モンスターテイマー、漆黒のドラゴンを鎮める
町からほど近い草原に聳え立つ、空高く浮かぶ雲すら突き抜ける巨木、世界樹。
草原に大きな影を落とす大樹の下、根の狭間に空いた世界樹の内部へ続く穴の前に、ハリスの姿はあった。
松明を手に持った彼は、眼前に口を開ける暗闇に臆さず踏み出す。
縦横に広く少し湿った洞窟は、僅かに下への傾斜ができており、ハリスを地下へ誘う。
周囲の根と土壁を照らし、暗闇をしばらく進んだ彼は、咄嗟に違和感を覚える。
(妙だな……こんな環境なのに、モンスターが一体もいない)
広く暗い洞窟内。出現して日が浅いとしても、コウモリやゴブリン等、モンスターが住むには絶好の場所である。
にもかかわらず、モンスターの姿はどこにもない。
異常性に気付いた彼は立ち止まり、思考を巡らせようとする。
だが、その時である。
まるで彼が止まるのを予期していたかのように、頑丈に見えた地面が、突如崩れたではないか。
(しまった)
油断に唇を噛み、闇へ落下していくハリス。
上へ手を伸ばしても遅いと悟った彼は、空中で姿勢を整え、数秒後に真っ暗闇の中で着地した。
無傷の彼は慌てることなく、落とした松明を手に周囲を確認する。
足元に転がる無数の宝玉、壁も天井も見えない広大な空間。
暗闇に響く、二つの呼吸音。
自分のものではない大きな生物の吐息に、ハリスは松明の火をその正体に掲げる。
一枚一枚が人間大の漆黒の鱗。
爬虫類に似た頭に伸びる、一対の角。
ハリスの身長の約五倍はあろう橙色の瞳が、彼を睨みつける。
『グルルルルルゥゥゥ……ッッ!』
直後、地面の宝玉や土壁から露出していた貴石の巨塊が光を放ち、暗闇の中に潜む怪物を照らし出す。
巨大な四つの脚、一対の翼、太く長い凶器のような尾、剥き出しの牙。
露になったその姿に、ハリスは思わず声を上げる。
「ドラゴン……!?」
刹那、彼の声に呼応するように、ドラゴンは巨大な地下空間一杯に翼を広げ、咆哮する。
『ガオオオオオオォォォォォォォゥッッッ!!』
危機を察知したハリスが松明を捨てて後ろへ飛ぶと、ドラゴンは彼のいた場所に頭を突っ込み、地面の岩肌をいとも簡単に粉砕する。
凄まじい破壊力の攻撃に、ハリスは思考を巡らす。
(千年前に絶滅したと記録される幻のモンスターが、何故こんな場所に?)
彼の記憶通り、この世界におけるドラゴンは、大昔に歴史から姿を消した存在。
絶大な力を持ち、人の文明を一度滅ぼしたとされる破壊の象徴である。
当然ハリスも、本物のドラゴンを見るのは初めてだ。
彼は暴れ狂うドラゴンの振り下ろす、刺々しい尾の打撃を捉えると、片手を指鉄砲の形にして構える。
「『キャプチャーリング』」
瞬間、指先から大きな青白い輪が放たれる。
ドラゴンの尾に直撃したリングは、サイズを急速に縮め、命中個所を拘束する。
空間に縛られ、動かなくなる巨大な尻尾。
だが制止できたのは数秒程度で、ドラゴンが大きく抵抗すると、リングはガラスのように砕け散った。
その間にハリスは、ドラゴンをぐるりと回り込むように走る。
ドラゴンは目を動かして彼を見つけると、再び尾を振り上げ、先程の何倍もの速度で叩きつけた。
巻き上がる粉塵。
砂埃を見つめるドラゴンだが……突如、何かに驚き目を見開く。
晴れていく土煙の中、姿を現した無傷のハリスは、片腕で尾を受け止めている。
そうして彼は尾を弾き、発動していたスキルの名を告げる。
「『シンクロ』」
これこそがハリスの本領、絶対に敗北しないと言われる所以。
対峙する者と互角に戦えるレベルに自己を瞬間改造する、モンスターと対等に戦闘し関係を築きたいと考える、彼の創り上げたユニークスキルである。
無事な彼を見たドラゴンは眉間に皺を寄せ、岩石のような前足を持ち上げ、踏みつける。
『グオオオオォォォォッッッ!』
その攻撃をひらりとかわし、地面を蹴って跳躍するハリス。
ドラゴンの頭上に跳びあがり、空中で再び指鉄砲を構える彼を、巨獣は橙色の視線で追う。
青い光を腕に灯す彼を警戒し、口元へ紫炎を込めて放とうとするドラゴン。
しかしそれよりも早く、ハリスは光を指先から射出する。
「『キャプチャーステラ』!」
彼の指先から流星群のように放たれた、大きく星の描かれた無数の魔法が、ドラゴンへと降り注ぐ。
魔法陣はキャプチャーリング同様に、命中した個所を拘束する。
更にドラゴンを縛ったリングからは次々に光の鎖が伸び、地面や壁に突き刺さる。
暴れてリングを破壊しようとするドラゴンだが、今度はびくともしない。
尚も暴走するドラゴンを見て、ハリスは光の鎖の上に飛び乗ると、ドラゴンの頭部目掛けて駆け上がっていく。
深刻な顔をする彼は、ドラゴンの身に起きている異常事態を察知していた。
(『シンクロ』して理解した……このドラゴン、急激に魔力が漏れ出ている)
魔力とは、キャプチャ等の魔術攻撃を使う際に用いられる力の源。
先ほどドラゴンが放とうとした紫炎も、魔力を変換したものである。
同時にどんな生物でも、魔力が完全に枯渇すれば動けなくなってしまう、この世界では水のように重要なエネルギーでもある。
ハリスはドラゴンと『シンクロ』した際、その肉体から異常な速度で魔力が消耗し、弱っていることを察したのだ。
怪我をして興奮状態になった、手負いの獣と同じである。
ドラゴンの異常に気付いたハリスは、鎖を駆け登りながらドラゴンの顔を見つめ、力強く告げる。
「今、楽にしてやるからな」
激しく鎖が揺れる中、ハリスがドラゴンの全身を注視すると、その首裏に異物が存在することに彼は気付く。
うなじに突き立てられた、剣のような物体は、柄やグリップはあるものの、刃の代わりに棘の並ぶ先細りした棍棒のような、謎めいた武器であった。
ハリスはそこに目標を定めると、鎖をしならせて跳び移り、一切の迷いなくそれに手を掛ける。
「ぐっ……!」
食いしばる彼の声と共に、ズ……と生々しい音を立て、引き抜かれる物体。
するとドラゴンは、突如全身から光を放ち、激しく咆哮した。
『ガオオオ――――ッッッ!』
暴れ狂い、頭を高く上げて叫ぶドラゴン。
ハリスの仕掛けた拘束も解け、彼は武器を持ったまま地面へ戻る。
するとやがて、ドラゴンの光は収束し、人の形になって地面へ落下した。
その姿を見たハリスは、呆けた声を上げる。
「女の子……?」
先程までドラゴンのいた場所に倒れているのは、マントのようなボロ布を纏った、長い黒髪の少女。
茶色くくすんだ布に隠れる彼女の胸は、とてもとても、豊満であった。
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