猫と仲良くなどしたくない(海崎リョウジ視点)
みんなメロンで腹一杯になって眠ってしまったので、私も眠ったふりをしていた。
私は猫と仲良くなどしたくはない。メロンもそれほど好きではない。
隊長すらメロンに溺れ、満足そうにスヤスヤと眠ってしまった。ここぞという時にこの人は頼りない。そのうち私が隊長に取って代わるまでの辛抱だ。それまでは従順に従っているふりをしておく。
猫のことを信用などしていない。メロンで我々を眠らせ、その隙に寝首を掻こうという算段なのかもしれないと思いながら、動きを待った。何をして来るのか……。
しかし猫どももぐっすり眠っている。どういうことだ。本当に猫という生き物は馬鹿なのか?
そう思っていると、木陰に隠れていた一匹の猫が、足音を殺して現れた。あの、解剖し損ねた、サビ猫とかいうやつに見えた。
……なるほどな。
すべてはアイツが仕切っていたのか。
馬鹿で無邪気な猫どもに命じ、メロンで我々を眠らせて、人間と猫を本気で仲良くさせておいて、みんなが油断したところへやって来るつもりだったのか。
そいつは山原隊長のほうへ向かって歩いて来ると、飛びかかろうとした。やはりだ。ボスをまず殺すつもりだ。開けた口には鋭い牙が覗いていた。
『おい』
猫語翻訳機をつけた口で声をかけてやった。
『誰だ!? 起きてやがったのか!?』
そう言ってサビ猫が動きを止めたところに狙いを定め、鉛の弾丸を入れたピストルを抜き、サイレンサーで消音しながら撃った。
サビ猫は木の上に逃げた。
私を誰だと思っている。NKUヤマナシ支部が誇る科学技術者にして開発者、海崎リョウジだ。運動神経にだって自信がある。
自作のジェット・ブーツを起動し、木の上に逃げたそいつを追った。
サビ猫は目を丸くした。人間が空を飛べるのを見て、信じられないという顔をした。
次には私のほうが驚かされてしまった。
猫は小型のロケットのようなものを背負っていた。その噴射口から音もなく気流を噴き出すと、高速で飛び、しかも加速した。
しかしその時には既に私の手は、猫の足を掴んでいた。
『は……、離せっ! 離しやがれーっ!』
悲痛な声をあげて、しかしサビ猫は、私の体をぐいぐい引っ張って加速した。
なんて高性能な飛行道具だ。
サビ猫は私に足を掴まれながら、必死で逃げ続けた。高速で飛べば私の手を振り切れると思ったのだろう。
しかし私は手にパワーグローブをはめている。私の手ごと断ち切るなりしなければ、引き離すのは不可能だ。私の手は力を入れるまでもなく、猫の足を掴み続ける。
やがて猫の背負っているジェット装置のパワーが落ちはじめた。さすがに燃料切れだろう。
フラフラと力をなくすと、猫が失速した。
私は自分のジェット装置は待機させておいた。猫に引きずられて飛ぶに任せていた。ここぞと加速させる。主導権はこちらに映った。
捕獲完了だ。猫は私に引きずられるままになり、情けない姿をさらす。
地上に降りると抑えつけた。
『いくつか聞きたいことがある』
私は訊問を始めた。
『この和平会談のようなものは、誰が言い始めた? マオ・ウか? きっかけは何だ?』
『し……、知らん』
サビ猫は答えた。
『俺の知らん間に、やたらとマオが人間と仲良くなってやがった。きっかけとかは知らん。俺もキモがってたとこなんだ』
『猫は人間が嫌いか?』
次の質問に移った。
『猫は人間を絶滅させたがっているか?』
『俺は大嫌いだ! 他のやつは知らん! 少なくとも俺は人間が大嫌いで……怖くて……しかし狩るのが面白ぇから絶滅まではさせるつもりはないぞ!』
『そのジェット噴射装置は猫が作ったものか? なぜ、原始的な生活をしている猫がそんな高度なモノを作れる?』
『これはユキタローが作ったものだ! 俺にはとても作れん!』
『そういうものを作れる特殊な猫がいる……ということか?』
『知らん! 知らん! もう離してくれ!』
『最後の質問だ』
ピストルの弾を確認しながら、言った。
『これに答えてくれたら楽にしてやろう』
『答える! なんでも答えるから……離してくれ!』
『人間に何か洗脳のようなことを施したか? あのメロンにそういう薬が仕込んであったとか?』
『そうであってほしいぜ』
『何がだ』
『マオにおまえら人間がへんな薬とか飲ませたとかであってほしいってことだ。本気であいつらじゃれ合ってやがる。気が知れねぇ……』
『つまり、みんな素で仲良くしているということか』
『そうだ。そうとしか思えねぇ……。気持ち悪りい! 反吐が出る状況だ!』
『ふぅん……? つまり……』
私はサビ猫の言うことを信用した。
『おまえは、猫と人間の友好など、心から望んでいないということか』
『当たり前だ! 見ろ! 今のこの状況を! テメエに抑えつけられ、ひどいことをされてる俺を見ろ! 人間ってのはやっぱり、こういう生き物だろ!? 残虐で、赤い血が流れてなくて、妖怪呼ばわりされても仕方のない、ひでえ生き物だ! 地球の害虫って呼ばれるのも無理ないだろ!? そんなもんと、どうして仲良くなんぞできる!?』
私は突きつけようとしていたピストルを、ホルスターにしまった。
『いいな、おまえ』
抑えつけたまま、サビ猫に言った。
『どうだ? 私と協力し合わないか?』
『きょっ……、協力だと?』
『ああ。私も猫と人間の友好などには大反対だ。猫と人間は、いつまでも敵対していなければならない』
『……賛成だ』
『意見が合う者同士、お互いに使えるはずだ。仲良くなろうとしているやつらを、それぞれ内側から崩してやらないか? 私は人間として、おまえは猫として、平和を壊して戦争に誘導する工作をするんだ』
『……面白えな』
サビ猫が苦しげに振り向きながら、ニヤリと笑った。
『テメエ……気に入ったぜ』




