子猫暴走
猫本さんが白い子猫といつの間にか仲良くなっていた。
マコトさんが作り直したニジマスの南蛮漬け──改めただの『ニジマスの素揚げ』がお皿に並べられ、猫たちがそれを夢中で食べているところに、遅れて猫本さんがやって来た。
「おっ。コユキ、みんないいものを食べてるぞ」
そう言って肩の上に乗せた白い子猫を見る。
「おまえも食べるか? どれか好きな皿を……」
子猫の目つきが変わった。
瞳が真っ黒に、おおきくなり、爛々と輝き出した。
勢いよく猫本さんの肩から飛び降りると、食事中の猫たちの中へ、突っ込んで行った。
『これぜんぶ、ぼくのニャーーー!!』
すると大人の猫たちが、ばつが悪そうに身を引いた。
『ぼくのニャー!』
そう言いながら、子猫はすべてのお皿を回り、ちょっとずつ口をつけては、また走り出す。
『ぼくのニャーウ、モガモガ、ばうっ、ばうっ』
「こらっ、コユキ!」
猫本さんがまるで父親のように叱る。
「行儀が悪いぞっ! みんなのを取っちゃダメだ!」
俺の隣でそれを見ていたマオが、駆け出した。
コユキという子猫のほうへ向かって、まっすぐに全力疾走して行く。
子供を叱るのかと思ったら、違った。
『それ、ぼくにゃんが目をつけてたやつーーッ!』
どうやら一際美味しそうな一匹のニジマスに目をつけてたようだ。
コユキがそれに近づいたのを見て、取られまいと必死だ。
コユキが獰猛な声をあげた。
『地球の支配者ごときがぼくの邪魔をするなーーーッ!』
マオはたじろぎながらも負けまいとする。
『それ、そこのお腹の膨らみが、美味しそうなのにゃーーッ!』
語尾は泣き叫んでいた。
コユキのほうが強かった。
手でマオのほっぺたを押すと、マオが簡単に後ろに倒れた。
まるで子供同士の喧嘩だ。
『マオちゃま……。無邪気すぎてステキ』
さる……山田先輩に抱かれながら、ミオが呟いた。
『でもヤマダ様もステキやの……。ふたりの男性の間でココロ揺れるあたし……』
コユキとマオが喧嘩している間、他の猫たちは固まってしまった。
二匹の喧嘩を遠巻きに眺めながら、食べる手を完全に止めてしまった。
『こらぁ〜』
遂にマコトさんがツノを出した。
『仲良く食事しないとダメでしょうがぁ〜……! あたしの料理をみんなが楽しんでくれるのを邪魔する気!?』
するとコユキがマオとの取っ組み合いから離れて、マコトさんのほうへ駆け出した。
ぴょん! と飛び上がって、マコトさんの胸をドン! と押す。
『きゃっ!』
マコトさんの胸が、ぷるる、ぷるるる〜んと、揺れた。
なんて恐ろしいことを……。あの子猫、蹴りを喰らうぞ?
そう思ったが、急にマコトさんの目尻が下がり、優しい顔つきになった。
『もぉ〜……! いきなり何するのよ〜! 子供は可愛いなぁ』
子供は得だ……。
しかも動物の子供は……無敵だ。
さる……山田先輩が羨ましそうに指を咥えて見ていた。先輩が同じことをしたら、たぶん再起不能になるまで痛めつけられることだろう。
猫本さんが、メガネをかけた白猫と話していた。
「ユキタロー、あれ、叱らなくていいのか? おまえの息子だろう」
「子猫は何をしても許されます。ごはんを食べるのも子猫がまず先で、子猫が満足するまで成猫は待っているものですよ」
どこからか子猫の声がたくさん聞こえて来た。
そっちのほうを見ると、割烹着のようなものを身に着けた猫が、大勢の子猫を従えてやって来ていた。
『はいはい、みなさん。ごはんがこちらにあるそうですよ』
保母さん猫のようだった。
ついて来る子猫たちは皆、コユキと同じように目が爛々と輝いている。
『ごはんニャー!』
『ごはんニャー!』
『ぜんぶぼくのニャー!』
保母さん猫がにこやかに言った。
『それではみなさん……、ゴー!』
まっしぐらで子猫たちがやって来た。
『ダメにゃー!』
コユキが全力で阻止に行く。
『ぜんぶぼくが食べるんにゃー!』
しかし集団の力は凄まじかった。
コユキは雪崩に飲まれるように無力に押し流され、子猫たちはそれぞれのニジマスに食いついた。
それを大人の猫たちはじっと見守っている。よだれを垂らしながら、仕方なさそうに、子猫たちのお腹が膨れて、食べ残しのお皿が空くのを待っていた。
俺も猫本さんもさる……山田先輩も、人間の男は皆、呆気にとられてそれを見ていた。
「ふふっ」
マコトさんだけ、頼もしいものを見ているように、楽しそうに言った。
「猫の親も人間の親も、同じなのね。子供が優先! 優しい世界だなあ」




