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囁く声で

2話同日更新(1/2)

 後日談と言うか、今回のオチ。


「作戦失敗どころか作戦そのものが欺瞞でした」という事実を(今更)知ったオリベイラが劇おこぷんぷん吸血鬼になるも、俺が世間話として、


「そう言えばセリホスの町にダイヤモンド鉱山があるらしいですね」


 と言ったら、オリベイラ司令官が「今回だけは許してやる」と冷や汗をかきながら退散していった。

 万事めでたしめでたしである。


「そんなわけないです。背中にお気を付け下さい、アキラ様」

「アッハイ」


 まぁ別に確たる証拠があるわけでもないから告発することはない。

 憲兵隊にそれとなく伝えるのが関の山だ。


 その後の飛竜隊の偵察の結果、人類軍はセリホスの町を放棄したらしい。


 災害で壊滅的被害を受け街道も山体崩壊で塞がれたとあっては、如何にダイヤモンド鉱山があるとしても、そう判断をするしかないだろう。



 そして今回、大した攻勢もなく「マイン・フロイント作戦」にも参加しなかったことについて不機嫌を露わにしている者が約二名いる。


「なんで私の事呼んでくれなかったのよ!」


 一人は、言うまでもなくマッドのレオナ。


 今回の震災の教訓として、魔像が多目的に使えることがわかった。

 だから新型魔像「アルストロメリア」の工兵隊向け仕様の設計・開発を頼み込もうかと考えた時、レオナが兵站局に乗り込んで先程の台詞を吐いたのである。


 兵站局のドアがどうなったかって? それ聞く必要ある?


