第六話「死霊都市攻略戦」その1
「奥義、旋風烈火!」
巨大な火柱が旋風となり、竜巻となってアイアンゴーレムに襲いかかった。五体の敵ゴーレムがまとめて地獄のような劫火に焼かれ、その表面が溶け……だがそれだけだ。
「GIGIGIGI……」
元々鈍い動きがさらに鈍重になったように思えるがアイアンゴーレムはまだ動いている。炎の塊のようになりながら、それでも前進してきている。
くそ、と舌打ちした甲斐が敵の群れに突っ込み、瞬きする間もなく五体のアイアンゴーレムを両断する。敵の主力を潰した甲斐が、面白くなさそうな顔でカナリア達のところへと戻ってきて、
「何しているのよ、あなたは」
呆れと非難を半々したような翡翠の言葉に、気まずそうに顔を逸らした。
「雑魚ばっかりだったからちょうどいいと思って、新技の練習台に」
なお「旋風烈火」はゲーム「トリニティ・ファンタジア」の中での勇者ヤマトの持ち技の一つだった。
「『旋風烈火』が解放されたってことは、甲斐君は今レベル五?」
「レベル五程度の敵なんてもう雑魚と変わらないけど」
「ゲームと現実は違うでしょう。か……甲斐君は一点突破の大物喰らいが得意な代わりに範囲攻撃が苦手なんだと思う」
翡翠の評価に甲斐も「そんなところだろう」と内心で同意している……また同時に「まだ下の名前で呼ぶのに抵抗があるのかよ」と思わずにはいられなかったが。
「それにゴーレムは魔法攻撃が効きにくいしね。アイアンゴーレムは特に」
「でも結局紅蓮剣でぶった斬ればいいだけの敵だ。動きもとろいし」
そう甲斐はうそぶきつつも、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……毎日のように攻めてくるけど敵の面子は代わり映えしない。簡単に倒せる雑魚ばかりだ」
「今日で一週間連続か。敵の思惑が読めない、って隊長も言っていました」
「梨乃ちゃんは何か言ってた?」
「いや、まだ何も判らないって」
そう、と呟くように翡翠が言い、そこで会話が途切れた。戦闘は残敵の掃討から警戒態勢へと移行しようとしている。
この日は四月二六日。鎌倉を奪還して一〇日、四天王ハルベリンとの遭遇戦から八日、梨乃が「甲」部隊に入隊してから六日が経過している。この一週間連続で冥王軍が攻撃してきたがその規模は比較的小さく、四天王が直接指揮しているわけでなく、強力なモンスターがいるわけでなく、損害はごく軽微。人類側がただキルスコアを重ねただけである。
そしてその夜。甲斐はカナリアに誘われて彼女達のキャンピングカーにお邪魔しているところだった。甲斐は物珍しげに室内を見回している。
「思ったより広いな」
「そうでしょ」
室内にあるのはベッドやソファ。キッチンは不要なので撤去され、代わりのように大型テレビが置かれている。当然のようにDVDプレイヤーもあって、
「じゃん!」
と効果音付きでカナリアが取り出したのは、アニメ「トリニティ・ファンタジア」DVDセットの二巻目である。
「なんでこんなところにまで」
「こんなこともあろうかと、てね。知ってる? 真田さんが作中でこのセリフを言ったことは実際には一回もないんだよ?」
「誰だよ」
ことの発端はカナリアがおしゃべりに誘い、甲斐がそれを断ったことだった。
「ハルベリンが何を考えているのか考えるのに今からアニメを見返すところなんだ」
「一人でそんなことしちゃダメ! みんなで見よう!」
そんなわけで強引にキャンピングカーの中に引っ張り込まれ、今に至っている。大型液晶テレビに面したソファの中央に甲斐が座り、その両脇に翡翠とカナリア。梨乃は甲斐の脚の間である。
「それじゃ、ぽちっとな」
カナリアがリモコンのスイッチを入れ、DVDの上映が始まった。今回上映は第四話から第六話、ファンの間では「死霊都市攻略戦」三部作と呼ばれている範囲である。TVシリーズなので当然ながらオープニングソングから始まり、それを歌っているのはパルマの声優で、
