モンスターテイマー、ドラゴン娘を従者(なかま)にする
二人の眠る部屋の窓から、朝陽と小鳥たちの囀りが飛び込んでくる。
日の光に当てられ、ゆっくりと起き上がるハリス。
だがその時、彼は片方の腕に、むにゅん……と柔らかい感触を得る。
身体をビクンと震わせ、感触のした方向を見ると、そこにはレナの胸を鷲掴みにする、自身の手があった。
ハリスが手を引くと遅れて彼女も目を覚まし、きょとんとした顔で彼を見る。
「おはようございます……どうされました?」
暴力的な果実を備えたレナの、無防備すぎる寝起き姿。
彼女は眠たげなジト目で、ハリスに顔を寄せると同時に、無意識に胸も寄せて強調する。
純粋な彼女の様子に耐えられなくなった彼は、罪悪感を漂わせ答える。
「……すまない、先程お前の胸を触ってしまった」
全身に申し訳なさを纏い、謝罪するハリス。
レナはボケっと聞いたが、事を理解すると、表情を変えずに顔を紅潮させ、自分の身体を隠すように抱いて尋ねる。
「何も言わなければ私も気づきませんでしたし、役得だったのでは?」
「そういうわけにもいかないだろ……」
奇妙な指摘をするレナに、ハリスは応じて頭を抱えた。
*
一時間後、彼は町の装備店にレナを連れて訪れる。
ボロ布を纏っただけの彼女に、このままではまずいと、二人で服を見繕いに来たのだ。
「そういえば、レナが着ているその布は何なんだ?」
「鱗の一枚を形状変化したものです。元は私の鱗なので、頑丈です」
的確な回答をするレナに、感心の声を上げるハリス。
それから二人は、装備店に並ぶ服や装備の数々に、吟味する目を輝かす。
戦士用の鎧に、ゆったりとした魔術衣、チャイナ服のような格闘家の装い一式。
ゆっくり歩く足進め眺めるハリスは、ボソリと背後へ尋ねる。
「レナはどんな服が好みだ?」
……その声に、レナからの返答は無い。
気付いたハリスが店内を探し回ると、彼女はあるマネキンに展示されている服に釘付けになっていた。
「ハリス様、この服はいかがでしょうか?」
それはいわゆる、女性給仕の制服――メイド服であった。
丈の長い黒のワンピースに、フリルの眩しいエプロンがセットになり、加えて手袋とカチューシャの付いたスタンダードな一式。
意外な選択にハリスは唾を飲み、彼女へぎこちなく顔を向ける。
「これが何か、わかっているか?」
「確か、めいど服……でございますよね? これを纏っている女給を見たことがあります」
山のような胸を張り、得意げに答えるレナ。
理解した上でメイド服へ齧りつく彼女に、ハリスは理解が追い付かず、重ねて問いかける。
「これを着るということは、誰かに仕える気でもあるのか?」
意地悪な質問とハリスは理解しつつ、レナに投げかける。
それを受けた彼女は、不思議そうに目を見開き、彼の顔を見つめる。
二人の視線が合ったまま、数秒の沈黙が流れる。
それで全てを察した彼は、自身の顔を指差し、引きつった笑みを浮かべる。
「もしかして、俺か?」
「そのつもりだったのですが、いけませんか?」
即答したレナは目を潤ませ、子犬のようにハリスを見る。
カミングアウトを受けた彼は、表情を変えずに頭を抱え、首を振ってみせた。
「全然理解が追い付かないのだが、理由を教えてくれ」
「簡単です。私がハリス様の事を、強くお慕いしているからです」
「お慕いって、別に俺は何も……」
真っ直ぐなレナの返しに困惑するハリス。
向かい立つレナも狼狽するが、意を決して息を飲むと、ハリスの前に跪いて理由を告げる。
「楔から私を解放していただき、自由へ手を差し伸べ、二度の食事まで頂いた……これだけのご恩を抱えて、お返しできないだなんて、私にはとてもできません」
「それは全部俺の勝手で、自由に行動しただけで」
「例えそうであってもです」
低姿勢でありながら、自らの意志を強く語るレナ。
彼女はハリスの目を見ると、「それに」と言葉を繋げ、ウインクする。
「ハリス様は私に自由だけを与えて、そのまま放置するような、酷いお方ではございませんよね?」
半ば押し切るようにそう告げたレナだったが、直後に彼女はやりすぎたと反省し、ぎこちなく笑う。
「……なんて。本当はただ、ハリス様と一緒にいる理由が欲しいだけなのです」
それまでの強い声色とは違い、とても自信なさげに語るレナ。
彼女は誰もいない周囲を気遣い、姿勢を正して立ち上がる。
二人の視線が近くなると、彼女の話をすべて聞いたハリスは、軽く手を挙げて声を張る。
「店員さん、この服が欲しいのだが」
ハッキリと告げられるその言葉に、レナは瞳を輝かせた。
*
装備屋を出て酒場に戻ったハリスは、一息ついて隣を見る。
そこには買い与えられたメイド服を纏い、淑やかに立つレナの姿があった。
一見清楚な雰囲気を醸し出しているが、彼女の胸に聳える連山は、はち切れんばかりに存在を主張している。
それでも下品な印象を与えず、ハリスも安心して感想を語る。
「自分で選んだだけあるな、とても似合っている」
「ありがとうございます……えっと……」
感謝を告げた後、彼女は顎に指を当て、何かを考え込む。
「どのようにお呼びすればよろしいですか? やはりご主人様や、旦那様のほうが?」
「それは行き過ぎだ、関係性は可能な限り対等でありたい。だからせめて今まで通りで頼む」
「はい……では、ハリス様」
頬を染め、いじらしく名前を呼ぶレナ。
普段と変わらぬその呼び方だが、衣装の変化で雰囲気も格段に上がり、思わずハリスも息を飲む。
そうして二人が酒場の内部へ入っていくと、彼等の存在に気付いたマスターが、カウンターから呼びかける。
「おお、戻ったか二人とも」
同時に彼とカウンター越しに話していた、魔女のような帽子を被った少女もハリス達を見る。
学生服を着た背の低い少女が、振り向きざまに長く美しい髪を靡かせると、酒場は途端に爽やかな林檎の香りで包まれた。
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