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ドラゴン娘、モンスターテイマーの目的を知る

 酒場の閉店後、壊した椅子の後片付けをするレナ。

 天井の穴は既に木の板で目張りされ、修復済みである。


 客のいない店内、喧騒から離れた空間で、ハリスはマスターに頭を下げる。


「すまない、俺の監督不足だ」


 真面目に謝罪する彼の肩に、マスターはポンと触れる。

 彼の手に急かされてハリスが頭を上げると、腕を組んだナイスダンディが、白い歯の輝く笑みを見せる。


「好戦的な冒険者達が集まる酒場だ。あんなの日常茶飯事だよ」


「……大変だな」


「ああ。だからあの厄介客を追い出せて、逆にスッキリしているくらいだ」


 親指を立て、二人に労いを見せるマスター。

 嫌味の無い気遣いに、ハリスも口元に笑みを称える。


 いっぽう泥酔していた一団は、食事代をきっちり支払った後、酒場としての出入り禁止をマスターは下した。

 ギルドの利用を止めなかったのは、彼のせめてもの恩情である。


 残るは暴れた本人、レナによる後始末。

 チリトリに椅子の残骸を積んだ彼女は、反省した顔でマスターに歩み寄る。


「清掃完了しました……その、先程は本当に……」


「彼から謝罪の言葉は貰っている。修繕費は出世払いだ」


 言葉を遮って出された返答に、レナは濡れた捨て犬のような哀愁を漂わせる。

 片付けを終え、並んだ二人を見たマスターは、感心した様子で腕を組む。


「しかしオーガとはいえ、こんなに強いのは初めて見た。ハリスの実力も本物らしい」


 労いを超えた褒め言葉に、二人は感謝を告げて会釈する。

そのまま店を後にしようとする彼等だが、マスターは二人の背へ向かって「待て」と投げかけ、呼び止める。


「この時間じゃもう宿を取るのは難しい。どうだ? うちの二階に空き部屋があるのだが」



 酒場の二階、街道に面した窓を有する広い一室。

 家具類は一切なく、簡易な布団が部屋の隅に積まれたのみの室内に、マスターはハリス達を通す。


「使う者がいないからな、自由にしてくれて構わない」


 気前よく伝える彼であったが、直後にハリスの耳元へ唇を寄せる。


(客のいる時間帯にハメを外しすぎるなよ?)


(……お気遣いどうも)


 呆れ顔で返答するハリス。

 マスターは彼に部屋の鍵を渡すと、手を振って部屋を後にする。


 広い一室に、二人きりで残されたハリスとレナ。

 二人は別々に部屋を少し観察し、窓際で合流すると、外の景色を軽く見て顔を合わせる。


「どうしましょうか」


「今日はあまりにも色々ありすぎた。もう寝ないか?」


提案を聞いたレナは、彼に笑顔で肯定する。

 しかしいざ彼が布団を広げると、枕は二つあるのに対し、布団は一枚しか用意されていない。


「私は布団なんていりませんので、ハリス様が使ってください」


「そういうワケにもいかないだろう」


 遠慮するレナの提案を断ったハリスは、寝具の示す思惑通り一枚の布団に二つの枕を並べ、仰向けで横になる。

 遅れてレナも床につき、鋭い角を枕に埋め、彼に背を向けて横になる。


 角を労るようにして横になる、少し不思議な彼女の寝姿を眺めるハリス。

 だが暫くして、彼女も仰向けに姿勢を変えると、天井を見上げて呟く。


「……私の過去は少し話しましたけど、ハリス様はどうしてこの町へ?」


「どうしてそんな事を聞く?」


「眠る前に、少し気になってしまって」


 ぽつりと答えるレナの目は、ハリスと違い一切の眠気を帯びていない。

 そんな彼女の頼みを聞き、表情を少し強張らせた彼は、枕に頭を落ち着け直して語りだす。


「ここに来た時、俺はある冒険者パーティに参加していた」


 彼はそこから、目的地が一緒だったリーダーに誘われ、パーティに参加した時からの事を抜粋して話す。


 この町へ至るまでの道中。経験した笑い事にならない話。

 そして、町へたどり着いて数日後、突如パーティ追放に至るまで。


 語ったハリスは辟易し、溜め息をついて目を伏せる。

 全て聞いたレナはといえば、人間の陰湿さを煮詰めたような体験談に、眉間へ皺を寄せる。


「失礼かもしれませんが……ハリス様は、何をなさりたかったのですか?」


 問いかけを投げたレナは、無意識に彼のいる方向へ寝返りを打つ。

 深層を突くようなその問いかけに、ハリスは暫し沈黙すると、少し恥ずかしそうに告げる。


氷狼ひょうろうフェンリルというモンスターを知っているか?」


「はい。北方の地では最も有名なモンスターです」


 ハリスの言葉に、完璧な回答をするレナ。

 フェンリルもドラゴンと同じく――それ以上に珍しい、千年以上しっかりとした目撃例のない幻のモンスターだ。


 力ではドラゴンに劣るが、多彩な魔術を駆使する巨大な銀狼。

 伝説も多く、御伽話に近いモンスターの名を出した彼は、改めて告げる。


「そのフェンリルを探しに行きたかったんだ。本当にいるかはわからないが」


 ある意味モンスターテイマーらしい、夢に近い目的を告げ、少し深く息を吐くハリス。


 冷静な彼しか知らなかったレナは、ロマンあふれる理由に唇を緩めて笑うと、相手の服の裾を引き、悪戯に声をかける。


「私、フェンリルさんに会ったことがあります」


「…………え?」


 ニッと笑うレナに対し、ハリスは驚き顔を作る。


 思い通りのリアクションに、朗らかな笑みを称える彼女。

ハリスは彼女へ頭を向け、少し顔を寄せると、真剣な顔に好奇心を漂わせる。


「……もう少し、詳しく話してくれないか?」


「お望みであれば。あれは確か――」


 星の光で照らされる部屋の中、レナは幻想のような過去の経験を語りだす。

 世界樹に封印される少し前、銀世界に包まれた北方の霊峰で、彼女はフェンリルを見たという。


 話こそしなかったが、外見の特徴は間違いないと語るレナ。

 彼女の話を、童心に帰り聞き終えたハリスは、無意識のうちに呟く。


「本当にいるのか、フェンリル……」


「はい。恐らくは今も、霊峰のどこかに」


 力強く答えるレナに、嘘ではないとハリスは確信する。

 自分の夢の実在が肯定され、胸を撃たれた彼は、横になったままレナに手を差し出す。


 その手に戸惑う彼女に対し、彼もまた力強く告げる。


「折角自由になったんだ。少し余裕ができたら、一緒にフェンリルを探しに行かないか?」


「……ハリス様がお誘いくださるのであれば、私はどこへでも行きたいです」


 嬉しそうに目を潤ませ、ハリスの掌に自身の手を重ねるレナ。

 二人は手を繋いだまま、どちらが早いともわからず、深い眠りにつくのであった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、

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作品執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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