「くらやみがほしをかくしー!」
さらにカナリアがその歌を熱唱する。
「すごい豪華だね」
「無駄に豪華だな」
白鳥兄妹がそんな感想を述べるが翡翠は迷惑そうな顔をするばかりだ。一分三〇秒で歌が終わって、始まる本編。物語は、ある男と女の別れのシーンから始まった。男は若く剽悍な軽装の戦士。女は若く清楚な僧侶である。
『トラーナ、俺と一緒にこの村を出るべきだ』
トラーナと呼ばれた美しい女性は「いいえ」と首を横に振った。
『冥王軍の勢力圏がすぐ近くまで迫っている。俺がいるなら冥王軍をこの村に近付けさせやしないが、俺は勇者とともに旅立たなければならない。この村にだっていつ冥王軍が攻めてくるか……』
『だからこそです。わたしだって戦えます』
『でも! トラーナ、君にもしものことがあったら俺は……』
『では、わたしもこう言いましょう――どうか行かないでください、クレイン。わたしと一緒にこの村を守ってください』
目を見開くクレインだが、彼はそれを横に背けた。
『……俺も勇者だ。俺の力で冥王を倒して、地上に平和が戻るなら』
『そう、あなたには使命がある。この村のことはわたしに任せて、あなたはあなたの使命を果たしてください』
クレインはトラーナの両手を掴み、真っ直ぐにその瞳を見つめた。彼女もまたクレインの瞳から視線を放さない。
『俺は必ず帰ってくる。だから絶対に無事でいてくれ』
『あなたこそ、必ず生き残ってください。愛しています、クレイン』
『俺も愛している』
二人がそこで口づけを交わし……場面が切り替わって、馬車に乗っているクレイン。彼は居眠りをしていて、今目が覚めたところだった。
『夢でも見ていたか? 誰かを呼んでいたようだけど』
『さあ。覚えちゃいねえな』
やさぐれた口調でクレインはそう言う。元は軽装でも鎧を身にしていた彼は、今は防護らしいものは何もなしで、剣も短剣だけだった。
「……クレインが旅立ったのって何年前になるの?」
「預言を受けたソニアが旅立ってからのはずだから二、三ヶ月くらい?」
「二、三ヶ月で人相変わりすぎじゃない?」
「色々あったから」
梨乃の突っ込みにカナリアがそんな風に作品を擁護しようとする。甲斐も「スケジュールに無理があるよな」と思いつつも黙って続きを視聴した。モニターの中では勇者ヤマトが死霊都市攻略戦のための戦力を募っているところである。
「そう言えばハルベリンの顔見世って……」
「第三話にありましたね」
前話でハルベリンが威力偵察なのか挑発なのか、目的の判らないちょっかいをヤマト達にかけてきて、短い時間戦っただけでさっさと帰っていったのだ。ハルベリンの力は圧倒的で、そのままヤマト達を殺せそうな形勢だったのに。
「ハルベリンは何がしたかったんだ?」
「理由も目的も描写がなかったはず……アニメでは」
「ゲームもそこは同じだったけどメタ的なことを言うなら、中ボス戦で突然出てきて倒されるだけじゃ盛り上がりに欠けるじゃない? だから少しでも因縁の対決っぽさを出すために前もって顔見世をしたんだと思う」
勇者ヤマトの呼びかけに腕に覚えのある者が続々と集まっており、クレインはそんな新参のメンバーとひと悶着を起こしていた。
『何なんだあいつは。なんであんな奴が勇者に』
『彼はつい最近恋人を亡くしたところだから……』
『そんな話、珍しくも何ともないだろ』
斜に構えたクレインが他の勇者候補と衝突し、ヤマトやパルマが仲裁する。それでもギスギスした空気と微妙な対立を残したまま、彼等は死霊都市攻略戦に挑むこととなる。
『東部諸国最大の都市、オズ。かつては「花の都」とも呼ばれていましたが、今は四天王ハルベリンの支配下にある、冥王軍の東部最大の拠点です』
『今じゃレイスやゾンビ兵が町中に溢れかえっているって話だ。だから誰が呼んだか「死霊都市」と』
『オズの奪還は東部の冥王軍に楔を打ち込むのと同じだ。冥王軍をばらばらにして各個撃破するのも不可能じゃなくなる』
