モンスターテイマーたち、女勇者と旅に出る
マスターの言葉に、酒場にいた冒険者たちが一斉にざわつく。
丸机にいる三人もまた、レナを除いて思わず声の方向に顔を上げる。
一方でマスターに紹介され、ドヤ顔で胸を張る勇者・ポーラ。
それを見る冒険者たちは、その肩書にあまりにも似合わぬ姿に、ヒソヒソと話しだす。
(本当に勇者なのか? もっと王道冒険者的な……)
(いや、逆にああいう癖のあるヤツのほうが適任なんじゃないか?)
(ああー多様性ってヤツ? 確かにそれなら)
「ちょっと聞こえてるんですけど!」
腰に手を当て、コミカルな表情で叱責するポーラ。
これには思わず冒険者たちも申し訳なさそうに頭を掻く。
ぶー、と唇を尖らせたポーラだったが、やがてマスターが群がる冒険者たちを切り開くと、表情を変えないまま中へ入っていく。
腕を組み、唇をフグのようにした彼女を、ハリスは戸惑いつつ立ち上がる。
「……初めまして。俺の名前はハリスだ」
握手を求め、手を差し伸べるハリス。
するとポーラも不機嫌な表情を戻し、笑顔でそれに応じる。
「あたしはポーラ・セーシェル。ご紹介に預かりました通り、勇者やってまーす」
他の冒険者たちが言う通り、彼女の言動には威厳というものが感じられない。
それでもハリスは、細く白い掌越しに、彼女が只者ではないと察する。
握手を終えた二人だったが、ポーラは彼の様子を見て、腰のポシェットに手を突っ込む。
「あ、一応証拠あるけど見る?」
「証拠?」
「うん。勇者の証なんだけど」
そう言って取り出したのは、重々しい金色の紋章に『28』という数字を示す印が押され、青いリボンで装飾された豪華な称号だった。
黄金のそれを見た、ハリス含む一部の冒険者は、勘付いて息を飲む。
いっぽうで〝勇者〟というシステム自体を知らないレナは、首を傾げて尋ねる。
「これは、一体?」
その質問に、ポーラではなくハリスが答える。
「勇者号。幾つもの国家が勇者と正式に承認した者にだけ与えられる、本物の証。この番号は、世界で二十八人目に賞与されたという意味だ」
冷静な回答に、レナもポーラが凄い人物であると理解する。
ポーラは彼の反応を見て、澄ました表情で微笑む。
「ふーん、ニセモノだって疑わないんだね」
「誇らしげに証拠として提出したんだ。疑う必要はないだろう」
「話が早くていいねぇ!」
嬉しそうに告げた彼女は、近くの席から椅子を取ると、丸机に四人目として着席する。
視線をハリスからリンゴに移し、改めて状況を把握するポーラ。
彼女は指を組んでその上に顎を置くと、単刀直入に提案する。
「あなた達、北に行く予定は無い?」
告げられた言葉に、ハリスとレナは強く反応する。
北と言えば、ハリスがかつて求めていた伝説のモンスター『フェンリル』の住まう地。
その場所を悟るかのように、ピンポイントに告げるポーラ。
僅かに警戒したハリスは、顔を俯かせて牽制する。
「もしあったとして、何故それを聞く?」
「そうねぇ。ここは明かせない理由になるのだけど、言ったら私は用アリなのね」
質問を受け、頭の後ろへ腕を回し、椅子の背に重心を傾ける彼女。
あぶなっかしく椅子の後ろ脚でバランスを取る彼女は、困った様子で続ける。
「たださぁ。極寒で迷子になりやすい、出現するモンスターもそこそこ強い北への用事となると、不安にもなるわけよ。勇者と言えど」
「だから、同行する仲間が欲しいのか?」
「そうそう正解! そうしたら、巨人を実質三人で倒した凄い三人がいるって聞いたじゃない?」
お喋りなポーラのおかげで、少ない質問で理解するハリス。
仲間が欲しい彼女にとって彼等の存在は、まさに求めていた人材なのだ。
彼女の魂胆を知って、ハリスは「うーん」と唸りつつ腕を組む。
「理由はわかったが、それがリンゴの首輪とどう関係する?」
最初の話題に戻り、自分達へのメリットを尋ねる。
北に行くことと、リンゴに装備されてしまった『隷従の首輪』を外すことに何の共通点があるのか、彼女はまだ答えていない。
だが指摘されたポーラは、ふふんと笑ってそれに答える。
「ほら、あるじゃん。というかいるじゃん? どんな魔術も知り尽くした、伝説のモンスターが。それに聞けば、わかるんじゃない?
焦らすように語るポーラ。
だがそれだけで、ハリスは何者を指しているのか理解した。
レナとリンゴが見守る中、ポーラの提案を全て理解したハリスは、深く頷いて答える。
「ポーラが北へどんな用があるのか、それは聞かないでおこう」
「それはつまり?」
「ああ、行こう――氷狼フェンリルを探しに」
*
それから一時間も経たず、ハリス達にポーラも含めた三人は、旅の支度を整えて酒場の前にいた。
ひときわ大きなリュックサックに、荷物をこれでもかと詰めて背負うレナの左右に、ハリス達は並んでいる。
彼等を見送る冒険者たちが集まる中、マスターはハリスと握手する。
「二階の部屋は残しておこう。早めの帰りを待っているよ」
「ああ。すぐに終わらせて、帰ってここの料理を食べたいからな」
「私も、あのお肉としばらく会えないというのは……少し寂しいです……」
しょんぼりと告げるレナに、苦笑いするマスター。
するとリンゴは、彼の袖を引っ張って振り向かせ、申し訳なさそうに告げる。
「あの、ごめんなさい……私のせいで、稼ぎ頭のハリスさんたちを巻き込んでしまって……」
「それを言うなら本人に言いなさい。キミはもう、彼等の大切な仲間だ」
マスターに諭され、二人を見上げるリンゴ。
彼女の視界に映るハリス達は、優しい笑顔で微笑んでいた。
思わず涙ぐむリンゴに、マスターは続ける。
「それにキミも、二人の下で十分に強くなった。キミはもう足手纏いなんかじゃなく、立派な冒険者だ」
ニッと笑うマスターの言葉に、リンゴは滲む涙を振り払う。
そして彼女も満面の笑みを浮かべ、ハリス達へ振り撒く。
やがて冒険者たちの労いも止み、先頭に立つポーラが告げる。
「さ、行こっか!」
手を振り上げて歩き出す彼女に続き、三人も歩を進めていく。
離れていく彼等の背を、冒険者は様々な身振りと共に送り出す。
こうして彼等は、フェンリルを探し、リンゴの呪いを解く旅路に立つ――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この作品を「面白い!」「もっと続きを読みたい!」と少しでも感じましたら、
広告下の☆☆☆☆☆評価、ブックマークをしていただけますと幸いです。
執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願いいたします。




