モンスターテイマー、ドラゴン娘を救う
気絶した少女が目覚めたのは、ハリスの膝枕の上。
瞼を広げ、橙色の瞳を覗かせる少女に、彼は声をかける。
「目を覚ましたか」
「あ……」
寝ぼけた声を漏らし、呆ける少女。
だが彼女はすぐに険しい顔をすると、跳び起きて距離を取り、獣のような格好で威嚇する。
「ガルルル……ッ!」
喉を鳴らしハリスを睨む彼女の、身に纏ったボロ布は垂れ、隙間から豊かな双丘が今にも零れ落ちそうになっている。
それでもハリスは、ドラゴンに刺さっていた謎の武器を持ったまま、両手を軽く上げる。
「落ち着け、俺に敵意は無い」
誠意を見せ、少女に歩み寄るハリス。
対する少女は彼とその手にある武器を睨み、警戒を解くことはない。
するとハリスもそれに気づき、手に持った武器を地面へ落とす。
少女はそれを見ると、怪訝そうに眉間を顰めて口を開く。
「……人間が今更、この私に何の用だ?」
威厳のある口調で、淀みの無い澄んだ声が、少女の口から紡がれる。
獣のような咆哮ではなく、人間の言葉を使う彼女に、驚きを見せるハリス。
それでも彼は落ち着いて、自身の立場を告白する。
「ここには偶然落ちて来ただけだ」
「……害悪を齎しに来たわけでは無い、の、ですか?」
首を傾げ、少しずつ口調を丁寧にする彼女に、ハリスは事の顛末を語る。
と言っても話す内容と言えば、クエストを受け、洞窟に入り、ここに落ちてくるまでの簡単な説明だ。
やがて彼が語り終えると、少女は混乱した様子で口をもごつかせる。
「本当に、あなたは私に、何もしないのですか?」
「ああ。まぁ勝手に魔力の漏れは治させてもらったが、体調は大丈夫か?」
「は、はい。むしろ助かったくらいで……」
言葉通り、一切敵意を見せないハリスに、困惑する少女。
それどころか自身を助けてくれた彼へ、本能的に行った所業に、彼女は顔を青ざめさせる。
更に彼女の受難は続き、細く締まった腹から、けたたましい音が鳴り響く。
……ぐうううぅぅぅぅ~~。
空気を読まないその音に、青かった少女の顔はみるみるうちに紅潮する。
度重なる失態に、少女は瞳に涙を浮かべ、頬を膨らませる。
素直に恥じらいを覚え、ハリスを見つめ「何も聞いていない」事にしたい少女だが、彼はその表情にポケットから小さな包みを取り出す。
「軽食ならあるが、食べるか?」
「そうではなくて!」
正反対の返しに声を張る少女。
だがハリスは包みを開き、艶のある干し肉と真っ白なパンを見せる。
「無理をするな、食べれば少しは魔力も回復する」
迷いのない声に、少女の中で張りつめていたプライドは次第に緩んでいき、差し出された食事に手を伸ばす。
最初に干し肉を掴み、一口齧る少女。
たちまち彼女の瞳は潤み、感動しながら呟く。
「美味しい……宝玉以外の食事なんて、何百年ぶりでしょう……」
そこから少女は休むことなく、パンと干し肉を無心に食す。
彼女の漏らした言葉にハリスは足元へ視線を落とし、ドラゴンの『食べればどんなものからでも魔力を供給できる』という特性を思い出す。
少女の置かれていた過酷な環境を想像し、顔を上げるハリス。
すると彼女の頭には、耳の上あたりから一対の角が伸びていた。
ドラゴンの姿を少し取り戻した彼女に、回復を察した彼は、様子を見ながら尋ねる。
「聞きたいことは沢山あるが……」
眉を顰め、多すぎる質問に考え込むハリス。
口元を抑える彼の姿に、少女は察したように立ち上がると、口の中を一気に飲み込んで語る。
「千年以上前、戦いによって疲弊した私は、私の力を恐れた人々にこの地へ封印されました。あなたの引き抜いた硬鞭は、私がこの場所から出られるだけの魔力を蓄えさせない楔なのです」
聞こうとした全てが詰まった話に、少々圧倒されるハリス。
宝玉や貴石は、封印した人間の最後の情だろうと彼は察し、それでも非道な仕打ちに渋い表情を浮かべる。
少女はその間に与えられたものを食べきり、ほっと息をつくと、気恥ずかしそうに彼を見る。
「その、出会ったばかりなのに、数々のご迷惑をかけてしまって」
「ここへ来た俺の責任だ。気にするな」
「そうはいきません。あなたを襲った私に対して、楔を解いてくださった挙句、ご飯まで……」
言葉を先細らせた彼女は、ゆっくりと頭を下げて感謝を伝える。
健気な彼女の姿を、ハリスは誠意をもって見つめ、唇を結ぶ。
再び頭を上げた少女は、何かを思いついた様子で、地面に転がる硬鞭を拾って彼に手渡す。
「よろしければ持って行ってください。私には必要のないものなので」
「貰ってもいいが、どう使う武器なんだ?」
「以前これを使用していた「太陽の王」を名乗るものは、これを『リベイルケイン』と呼んでいて、魔力を込めることで自在に伸縮させていました」
丁寧に説明し、硬鞭・リベイルケインとハリスに握らせる少女。
急かすような少女の行動に、少し戸惑う彼に、彼女は至近距離で見上げて語る。
「これを使えば、脱出もできると思います」
「……そういう事か」
意図を理解したハリスが、リベイルケインを頭上に振るうと、目にも止まらぬ速さで先端が伸びていく。
硬鞭の先はハリスの落ちて来た穴を潜り、歩いていた通路の天井に刺さる。
手ごたえを覚え、脱出方法を手に入れた彼は、少女に尋ねる。
「俺の名前はハリス。お前は?」
「かつてはレナと呼ばれる事もありました」
ここで初めて、ハリスは少女の名前を知る。
彼は自分を見送ろうとするレナの姿に、質問を重ねる。
「レナはこの後、どうするつもりだ?」
「少しずつ宝玉を食べて、脱出できるだけの魔力を蓄えようかと」
「その姿でも食べられるのか?」
「はい。この姿でも人間からすれば、怪力と呼ばれる身体能力は残存しております」
ツノ以外人間と変わらぬ姿のレナは、たわわに実った胸を張る。
健気で凛々しく、少しプライドの高い彼女の姿に、ハリスは少し考えて顔を上げる。
「それよりも早くここから出る手段がある」
すると彼はきょとんとするレナへ、リベイルケインを握っていないほうの手を差し出す。
「俺と一緒に、自由な地上へ出る気はないか?」
「…………えっ?」
ハリスの誘いに少女は戸惑い、疑問符を浮かべた。
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