戦意に燃えてヤマト達勇者パーティは死霊都市へと、その手前の密林地帯に突入。そこで第四話が終わり、続けて第五話の再生が始まった。
「くらやみがほしをかくしー!」
「飛ばしますね」
カナリアがまたオープニングソングを歌おうとするのを無視してスキップし、第五話本編を開始する。死霊都市の入口に広がる密林地帯に突入した勇者パーティ。その彼等を出迎えたのは、
『ちっ、あちこちに罠が仕掛けてある。俺が通った場所以外は通るなよ』
その警告を受けていても勇者の一人がトラバサミで足を負傷し、さらに毒で人事不省になってしまった。
『幸いそれほど強い毒じゃなかったから今すぐは生命の危険はないわ』
『そうか、それはよかった』
『でもどうしてもっと強い毒を使わなかったのか……』
『奴等、意外と抜けているのか?』
『いや、これも奴等の作戦のうちだ』
クレインが舌打ちし、他の面々は不思議そうな顔となった。だがすぐに理解することとなる。意識不明の一人を運ぶには最低二人が必要で、合わせて三人が戦力に数えられなくなったことを。
『ちっ、面倒な。いっそ死んでいれば捨てていけたのに』
『クレイン!』
ヤマトが強く叱責し、クレインが肩をすくめた。パーティの空気はますます悪くなっていく。
いくらクレインが警告していても負傷者を運搬しながらで罠を避けるのは困難だった。そうして運搬者の一人がまた罠に引っかかってしまい、合計で五人が無力化してしまう。その後も落とし穴や火薬を使った悪辣な罠の数々が続き、
「冥王軍てベトコンだったの?」
なおそれらの罠はベトナム戦争でベトコンが使ったブービートラップそっくりだった。
長い時間をかけて勇者パーティは密林地帯を突破する。死者は一人もいなかったものの、そのときにはヤマト・ソニア・パルマ・クレイン以外のメンバーはほぼ無力化されていた。
『ひどい有様だな。どうするよ? 引き返すか?』
『ここまで来てそんなわけにはいかない』
『みんなにはどこかで身を隠してもらって、動けるわたし達だけで四天王と戦うしかないでしょう』
死霊都市の中心地へと向かって移動するヤマト達。その彼等の前に立ち塞がったのは、
『たすけて……』
『たすけて……』
やせ細り、ぼろぼろの姿のオズの住民達。彼等は幽鬼のようになりながらも最後の力を振り絞り、助けを求めてヤマト達へと向かって歩いてくる。ソニアが負傷者の救護に向かおうとし、
『待て、これも冥王軍の罠だ』
『それは判るが、じゃあどうする。見捨てるわけにはいかないだろう』
『見捨てて先を急ぐべきだ。ここで余計な労力を使うべきじゃない』
『そんなの!』
『四天王さえ倒してしまえば彼等だって解放される。優先するべきことを間違えるな』
クレインの主張に反論できないヤマト達。が、パルマはそれを無視して聖歌を使って彼等をハルベリンの呪縛から解放した。倒れ伏した少女をヤマトが抱き起そうとし、
『離れろ!』
クレインがそれを引きはがし、その瞬間少女の身体が爆発する。幸いヤマトには怪我はなかったが、
『な……なにが』
『爆弾だ。服の下に仕込んでいた爆弾を遠隔で起爆したんだ』
『そんな! 呪いは聖歌で消えているはず』
『使っているのは呪いを含まない、ただの火薬だ』
愕然とし、また怒りに震えるヤマト達。一方モニターのこちら側では、
「どうやって遠隔操作で起爆したんだ?」
「小さな火の魔法を使った、ってゲームの中では説明があった。四大元素魔法は邪悪判定されないからパルマの聖歌じゃ無効化できないのよね」
そしてモニターの中では、
『くそ、何とかして爆弾を外さないと』
『俺が敵ならそのときを狙って起爆させるだろうな』
『そんな……何とかできないの?!』
『四天王を倒してしまえば起爆させる奴がいなくなる。先を急ぐべきだ』
『……それしかないか』
爆弾を背負わされた人々を断腸の思いで見捨てて、ヤマト達は前へと進んでいく。怒りに燃えるヤマト達の一方、クレインはまるで痛みを堪えるかのようで……そこで第五話が終了した。
