第七十六話:突撃、隣の野宿先!
奥多摩湖での顛末を報告し、やるだけやった後に夕飯を食べながら休んでいるとスマホに"第二級生物災害速報"に関する通知が届いた。
「お客様、申し訳ありませんが緊急事態ですので……」
「あっ、はい。お勘定お願いします」
付近の住民は駅やバス、車で避難を始める。
自分もこのまま帰ってもいいだろうか。
いやでも親御さんから預かった勲くんをそのままにして帰ったら流石に無責任すぎるな。
こんなことなら勲くんも一緒に船という名の箱に乗せるべきだったかもしれない。
まぁ絶対に嫌がるだろうけど、乗せてしまえばこっちのものだ。
次からは頑丈なロープも用意しておこう。
不破さんについては……まぁ、あの人なら大丈夫だろう。
なんならもう目が覚めてビールあおってるまである。
さて、そうなると大きな問題が一つある。
ここいらの人達が皆避難するということはどこの店も閉まるということ。
つまり「おっ、ここ雰囲気いいじゃん!」と思っていた旅館も全部使えなくなるということだ。
というかそもそもこのままじゃ雨の中野宿することになるんですけど!?
ヤバイ、こうなったら最終手段、ダンボールを使って駅の中に泊まるという手段も視野に入れなければならない。
取り敢えずどこかで余ってるダンボールを探そうとしていたら、ちょうどスマホから着信音が鳴った。
相手は………久我さんかぁ。
このタイミングで連絡がくるっていうのがもう完全に嫌な予感しかしない。
とはいえ無視したらそれはそれで大ごとになりそうなので、諦めて通話ボタンを押す。
「俺がやったんじゃないんです! 信じてください!」
『キミが何をしたのかは知らないけど、そういう連絡じゃないから安心してくれ』
よかった、俺も自分が何をしたのか知らないから否定されなかったらどうしようかと思ってた。
『念のために確認するけど、今現場にいるよね?』
「その現場というのが奥多摩湖という意味なら違います。あそこから逃げ帰ってきました」
『一人で帰って来たことがまず凄いんだから、そこは胸を張っていいよ』
「すいません、腹だけはいっちょ前に出てるんで胸まで出したら一部の女性を敵にしてしまいます」
『大丈夫だ、キミは敵どころか先ず男として認識されるところから始めないと』
なるほど、つまり俺は男として認識されていないから女性専用ルームとかに入っても大丈夫ということか。
いや、人として認識されずに駆除される可能性もあるな。
人権ってやつの大切さが身に染みて分かる。
『まぁそんなことはさておき、一部の情報を共有しておこうと思ってな。大事な情報を秘匿して不信感を持たれると面倒事になる』
「いえ、必要ありません! 小官は久我様を信じております故!」
『そうか、なら私の判断を信じて聞いてくれ』
駄目だった。
確かに隠し事はいけないことかもしれないですけど、だからって何でもかんでも教えるのもどうかと思うんですけど!
『先ず、"外来異種瀬戸際対応の会"としての活動はなし。人員が表側の仕事で集まらないからね。あ、キミ個人としての活動は止めないしむしろ推奨するよ』
「個人的な願望としては引き止めてほしかったです」
そうすればここから帰っても言い訳できたのに。
あー議員さんの言うことだからなー! ちゃんと従わないと駄目だよなー!
みたいな感じでさ。
『……キミは本当に不器用にしか生きられないな』
知ってる、もう一生分言われたと思う。
『―――先ず自衛隊の派遣については会議をしているところだ。前回のように外来異種の駆除は業者に任せて救助活動に専念してもらうか、それとも実際に駆除も行うかどうか』
「すっげーもめそうですね」
『凄いもめてるところだよ』
もしも自衛隊が救助だけを行えば「何のためにその銃を持っているんだ!」という声が出てくる。
だが自衛隊が駆除を行うならば街中で銃を使うことになり、それを快く思わない人達が声をあげる。
強行して負傷者が出れば「ほら! やっぱりやるべきじゃなかった!」という声も出てきて、成功したら今後ずっと自衛隊に通常の任務に外来異種の駆除が追加され負担が圧しかかる。
こんなのに板ばさみになってる久我さんが本当に不憫でたまらない。
だからこそ、久我さんは負担を減らすために退官自衛官という人員を使って外来異種の駆除業務を請け負おうとしており、そのノウハウを"外来異種瀬戸際対応の会"で作ろうとしている。
まぁ面倒事が次から次へと舞い込んでくるせいで順調ではないようだが。
『……で、だ。実は中国で新しくできた外来異種駆除業者チームが今日本にいる。しかも実力は中国一だとも言われているらしい。だから、彼らの力を借りようという話が出ているんだが……どう思う?』
「比較的新規の駆除業者なのに中国一と言われてることに不信感が爆発しそうです」
古けりゃいいってものでもないけど、出来て間もない団体に何の実績があるというのか。
『ちなみに、フィフス・ブルームも似たようなもんだよ』
「あぁ……」
あそこは新世代の人とかいるし、普通の業者の人も慣れた人達だから本気で日本一を名乗っても許されるんだよな。
というか甲種とタイマン張れる鳴神くんがいるだけでもうその会社がトップだよ。
「つまり、向こうの団体も同じようなものだから大丈夫ってことですか?」
『それを確かめるために、キミも同行してほしいんだ』
「あー! でも俺、中国語どころか英語もちょっとなー! 残念だなー!」
『海外で大活躍した翻訳アプリがあるじゃないか』
はい、ありますね。
今からスマホ叩き壊せば許されますかね、無理っすねきっと。
『まぁフィフス・ブルームの人達も一緒に行くから、そこまで危険はないさ』
「それならいいですけど、ちょっと条件いいでしょうか」
『ん? こちらで叶えられるものなら何とかするつもりだが』
「……今日泊まる場所、どっかありませんかね」
じゃないと俺、今日は駅がお家になっちゃう。
『………病院に行きなさい』
「なるほど、今から足の一本でも折って入院すればいいってことですね!」
『違う、違う! 泊まるだけのことに足を犠牲にしない! 住民の避難があるといっても、病院の患者まで全員町の外まで行けるわけじゃない。それに新たな負傷者への手当ても必要だから基本的にずっと開いてるよ』
「なるほど。で、俺はどこを怪我したら入れますか?」
『自傷行為は止めてくれ。普通に言えばロビーで休ませてくれるだろう』
俺は電話を切り、早速近くの病院に向かった。
二階建ての小さな病院で、中の人達は慌しい様子だったが、事情を説明したら普通に開いてる病室を使っていいと言われた。
服を脱ぎ、軽く身体を洗い、そしてベットに潜り込む。
嗚呼、明日こそは今日よりも平和でありますように。




