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魔法少女、理解者を得る

 夜。予定通りに世界樹を登頂した三人。

 足元に敷き詰められた一面に広がる葉は、人間が立っても沈みこまず、地上にいるかのように支えている。


 道中で大蛇の襲撃以外に変わったことは無く、野宿する三人。

 疲労からか先に寝たリンゴを見守りつつ、ハリス達も毛布を被る。


「あの大蛇が二体だけとも限らない。レナは先に寝てくれ」


「ハリス様にばかり負担はかけさせられません。せめて仮眠だけでもお取りください」


 提案にハリスが頷くと、二人はリンゴを中心にして身を寄せる。

 眩しく輝く星の下、幼さの残る少女は、緊張の糸を緩め眠っている。


 レナはそんな彼女を見つめ、眉間に皺を寄せる。


「この子は何故、あれほど独断的なのでしょうか……」


 不満げに吐露するレナだが、表情に嫌悪は無く、心配を浮かべている。

 ハリスは彼女の言葉に少し唸って考え込み、推察を軽く語る。


「リンゴは今、何も信じられないだけだ。だから警戒を緩められないのだろう」


「警戒……そうか、ハリス様と出会った時の私と同じ……」


 一日前、初めて彼と出会った時の自分を思い出したレナは、人間不信という自身とリンゴの共通点に、表情の影をより濃く刻む。


 リンゴの不安がパーティの追放だけを原因とするものなのか、それとも他に理由があるのかは、今の彼等にはわからない。

 それでも彼女の不安をいち早く察知したハリスは、何をするべきか考える。


「同じクエストを受けた以上、俺達は一蓮托生だ。リンゴに不安定な部分があるのなら、支えてやればいい」


「お優しいのですね」


「普通の事をしているだけだ」


 自身を慕うレナの言葉に、さらりと即答するハリス。

 彼の放つ暖かさに、レナの表情へ刻まれた影も、少しずつ和らいでいく。


 話を続け、再びリンゴへ視線を落としたハリスは、寝息を立てる彼女に目を細めて笑う。


「それにコイツ、褒められるのは純粋に好きらしいからな」


「そのようですね……ただ独断の行動は、少しだけ心配になりますが」


「酒場で喧嘩したレナの言えることか?」


「それは……その……あはははは……」


 ぎこちない作り笑いで、ハリスの言葉を誤魔化すレナ。

 油断できないクエストの途中、彼等は少しの時間、気を緩めて会話を楽しんだ。



 翌早朝、瑠璃色の空を切り裂く朝焼けに、ハリスは仮眠から目を覚ます。


 横に振り向けば、未だ寝息を立てる二人の姿。

 彼はそれに安心すると、立ち上がって朝焼けに向き、ぐっと背伸びをした。


 寝ぼけ眼に日の光を集め、しょぼつかせるハリス。

 だが直後、彼の瞼は突如として開かれた。


(何かが、葉の下にいる)


 第六感がハリスに走り、彼は立ち上がって足の下に広がる葉の海を見る。

 するとまさに、海の中から波の線を描くサメのように、木の葉が何か巨大なモノの動きでゆらめく。


 完全に意識を覚醒させたハリスは、リベイルケインを手に警戒を強める。


「起きろ! 異常事態だ!」


 彼が声を張り上げると、ノータイムでリンゴが目を覚ます。

 飛び起きざまに魔女帽を被った彼女は、懐から杖を取り出し、ハリスの隣に立つ。


「状況はっ!?」


「まだ全容はわからない。だがこの下に、何か巨大なものがいる」


 突如訪れた危機に、二人は咄嗟に背中を合わせ、足元を注視する。

 対する正体不明の敵は、ハリス達を中心にして、枝葉の海へ円を描くように泳ぐ。


 やがてそれは急速に円の大きさを縮め、彼等へ距離を詰める。

 そして――ザバンッ! 一面に広がる緑の中から、濃紺色の巨大な影が、二人の眼前に現れる。


 昨日の大蛇を遥かに上回る、山を思わせる巨体を持つ蛇型モンスター。

 濃い藍色の胴体には艶めく鱗が並び、黄金の瞳でハリス達を睨む。


「間違いない。コイツはヨルムンガンドだ」


 見た目から瞬時に判断したハリスは、無意識でリンゴを庇うように前へ出る。

 リンゴは彼の背後から、ヨルムンガンドを見つめ、身構える。


「何故言い当てられるのですか?」


「いろいろ見分け方はあるが、説明は後回しだ。何せ最も強力にして、最も凶悪な蛇型モンスターだからな」


 戦闘態勢に入り、舌を出し入れしながら迫るヨルムンガンドに、一切油断せず立ち向かうハリス。

 しかしリンゴは、彼の止める背中を飛び越え、ヨルムンガンド目掛け走り出す。


「同じ蛇なら……見ていてくださいっ!」


 疾走しながらハリスへ叫んだ彼女は、杖へ光を収束させる。

 合わせてヨルムンガンドも、彼女へ向かって一気に胴を伸ばす。


 その速度は、巨大な身体に関わらず、昨日の大蛇を遥かに上回っていた。

 異常な攻撃の速さに、リンゴの魔術も間に合わない。


 鋭い毒牙の輝く大きな口に、血の気の引く少女……その時、背後から伸びたリベイルケインが、彼女を捕らえて引き戻す。

 追撃するヨルムンガンドに、リンゴを受け止めたハリスは指鉄砲を構える。


「『キャプチャーリング』!」


 放たれた青白い輪が、ヨルムンガンドに命中し、動きを縛る。

 助けられたリンゴは、ハリスの腕から解放されると、その場にへたり込む。


 初めて経験した死への恐怖と、戦闘への未熟さを真の意味で理解し、身体を震わせるリンゴ。

 ハリスがそんな少女に向くと、彼女はビクッと体を震わせた。


 手を挙げる彼のシルエットに、目を食いしばるリンゴ。

 だがその手は、彼女の予想を裏切り、ポンと優しく頭の上に乗る。


「怖かっただろう、怪我は無いか?」


 小動物へ接するように、優しい手つきでリンゴの頭を撫でるハリス。

 思わず彼女は混乱に瞳を潤ませ、彼に尋ねる。


「怒っていないのですか? 私がこんな、無能だと証明されたのに」


「少しは怒っている。だがそれは、勝手に無謀な行動を取ったからだ」


 真摯に回答したハリスは、リンゴの頭から手を退け、彼女の手に重ねる。


「お前は無能なんかじゃない。あの戦いができる奴が、無能なワケあるか」


 労いの言葉に、肌に血色を取り戻し、涙を零すリンゴ。


 熱いやり取りが繰り広げられる中、拘束されていたヨルムンガンドは暴れ、青い光輪を粉々に破壊する。


 自由を取り戻した怪物は、本能のまま二人に胴を伸ばす。

 再び顎を大きく広げ、迫る大蛇――その真横から、メイド服の少女がドロップキックを食らわせる。


「随分と空気の読めん蛇であるな、貴様」


 威厳のある声で呟いたレナは、空中で身を翻すと、ハリス達の前に着地した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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