「人間爆弾作戦と言えば何と言っても『ザンボット3』。この最後のシーンもザンボットの人間爆弾回のパロディなのよね」
「……でもこれ、現実のハルベリンが同じ作戦を採ってくるってことでしょう?」
翡翠が指摘し、四人とも陰鬱の極みみたいな表情となっている。
「……対処方法も同じだろ。起爆させる前に速攻でハルベリンを倒すしかない」
「そうですね」
甲斐の力強い言葉に確固と頷く翡翠。続けて第六話オープニングが始まり、
「くらやみがほしをかくしー!」
「飛ばしますね」
お約束のやり取りを経て第六話本編が開始された。怒りに任せて当初は当たるを幸い敵を蹴散らして猛進していたヤマト達四人だが、敵の大軍団に包囲され、クレインの誘導で戦いやすい場所へと移動し、
「ああ、ここだよここ! ゲームで何回死んだことか!」
ヤマト・ソニア・パルマの三人が落とし穴に落とされてしまう。その落とし穴は深さが二〇メートルくらいありそうなおそろしく深いもので、ヤマトの身体能力でも脱出は不可能。さらには、
『くそ、ギガントワームか!』
『何これ、油?』
『上から敵が!』
底にはギガントワームが足の踏み場もないくらいに充満していて、底と側面が油まみれで、上からは骸骨兵が弓矢、火矢、投石等で攻撃してくるのだ。上からの攻撃はソニアの結界で防御するが、火矢によって油は燃え上がっている。パルマが水魔法の障壁で熱を防ぐが酸素が奪われていくのは対処不可能だった。
「これねー。パルマが水の障壁が習得していないとここで詰んじゃうのよねー。ほとんど最初まで戻ってやり直すことになるわけ。あとソニアのレベルも必要だったし、何より」
『預言者エノクが言っていたのはこれか!』
ヤマトは預言者エノクより授かった助言により落とし穴の側面を攻撃し、穴を開け、この死地からかろうじて脱出した。
「壁に穴を開けるのもヒントをもらうだけじゃなくてヤマトのレベルを上げて『直感』を高めておかないとやっぱり詰んじゃうの。本当もう、死霊都市の罠は全部ひどかったけどこの罠は特にひどかった。こんなのだからハルベリンは『鬼畜効率厨』なんて言われるのよね」
落とし穴の側面のある一方は地下通路に近く――それでもメートル単位で離れているのだが、ヤマトが無理矢理そこへと脱出路をつなげ、三人はその地下通路を進んだ。
そしてやってきたのは死霊都市の最深部。そこは直径と高さが百メールとはありそうな巨大な円柱状の空間で、その壁面には繭の形をした何かが無数に連なっている。その繭の中に入っているのは、人間だ。
『な……これは一体』
『ここにあるのは我が魔力の供給源。私はほとんど無制限に魔力を使うことができる』
そう解説しながら暗闇から現れたのはフードを深々とかぶった一人の男であり、
『四天王ハルベリン!』
勇者ヤマトがその男へと紅蓮剣を叩きつける。フードの男は真っ二つとなって絶命した。
『やれやれだな。人の話はよく聞くものだぞ?』
そう言って、一人の男が繭の中から出てきた。その男は首輪をしており、
『貴様、ハルベリン……?』
『この身体は私が操る傀儡だ、今そこで死んだ者と同じくな。この身体はまだ生きている。助けられる可能性が、もしかしたらあるかもしれんぞ』
無辜の市民を殺してしまったことに震え、歯を軋ませるヤマトだが、それでも気持ちを切り替えた。
『ハルベリンの本体がどこかに隠れているはず! そいつさえ倒せば』
『できるのならやってみればいい。私に殺される前にな!』
剣を手にした傀儡がヤマトへと襲いかかり、ヤマトが剣でそれを迎撃した。両者の実力差は大きく、ヤマトは簡単にその傀儡を倒すことができるだろう――本来なら。下手をするとその傀儡を殺してしまいかねず、ヤマトは対応に苦慮している。
『ソニア、パルマ! 呪いをどうにかできないのか!』
『私を舐めているのか? この「隷属の首輪」が聖歌程度でどうにかできるわけがないだろう』
