウハウが流用できるかもしれません」
うむ。あとは子細をヤヨイさんと協議して、計画を実行に移そう。なおソフィアさんは途中から諦めたようで、俺が抜けていた間の兵站局の通常業務を進めてくれた。あとでなにか奢ろう。
こうして、エリさんと俺とヤヨイさんが主体となって、兵站局協賛の狐人族料理店主点構想がスタートしたのである。
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数日後。
幾度かの協議と会議と面接など諸々の準備を経て、従業員予定者最初の会合が始まった。
狐人族料理店なので全員が狐人族。
ただし狐人族料理に関して知っているのはヤヨイさんだけであるから、ヤヨイさんから一から教わらなければならない。
が、丁寧に教わる時間というのは惜しい。ならば軍隊式速成教育法と行こうか。
「というわけで、作り方とかレシピを一週間で覚えてもらいます」
と、ヤヨイさんが鼻を鳴らしてそう豪語した。
対する従業員予定者たちは困惑気味である。まぁ一週間で覚えられたら苦労はしないよね。
今回、オープンメンバーとして採用した狐人族店員は全部で五名。華やかさ重視かつ家事経験者を集めた所、年齢に幅があるものの全員女性となった。
魔王の国でも女性は家、という風習はあるらしい。
それはさておき。
前述の通り、ヤヨイさんらは付きっ切りで世話というのが出来ない立場であるため、できるだけはやく独り立ちさせなければならない。
「で、でもいくらなんでも一週間は……」
「できる。言う通りにしてれば、ぜったいできる……」
そしてヤヨイさんが此方を見た。ここからは我ら兵站局の腕の見せ所。
教育というのは、長い時間をかければいいというものではないということは、日本人なら誰もが知るところである。
なぜかって?
大抵の日本人は中学・高校6年間も授業で英語を習ったのに全然英語しゃべれないじゃないか。
教育で重要なのは勉強時間ではなくその質にある。
「というわけで、この教本を使います」
「……それだけですか?」
「それだけですよ?」
まぁ教本の内容が普通じゃないけど。
士官学校の訓練課程を参考に作り、現代社会でも実践されている教育方法とは、徹底的なマニュアル化である。
そんなのマニュアル人間を量産するだけじゃないかと怒られるかもしれないが、マニュアルを超えることができるのはマニュアルを理解した奴だけである。
現代日本では五日間でラーメン職人やらパン職人が作れる。
時代は少し遡って第二次大戦頃、戦闘機パイロットの訓練期間は日米で倍近い差があったとも言うし、マニュアル化というのはかなり侮れない要素だ。
「教本には基本的なことしか書いてありませんので、教本通りにやってもらえればかなり上達するかと思います」
「……そんなに簡単に行きますかね」
「行ってほしいですね」
まぁ、なんだかんだ言って初めての試みなのだ。失敗もあるだろう。一週間は無理としても半月でなんとか出来上がってほしいものだが。
「……じゃ、はじめる。準備はいい?」
そしてヤヨイさんの号令によって、教育がスタートした。
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ヤヨイさんが新兵、もとい新人教育を行っている一方で、俺は別の準備をする。
人がいて店があって材料も調達ルートを確保済み。
あとは何が必要かと言えば、制服だ。
まさか私服と言うわけにもいかないし、狐人族文化云々をしたいなら民族服を制服にするのが一番だろう。
「で、リイナさん、ユリエさん、戦果はどうです?」
「え、はい。その……こんな感じです」
リイナさんが見せてきたのは、ヤヨイさんが来ているような巫女服を少し改造したものである。
見栄えをよくしたと言うのもあるが、製造工程が煩雑になる部分を簡素化させたりしたものだから、元の巫女服よりはかなり見た目が違う。
「こんな服売ってる店なんてなかったから、結構値が張ったぜ。一着当たり2万ヘルって、服に出す金額じゃねーよ」
と、ユリエさん。
1ヘルが1円という感覚なので、この巫女服は2万円ということになる。
……コスプレ衣装として見れば妥当な金額かしら。
「いやいやいや、2万でも投資に見合ってねぇし」
「投資回収しようと思ったらいくらになります?」
俺が聞くと、ユリエさんは黙って胸の前で両手を一杯に広げた。
流石にそれはたっけぇなぁ。
「そんな無茶なって感じなので、初期ロットは2万ヘルで買いましょう。あとは1万ヘルにして店で売ります」
「え、ちょっと待って」
「なんです?」
「局長様、あの、ちょっとおかしな単語が聞こえたような……?」
なにかおかしい単語あったかしら?
これがわからない。
そんなこんなありつつも準備は順調に進み、半月ほどで全てが終わった。
魔都十八番街に出来る、魔都初の狐人族料理店。店名はヤヨイさんの名前と同じく旧暦の異称から命名して「サツキ亭」と名付けてみた。
開店はもうすぐである。
なお、この店名はヤヨイさん以外からは不評だった模様。なんでや。
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