「いやあの状況でレオナがいても別に変わらなかったと思うんだが……」

「変わったわよ!」

「例えば?」

「例えば――そうね、魔像を使って人類を威圧して喧嘩を起こさせないとか」

「侵略者じゃねーか」


 やはり連れてこなくて正解だった。


 そして不満の意を表明しているもう一方は、これも言うまでもなくヤヨイさんである。


「……アキラさんの役に立ちたかった」

「いや、ですがヤヨイさんはまだ子供ですしもし何かあったら――」

「子供じゃないもん……」


 そう言って、ヤヨイさんが腰に抱き着いて離れなかった。


 いや、そういうところが子供なのではないのですか、と言おうとしたがやめておいた。レオナの目が怖いから。

 ロリコン犯罪者を見る目だから。


「レオナ。言っておくが俺は――」

「ん、なんか言った? ロリコ……じゃない、アキラちゃん」

「違うって!」


 俺は断じてロリコンじゃない。まぁ子供は好きだけども。


「ま、でも今回の場合はヤヨイちゃんが正しいわよ。アキラちゃんは無茶しすぎ。そりゃ心配もするわよ」


 それは……ソフィアさんにも言われた話だ。


 無茶をし過ぎ、心の中に溜め込み過ぎ、と言う奴である。

 あの夜の事はたぶん忘れようもないことだ。二重の意味で。


「……反省してるよ。ヤヨイさんも、心配かけさせてすみません」

「ん。だいじょうぶ」


 しがみつくヤヨイさんの頭を撫でて謝罪すると、彼女は許してくれた。ただちょっと、服がちょっとだけ湿ってしまったけれども。


 いつの間にか、魔王軍の中で色々な関係ができてしまったものだ。


 もう一人の命じゃない、というのはこういうことを言うのだろうか。


 そう思いに耽っていたら、いつまでたっても仕事に戻らないことに苛立ちを覚えた誰かから声を掛けられた。


「何をやっているのですか」


 それはソフィアさんだった。


 今兵站局には、諸事情あってリイナさん、エリさん、ユリエさんがいない。

 幹部が根こそぎないため、彼女がこなさなければならない仕事量が増えている。


 これはさっさと戻らないといけない。


 が、その前にソフィアさんがヤヨイさんの目が赤くなっていることに気付いたらしい。


「――って、アキラ様、また女性を泣かせたのですか? しかも子供を」

「えぇ、またですね。でも今回はすんなり許してもらいました」

「今度からは泣かせない努力をしてください。あの夜のことのように、前科があるのですから」

「気を付けます」


 まぁ、その時泣いた女性は今俺の目の前で嫌味も何もない笑みを浮かべているのだが。


 自分が溜め込めばそれでいいというものでもない。何がどう繋がるかはわからない。それを支える誰かがいる。

 まさしく兵站というわけだ。


 今回もまた多くを学べた。


 軍隊というのは、そうやって成長するもので――、


「アキラちゃん、纏めに入ってるところ申し訳ないんだけど」

「え、なに。なんでレオナが俺の心読んでるわけ」

「表情に出てるもの」


 え、マジで。纏めに入ってる表情ってどんな顔なの。

 ちょっと写真機開発して俺の顔撮って見せて欲しいんだけど。


「そんなことよりアキラちゃん、聞きたいことあるんだけど」

「……なんでせう」

「なんで今ソフィアちゃんが『また女性を泣かせた』『あの夜の事のように』って言ったのかな? かな? そしてなんでちょっとソフィアちゃんが満更でもないような意味深な顔してるのかな?」

「………………」


 すっとソフィアさんの方を見たら、彼女はそれに合わせて目を逸らした。

 口の端が上がっているところを見ると、絶対わざとである。


 ……ソフィアさん、謀ったな! ソフィアさん!


 この一連の行動が動かぬ証拠と見たのか、レオナの顔がさらに寄ってきた。


 近い近い。

 そしてなんでレオナはそんなに怒っているのだ。あれか、予算つけなかったからか。


「アキラちゃん、説明」

「アキラさん、なにがあったの?」


 ムッとした、を通り過ぎて鬼気迫るレオナとヤヨイさんの顔。


 下手な言い訳は通用しないだろうという顔であるが、本当のことを言ったらさらに面倒なことになるのだと俺の直感が言っている。


 つまり今ここで俺が何をどう言っても、結果は変わらない!


「はいはい。お二方は仕事に戻ってください。特に深い訳はありませんよ」


 が、ここでまさかのソフィアさんからの援護射撃である。


「ほ、ほんとに? ソフィアちゃん嘘吐かない?」

「私は嘘を言いません。ただアキラ様の悩みを聞いて、私がそれに対して提案を言ったというだけですから」

「泣いたって言うのは!?」

「それとは別の話ですから安心してください」


 うん、確かに嘘は言ってない。


 別の話という言葉も、ソフィアさんは「私の話だけど別の話だよ」と言って、レオナはそれを「ソフィアちゃんの話じゃないんだな」と受け取った、と。


 つまるところ言葉のマジックである。参考にしよう。


 単純マッドなレオナはそれでいいが、ヤヨイさんはと言うと……。


「じー……」


 見つめていた。ジッとこちらと目を合わせていた。


 そんなに穴があくまで見つめちゃダメです。本当の事言いそうになるから。


「別段話すようなことはないですよ。ほら、二人とも忙しいでしょう。ヤヨイさんも例の洗濯機の改良設計があるんですから」


 そうやって適当に追い返して、今回の騒動は終わった。いつまで隠せるかはわからないが。


 ま、それはそれとして仕事の時間だ。


 攻勢作戦の中止と震災で物資の損耗が激しい。それを片付けしないと。


「とりあえずソフィアさん、ウィリカ基地の件から始めましょうか」

「畏まりました、アキラ様。――でも、その前にひとつ良いですか?」


 俺がいつものように、あるいはかつてのように仕事を振ったら、ソフィアさんは少し笑みを浮かべて俺の傍まで寄ってきた。



「……どうしました?」


 聞くと、ソフィアさんは俺の腕を抱き着くように掴み、そして耳元で囁いた。



「――――」




 耳をくすぐる彼女の甘い吐息が、妙に心地よかった。


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