傀儡はそう言い、まるで誇るようにその首輪の指し示し――次の瞬間、紅蓮剣がその首輪をぶった斬った。傀儡は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちてしまう。
『助かったよ、わざわざ教えてくれて』
『なかなか見事な曲芸だが、何度も同じ手が通用するとは思わないことだ』
そう言いつつ繭の中から出てきたのは、一人の女性僧侶だ。その若く美しい僧侶の名がトラーナであることは視聴者には自明なのだが、当然ながらヤマト達が知る由もない。
トラーナが風の攻撃魔法を放ち、ヤマトは手傷を負いながらも距離を詰め、その首輪を両断しようとし、全力で回避した。一瞬前までヤマトがいた場所は、今は短剣を手にした一人の盗賊が占めている。
『クレイン! 何をする!』
『済まない……とは言わない。契約なんだ。勇者の一人を討てばトラーナを無傷で解放すると』
クレインが傀儡の僧侶に視線を送り、それでヤマト達もその女性の名前を理解した。
『馬鹿な、冥王軍が人間との約束を守るはずが』
『いいや、必ず守る。なにせ私は冥王カズムの名において誓ったからね。「勇者の一人を倒したなら一切の傷を負わせることなくこの女を解放する」と』
『冥王の名において……お前達冥王軍は冥王の名において誓ったことは絶対に破ることができない』
『その通り、だから実は今危なかったんだ。もう少しで「無傷で」という契約を違えるところだったからね』
トラーナはそう言って後方へと下がり、その代わりに一〇人の傀儡が繭から出てきてヤマトと対峙した。
『全員同じ剣を持っている?』
『この剣は呪奪の剣。使用者の魔力や生命力を攻撃力に変換し、また傷付けた相手の魔力や生命力を奪って攻撃力に変換する』
クレインが持っているのも呪奪の剣で、まず彼がヤマトへと襲いかかり、一〇人の傀儡がそれに続いた。
ヤマトが傀儡の一人の腹を蹴り上げて吹っ飛ばし、もう一人の隷属の首輪をぶった斬る。が、その隙を突いて飛び込んできたクレインに左手首を切られてしまう。
『くっ……クレイン!』
『これが俺の戦い方なんだよ』
クレインはヒット・アンド・アウェイでヤマトを翻弄した。クレインが踏み込むたびにヤマトの手傷は増えていく。一つ一つの傷は小さくとも累積ダメージは決して小さくなく、またそれは呪奪の剣による傷なのだ。ソニアとパルマの支援魔法でも奪われた分の補充には至らず、ヤマトは消耗する一方であり、
『これで……ラスト!』
傀儡の全員を無力化したときにはもうほとんど動けなくなっていた。だが未だにクレインはほぼ無傷で残っているし、
『ご苦労だったな。それでは次に行ってみようか』
ハルベリンがもう一〇人の傀儡を追加する。さすがのヤマトも膝が崩れそうになり、それでもかろうじて踏みとどまった。
『くそ……! この卑怯者! 恥ずかしくないのか!』
ヤマトが負け犬の遠吠えとしか言いようのない罵声をトラーナ(ハルベリン)へと浴びせ、彼女は不思議そうに首を傾げた。
『意味が判らないな、戦いに卑怯も蜂の頭もあるまい。私はただ効率よく、確実に、お前達を倒すだけだ』
言い負かされたヤマトは悔しげに唸ることしかできない。一方モニターのこちら側では、
「蜂の頭?」
「高橋留美子がよく使ってる言い回しね」
首を傾げる甲斐にカナリアが解説した。なお「蜂の頭」は「取るに足らない小さなもの」の喩えであり、強調のために付け加えられた特に意味のない語句だという。
モニターの内側ではヤマトが絶体絶命の窮地に陥っている。クレインは自分の勝利を確信し、
『トラーナ、もうすぐだ。もうすぐお前を助けてやれる』
その一心を込めた眼差しを彼女へと向けた。見つめられたトラーナは……その唇が小さく震え、その身体が震え、
『お、おい、どうしたトラーナ』
『馬鹿な、身体の制御が』
ハルベリンから身体の主導権を奪った彼女が呪奪の剣を逆手に持ち――己が胸へと突き立てた。
『トラーナ!!』
