ドラゴン娘、モンスターテイマーの目的を知る
酒場の閉店後、壊した椅子の後片付けをするレナ。
天井の穴は既に木の板で目張りされ、修復済みである。
客のいない店内、喧騒から離れた空間で、ハリスはマスターに頭を下げる。
「すまない、俺の監督不足だ」
真面目に謝罪する彼の肩に、マスターはポンと触れる。
彼の手に急かされてハリスが頭を上げると、腕を組んだナイスダンディが、白い歯の輝く笑みを見せる。
「好戦的な冒険者達が集まる酒場だ。あんなの日常茶飯事だよ」
「……大変だな」
「ああ。だからあの厄介客を追い出せて、逆にスッキリしているくらいだ」
親指を立て、二人に労いを見せるマスター。
嫌味の無い気遣いに、ハリスも口元に笑みを称える。
いっぽう泥酔していた一団は、食事代をきっちり支払った後、酒場としての出入り禁止をマスターは下した。
ギルドの利用を止めなかったのは、彼のせめてもの恩情である。
残るは暴れた本人、レナによる後始末。
チリトリに椅子の残骸を積んだ彼女は、反省した顔でマスターに歩み寄る。
「清掃完了しました……その、先程は本当に……」
「彼から謝罪の言葉は貰っている。修繕費は出世払いだ」
言葉を遮って出された返答に、レナは濡れた捨て犬のような哀愁を漂わせる。
片付けを終え、並んだ二人を見たマスターは、感心した様子で腕を組む。
「しかしオーガとはいえ、こんなに強いのは初めて見た。ハリスの実力も本物らしい」
労いを超えた褒め言葉に、二人は感謝を告げて会釈する。
そのまま店を後にしようとする彼等だが、マスターは二人の背へ向かって「待て」と投げかけ、呼び止める。
「この時間じゃもう宿を取るのは難しい。どうだ? うちの二階に空き部屋があるのだが」
*
酒場の二階、街道に面した窓を有する広い一室。
家具類は一切なく、簡易な布団が部屋の隅に積まれたのみの室内に、マスターはハリス達を通す。
「使う者がいないからな、自由にしてくれて構わない」
気前よく伝える彼であったが、直後にハリスの耳元へ唇を寄せる。
(客のいる時間帯にハメを外しすぎるなよ?)
(……お気遣いどうも)
呆れ顔で返答するハリス。
マスターは彼に部屋の鍵を渡すと、手を振って部屋を後にする。
広い一室に、二人きりで残されたハリスとレナ。
二人は別々に部屋を少し観察し、窓際で合流すると、外の景色を軽く見て顔を合わせる。
「どうしましょうか」
「今日はあまりにも色々ありすぎた。もう寝ないか?」
提案を聞いたレナは、彼に笑顔で肯定する。
しかしいざ彼が布団を広げると、枕は二つあるのに対し、布団は一枚しか用意されていない。
「私は布団なんていりませんので、ハリス様が使ってください」
「そういうワケにもいかないだろう」
遠慮するレナの提案を断ったハリスは、寝具の示す思惑通り一枚の布団に二つの枕を並べ、仰向けで横になる。
遅れてレナも床につき、鋭い角を枕に埋め、彼に背を向けて横になる。
角を労るようにして横になる、少し不思議な彼女の寝姿を眺めるハリス。
だが暫くして、彼女も仰向けに姿勢を変えると、天井を見上げて呟く。
「……私の過去は少し話しましたけど、ハリス様はどうしてこの町へ?」
「どうしてそんな事を聞く?」
「眠る前に、少し気になってしまって」
ぽつりと答えるレナの目は、ハリスと違い一切の眠気を帯びていない。
そんな彼女の頼みを聞き、表情を少し強張らせた彼は、枕に頭を落ち着け直して語りだす。
「ここに来た時、俺はある冒険者パーティに参加していた」
彼はそこから、目的地が一緒だったリーダーに誘われ、パーティに参加した時からの事を抜粋して話す。
この町へ至るまでの道中。経験した笑い事にならない話。
そして、町へたどり着いて数日後、突如パーティ追放に至るまで。
語ったハリスは辟易し、溜め息をついて目を伏せる。
全て聞いたレナはといえば、人間の陰湿さを煮詰めたような体験談に、眉間へ皺を寄せる。
「失礼かもしれませんが……ハリス様は、何をなさりたかったのですか?」
問いかけを投げたレナは、無意識に彼のいる方向へ寝返りを打つ。
深層を突くようなその問いかけに、ハリスは暫し沈黙すると、少し恥ずかしそうに告げる。
「氷狼フェンリルというモンスターを知っているか?」
「はい。北方の地では最も有名なモンスターです」
ハリスの言葉に、完璧な回答をするレナ。
フェンリルもドラゴンと同じく――それ以上に珍しい、千年以上しっかりとした目撃例のない幻のモンスターだ。
力ではドラゴンに劣るが、多彩な魔術を駆使する巨大な銀狼。
伝説も多く、御伽話に近いモンスターの名を出した彼は、改めて告げる。
「そのフェンリルを探しに行きたかったんだ。本当にいるかはわからないが」
ある意味モンスターテイマーらしい、夢に近い目的を告げ、少し深く息を吐くハリス。
冷静な彼しか知らなかったレナは、ロマンあふれる理由に唇を緩めて笑うと、相手の服の裾を引き、悪戯に声をかける。
「私、フェンリルさんに会ったことがあります」
「…………え?」
ニッと笑うレナに対し、ハリスは驚き顔を作る。
思い通りのリアクションに、朗らかな笑みを称える彼女。
ハリスは彼女へ頭を向け、少し顔を寄せると、真剣な顔に好奇心を漂わせる。
「……もう少し、詳しく話してくれないか?」
「お望みであれば。あれは確か――」
星の光で照らされる部屋の中、レナは幻想のような過去の経験を語りだす。
世界樹に封印される少し前、銀世界に包まれた北方の霊峰で、彼女はフェンリルを見たという。
話こそしなかったが、外見の特徴は間違いないと語るレナ。
彼女の話を、童心に帰り聞き終えたハリスは、無意識のうちに呟く。
「本当にいるのか、フェンリル……」
「はい。恐らくは今も、霊峰のどこかに」
力強く答えるレナに、嘘ではないとハリスは確信する。
自分の夢の実在が肯定され、胸を撃たれた彼は、横になったままレナに手を差し出す。
その手に戸惑う彼女に対し、彼もまた力強く告げる。
「折角自由になったんだ。少し余裕ができたら、一緒にフェンリルを探しに行かないか?」
「……ハリス様がお誘いくださるのであれば、私はどこへでも行きたいです」
嬉しそうに目を潤ませ、ハリスの掌に自身の手を重ねるレナ。
二人は手を繋いだまま、どちらが早いともわからず、深い眠りにつくのであった。
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