ドラゴン娘、酒場を荒らす酔っ払いを制裁する
数時間後、二人は町のギルド兼酒場にいた。
日も沈み酒場として賑わう店の中、彼等は丸い机を挟んで座る。
辺りをキョロキョロと見回すレナは、酒場のマスターが山盛りの骨付き肉を自分達の席へ運んでくると、途端に目を輝かせる。
マスターはそれを卓上に置くと、ハリスに耳打ちする。
(キミもなかなか隅に置けないな、クエスト帰りにオーガの美少女を連れて来るとは)
(……出会いに恵まれてな)
テキトーに流すハリスに、ウインクして立ち去るマスター。
彼は軽くため息をつき、落ち着かないレナに向く。
「どうしたレナ、好きなだけ食べてくれ」
「そ、そうですね、では……」
眉を八の字にし、困り顔に笑みを浮かべるレナ。
彼女は勧められるがまま、肉の山から骨付き肉を一つ取ってかぶりつく。
途端に彼女の目は煌めき、声にならない声を上げる。
「~~~~~~~っ!」
「そんなに美味しいか?」
「!」
食事シーンを楽しそうに眺めるハリスに、頬を染めるレナ。
その後も二人の机には、次から次へと食事が運ばれ、彼等はそれをつまみながら会話を続ける。
「ハリス様は、何故私を誘われたのですか?」
「いろいろ理由はあるが、俺も最近自由を得てな」
「だから私にも、自由を?」
「ああ。だがもしそうでなくても、お前の境遇を知れば助けたくもなる」
直球な返答に、レナは頬を赤らめ、照れ隠しに肉を頬張る。
可憐な見た目の少女だが、唇から覗く牙と頭の二角が、人間とは違う種であると主張している。
しかし事情を知らない人々は、マスターのようにオーガと間違えるため、必死に隠す必要は無い。
そんな彼女を眺め、ハリスは逆に質問する。
「そういえば、何で人の姿になれるんだ?」
「一族伝統の秘術です。ドラゴンの姿は何かと魔力消費が多いので」
「なるほどな、確かにあの巨体の維持は大変そうだ」
「はい……リベイルケインはそれすら封じるので、本当に厄介でした……」
地下での苦い記憶を思い出したのか、肩を竦めるレナ。
彼女に件のリベイルケインを貰ったハリスは、机の下に置いたソレを無意識に触れる。
以降も二人が互いに質問を投げ、会話に花を咲かせているうちに、山盛りの料理たちは次々と綺麗になっていく。
残るポテトの皿に手を伸ばしたレナだが、不意にピタリと手を止める。
「そういえば、おカネ? は大丈夫なのですか? 人間には貨幣制度というものがあると聞きましたが」
「気にするな。クエストの報酬と拾ってきた宝玉を売却してそれなりに――」
彼が説明した、その時だった。
店の中心から響き渡る怒号が、その言葉をかき消す。
「おいマスター! ここの麦酒は何でいつも温いんだあぁ!?」
「そーよ! なのに料理は冷めたくて食べられたモンじゃないわ!」
喚き立てる声に、店内の客が一斉に振り向く。
視線を集める席にいるのは、男四人女一人のよくあるパーティだ。
彼等は皆泥酔しており、腕を組んで彼等の話を聞くマスターに、管を巻いて悪質に絡む。
マスターも彼等の言動にウンザリしているようで、呆れた目で反論する。
「馬鹿を言うな、キミ達が放置してバカ騒ぎしていたのだろう?」
「客の話を信じられないってのかぁ!? 全部取り換えて来い!」
彼等の見せる酷い醜態に、他の客は呆れた様子で見物する。
ハリスもまた、マスターの苦労に憐みを送り、自身の机へ向き直るが――何故かレナの姿が無い。
驚いたハリスがもう一度振り返ると、騒ぐ集団の背後に彼女はいた。
橙色の瞳に怒りを浮かべ、仁王立ちした状態で。
「五月蠅いぞ、人間共」
「……あぁ?」
声に気付いた五人が、鋭い剣幕で振り返る。
しかし彼等は、みすぼらしいボロ布を纏う華奢な少女を見て、表情を緩めて彼女をあざ笑った。
その中の一人、集団で一番筋骨隆々の男が立ち上がり、彼女を見下ろす。
「ガキが、俺達に説教か?」
「節度を以って騒ぐのは構わぬ。他人に迷惑をかけるな」
「何だその偉そうな口調は。雑巾みたいな服着てる癖によぉ」
ヘラヘラと笑いながら、威厳ある口調のレナに手を伸ばす男。
彼女はその手をペチッと弾くと、冷ややかな目で彼を見る。
その目に激怒し、顔を真っ赤にした彼は、大きな拳を振り上げる。
「こンのッ!」
大男によるパンチがレナに叩きつけられる。
だが彼女は男の拳を細い腕一本で抑え、鼻で笑う。
「これ程野蛮な人間は、さすがに見たことが無い」
「な、なに……!?」
男が驚愕した瞬間、レナは彼の腕を掴み、乱雑に上へ投げ飛ばす。
ズンッ! と音を立て、天井に突き刺さり気絶する大男。
すると仲間がやられる様子を見て、倒された男と体格が近い二人の男が、今度は同時に襲い掛かる。
対してレナは近くの空き椅子を掴み、二人纏めて殴り抜く。
「「ぷひゃっ!?」」
粉砕される椅子。二人は間抜けな声を上げ、床へ倒れる。
三人の男を一瞬で倒した彼女の強さに、酒場内の人々は格闘技を見る観客のような声を上げ、盛り上がる。
「い、いいぞいいそ! もっとやれ!」
「前からそいつ等、他の客にも迷惑かけてたんだ!」
対して渦中にいる遺された男女は、互いに抱き合って命乞いする。
「ご、ごめんなさいぃ! 調子に乗っていましたぁ!」
「もうこんな事しないから許してよぉ!」
三人とは違う中肉中背の男と、化粧の濃い女。
彼等は冒険者とは思えぬ情けない声を上げ、涙を浮かべて震えている。
だがその時、倒れていた男の片方が立ち上がり、背後からレナに襲い掛かる。
彼女の細い身体に掴みかかり、仕返しを想像する男。
しかしその野望は、更にその後ろから現れたハリスに潰される。
「俺の連れに、手を出さないで貰いたい」
「な――っ!」
ハリスは彼の親指を掴むと、腕を捻るようにしてねじ伏せ床へ沈める。
苦痛の声を上げる男から顔を上げ、声援の中にいるレナを見たハリスは、呆れた笑みを浮かべて告げる。
「少しやりすぎだ」
「……はい。申し訳ありません」
ハリスのお叱りを受けた彼女は、素直に頭を下げて謝った。
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