クレインが剣も何もかもを放り出してトラーナの下へと駆け寄り、崩れ落ちる寸前の彼女を抱き止めた。流れる大量の血がクレインの身体を赤く染める。
『馬鹿な、治癒魔法を……』
身体の主導権を奪い返したハルベリンが治癒魔法を使おうとするが、
『だめだ、呪奪の剣が魔力も生命力も奪っていく。早くこの剣を』
『……抜いたら血を止められない』
剣に刺されたままでは生命力を奪われ、剣がますます傷を深くする。だが剣を抜いては傷口が開いて一気に血を失ってしまう。治癒魔法で傷口を塞ごうとしても、呪奪の剣はその魔力すら奪って攻撃力にしてしまうのだ。そうしている間にも、血も生命も急速に流れ去り、喪われていく。つまりはもう八方塞がりだった。
『トラーナ、トラーナ……!』
クレインもそれを理解し、泣きながら彼女の名を呼ぶことしかできない。トラーナは最後に残った力を振り絞り、手を伸ばしてクレインの頬に触れ、
『……愛しています、クレイン』
『俺も……俺もだ。君を愛している』
その言葉にトラーナは微笑み――彼女は目を閉じた。クレインはその亡骸を抱き、ただひたすらに慟哭する。
『トラーナ、どうして……どうして』
『馬鹿な、馬鹿な、なぜ、どうして……』
クレインの声と重なってハルベリンの声が聞こえている。動揺し、狼狽する声が。ヤマト達は周囲を見回してハルベリンの本体を探した。
『ハルベリンが契約を破った報いを受けている。倒すのは今しかないわ!』
『判っている、でもどこに』
『ヤマト、あそこに!』
ソニアが無数に並ぶ繭の一つを指差した。地下神殿の全ての繭から魔力が奪われ、その一つへと流れ込んでいる。
『失いかけの力を補うために強引に魔力を集めている!』
『悪あがきを!』
ヤマトが疾風よりも速く突き進み、一瞬でハルベリンとの距離をゼロにした。紅蓮剣を全身全霊で大きく振りかぶり、
『雷轟烈火!!』
必殺の一撃が繭ごとハルベリンを撃ち砕く。その身体は下から灰となって崩れていき、灰は風に飛ばされて散っていき、
『なぜ……どうして』
『まだ判らないのか?』
ヤマトの憐れむようなその問いが彼にとっての最後の知覚となった。ハルベリンの首から上が崩れ、その顔と髑髏の仮面が同時に灰となり……ヤマト達はその光景を、勝ち誇るわけではなくむしろ沈痛な顔で見つめている。
そしてシーンは切り替わり、クレインがヤマト達から別れて旅立つ場面だ。
『頼りになる人だったのに……』
『別れと言っても今だけだ。俺達が目指すべき場所は一つしかない』
『そうですね。きっとまたそこで会うことになるはずです』
一方のクレインは、夕闇の中を一人歩いている。その瞳は熱く燃え、また冷たく凍てついていた。彼の内側に残っているのは「復讐」、ただそれだけしかない――
「はあー……」
「死霊都市攻略戦」編を見終え、カナリアが讃嘆のため息をつく。甲斐もまた「見応えがあったな」と、純粋に物語としてつい楽しんでしまった。だが彼等は遊びや暇潰しでこんな時期にこんな場所でアニメを見ていたわけではない。
「……多分、アニメと同じことをやってくるんだよな」
「そう考えるべきでしょうね」
甲斐は怒りに歯を軋ませ、翡翠は暗い目を伏せている。
「人間爆弾にブービートラップ、生贄を使った魔力供給に傀儡での攻撃に、人質を取って味方に裏切りを強いる――本当もう、卑怯卑劣のオンパレードよね! ゲームだったからどれだけ敵が卑怯でも手強くても面白いだけだったけど」
「現実にやられると洒落にならないよな」
「ただハルベリンて『人間を苦しめて愉しむ』って感覚がないキャラなのよね。アニメにもあった通り、ひたすら効率的に確実に勝つために罠を仕掛けてくる」
「それで人間が苦しんでもそれは結果であって、それ自体は目的ではない……」
「そう! だから『鬼畜効率厨』とか『外道AI』とか言われてるの」
本当に洒落にならない、と甲斐は天を仰いで慨嘆した。
「作中での二つ名は『冥界の宰相』とか『無貌のハルベリン』でしたっけ」
「無貌?」
「アニメのハルベリンの顔、最後まで出てこなかったでしょ?」
「仮面をかぶったまま倒されてたな」
甲斐はそう言えばと思い返す。一週間前に遭遇したハルベリンも髑髏の仮面でずっと顔を隠していたと。
「ゲームでも同じです。『誰もその顔を知らない、他の四天王ですら一度も見たことがない』からそう呼ばれている、って話でした」
「作中ではね。初期設定ではハルベリンは『傀儡を次々と乗り換えて憑依する、実体のない存在』で、だから顔も設定されていなかったんだけど、途中から『やっぱり実体がないとシナリオ上不都合だから』って設定が変わったんだって。でも、どういう顔にしても『なんか違う』ってダメ出しが出て、締め切りが近くなって、『出さなくても話は進められるからもうこのままいくか!』って結局顔が設定されないままゲームが完成して。で、その裏話が広まって、二次創作とかじゃハルベリンは顔が決まってないことを散々いじられるキャラになってるの」
甲斐は「へえ」と感心するのと同時に一つの疑問を抱いた――その裏話が信仰として広まっているのなら、実物のハルベリンの容貌はどうなるのだろうか?
「ま、敵が美形だろうと不細工だろうとどうでもいいけど」
「美形の方が嬉しいし売れ行き上も重要だけど、わたしはもう見れないしなぁ」
「ええとその、人質を取られることはあまり心配しなくていいんじゃないかと思います。少なくても『甲』部隊のメンバーは」
急いで話を変える翡翠に甲斐も「そうだな」と乗って、
「俺とマユールさんのところはもう死んでるし」
わたしのところも、とカナリア。
「わたしや隊長の家族は西日本にいますし」
と翡翠。
「燕さんは?」
「あの人も西日本出身だったはず……家族のことは聞いたことがないですけど」
「大丈夫か? なんか立場的にクレインに相当しそうなんだけど」
盗賊のクレインが勇者パーティの斥候をしていたように、「甲」部隊の斥候は忍者である燕の役割だった。
「燕さんが裏切るわけないでしょう」
「いや俺もそう思ってるけど。でもあの人って何者?」
「伊賀か甲賀の忍者のテーマパークのキャストだったとか?」
軽くそう言うカナリアに対し、翡翠は気まずそうに目を逸らし、
「その……わたしの実家が付き合いのあるどこかにお願いをして来てもらったって」
「マジか。本物か」
もしかしたら……と言う翡翠も確証があるわけではないようだった。
「なら人質作戦はあまり心配しなくていいとして、ブービートラップくらいはともかくとして……傀儡と人間爆弾への対策があるわけじゃないんだよな」
「やられたら痛いよね。実際の打撃よりも精神的なものが」
「無辜の市民を見捨てるような戦い方をして、わたし達への支持や信仰がなくなってしまうことも心配です」
「わたしの予知でハルベリンの本体を見分けて、速攻で倒す……」
「多分それが一番確実だな。言うほど簡単じゃないけど」
「ハルベリンは戦闘力では四天王最弱でそれを作戦で補っている、って中ボスなんだけど、それはあくまで四天王の中での話だからね」
「一対一で戦っていい相手じゃないと思います」
翡翠はハルベリンに襲われたときのことを思い出し、身を震わせた。
四人は「うーん」と腕を組んで考え込むが妙案がそんなに簡単に思いつくはずもなく、やがて甲斐が両手を挙げて天井を仰いだ。
「鷹杜隊長がきっと何か考えてくれるだろ」
――もちろん、鷹杜が東京奪還作戦の検討をずっと続けてきたことは言うまでもない。だが今、事態は彼の予想を超えた展開をしている。
『やあ、君のことは動画配信とかでよく知っているつもりだがこうやって直接話をするのは初めてだね』
モニター越しに鷹杜と対面し、気さくに話かけてくるのは迷彩服を着た若い男。だがその首には複数の宝石がはめ込まれた首輪が科せられていて、その目は何も映してはいない。浮かべる笑顔も人形のようだ。彼は先日の戦闘時にMIAとなった「丙」の兵士の一人であり、
『私は四天王ハルベリンと呼ばれている、ただの道化師だ。よろしく頼むよ』
今はハルベリンの傀儡の一つだった。
「こちらこそよろしく……と言いたいところだが、傀儡越しなのはいただけない。せっかくなのだから直接話をしたいところだが」
鷹杜は余裕のある態度を作ってみせ、会話を楽しむ姿勢を示した。ハルベリンから一つでも多くの情報を得るために。
『そうだね、私もそう思う。だから君達勇者パーティには東京に来てほしいと考えている』
「お茶会のご招待か?」
『その通り。私は君達をもてなすためにとっておきを用意している。明日はどうだろうか?』
「それは急な話だ」
と鷹杜は考えるそぶりをした。
「……我々が君を先に招待するのはどうだろうか。もちろん我々も総力を挙げて君を歓迎しよう」
『あいにくこちらにも都合がある』
とハルベリンは肩をすくめた。
「都合があるのはこちらも同じだ」
そっけない態度の鷹杜に、ハルベリンはしばし沈黙する。ポーカーフェイスを保つ鷹杜だがこの数秒だけで胃に穴が開きそうだった。
『……君達に招待を受けてもらうための手段はいくらでもある。まずはそうだな、私が招待状を送った事実を公表しよう』
鷹杜は舌打ちしそうになるのをかろうじて堪えた。東京奪還は日本国民の悲願だ。ハルベリンの招待状――挑戦状を無視するのはその悲願を無視するのとほぼ同義。鷹杜は非難の集中砲火にさらされ、現政権と勇者作戦群に対する支持は低下し、勇者パーティへの信仰もあるいは翳るかもしれなかった。
『それでも招待に応じてくれないなら……私もあまり無粋な真似はしたくないのだ。再考を頼むよ』
鷹杜は忌々しげな顔となるのを禁じ得なかった。ハルベリンがその気になれば日本のどこかの都市に核ミサイルを撃ち込むこともできる――本当にそうするかどうかは問題ではなく、肝心なのは「不可能ではない」という厳然たる事実だった。
「判った、明日だな」
「応じてくれて嬉しいよ。なに、君達にとっても悪い話じゃない。私に勝てば東京奪還は成ったも同然だ」
「トリニティ・ファンタジア」の作中では「死霊都市攻略戦」で四天王ハルベリンが倒され、オズは人類の勢力圏に戻ってくる。東京奪還戦が「死霊都市攻略戦」になぞらえられているのは明白で、冥王軍の行動がシナリオに縛られている以上、ハルベリンが倒された後の動きもゲームと同じになるはずだ。少なくとも他の四天王が即座に東京の再奪還に動く可能性を、考える必要はなかった。
それでも鷹杜は念のためと、打倒の糸口か何かを得られればと考え、
「我々が勝てば冥王軍は東京から撤退すると、冥王カズムに誓ってくれるのか?」
「あいにくそこまでサービスするつもりはない。私はアニメの登場人物ではないからね。物語上の自分の失敗から学ぶこともできる」
ハルベリンが誇らしげに言い、鷹杜は驚きの感情を隠している。
「結果としては似たようなものとなるだろう……と、大サービスで言えるのもここまでだ。まあ、私に勝てればの話だがね」
「いいだろう。それで場所は?」
『正午に、東京駅で。私が招待したのだから道中のことは気にする必要はない。勇者パーティだけで来るといい』
ハルベリンとの通話が切れ、鷹杜が難しい顔となって思案しようとし、それを待っていたかのように携帯端末に着信音。鷹杜はすぐにつないだ。
『もしもし、隊長』
「梨乃君だな。何か予知が得られたか?」
『はい、明日の戦いについてです』
鷹杜は梨乃を呼び出して直接会い――二人の密談は長時間続けられることとなる。
そして翌日朝八時、十数台のジープが鶴岡八幡宮を出発する。それに分乗するのは鷹杜丁賛、風切燕、マユール、カナリア、櫛名田翡翠、白鳥甲斐、そして白鳥梨乃。現時点の勇者パーティの七人である。東京駅に到着するのは四時間後、正午の見込みであり、四天王ハルベリンとの決着もそのときとなるはずだった。
次回・第六話「死霊都市攻略戦」その2は8月11日12時更新です。




