助けて、マオ
マコトさんの発明した魚獲り網を、俺は無断で持ち出し、駆けた。
猫本さんを……! 猫本さんを助けなければ!
猫本さんを……助けてくれ、マオ!
湖に戻ると、マオが振り向いた。釣り竿を持ったまま、のんびりとした表情で。
『【いいもの】って、それにゃの?』
モニターの映像を観ていたので遅くなったのだが、マオは何も言わなかった。
俺が手に持った青い網を目で指して来る。
『ああ、これだ。見てろ?』
三色猫がファ〜とあくびをした。
本当は猫本さんを助けることを先にしたかった。
でも何もなしにお願いするよりも、プレゼントをしてからのほうがいいような気がした。
そのでっかい【ヌシ】とかいう魚をプレゼントする代わりに、マオに猫本さんを助けてほしいと願い出るつもりだった。
日はもうだいぶん昇っていた。春の朝日にキラキラ輝く水面に、青い網を投げた。
『これがどうなるんだにゃん?』
マオは俺のすることをただじーっと、好奇心を強くするように、すぐ隣にくっついて見つめていた。
『これで【ヌシ】が捕れる』
『本当かにゃん!?』
『ああ』
俺は笑顔を見せてやった。
『ただ、すぐにじゃない。これを仕掛けて、待つんだ』
『どれぐらいかにゃんかにゃんかにゃん』
マオがはしゃいでいる。可愛……気持ち悪い。ふふ。
『1日待つんだ。次に網を引き上げたら【ヌシ】がかかってる。たぶんだけど』
『わあっ』
マオの大きな瞳が輝いた。
『ありがとう!』
『踊るにゃ! マオちゃま』
三色猫が立ち上がって、マオと向かい合った。二匹で手を取り合って、踊り出す。
『ありがとう』
『ありがとう、ミっちゃん様』
『ありがとう、ありがとう』
『感謝のしるしに踊るにゃよ』
その踊りが面白くて、俺は危うく忘れるところだった。
思い出すと、慌ててマオに話を持ちかけた。
『マオ! 聞いてくれ!』
『にゃに?』
『俺の【仲間】が……』
仲間、という単語が翻訳されず、人間語で出力されたので、言い直した。
『俺の友達が、お前達……猫に捕まったんだ!
ひどいことをされるかもしれない! どうか、助けてあげてくれないか?』
マオがびっくりしたように、ちょっと口を開けた顔で、俺の顔をじーっと見た。
表情が読めない。何を考えてるのかわからないので、俺は言い足した。
『【ヌシ】をプレゼントする! 明日の朝にはきっとプレゼントできる!
だから、交換だ! 【ヌシ】をやるから、猫本さんを……俺の友達を助けてくれ!』
マオがようやく口を開いた。
『そ、それは一大事にゃん……』
『え?』
『こんなことをしている場合ではないにゃ! ヌシ様なんかよりミっちゃんの友達が大事にゃ!』
三色猫がうなずく。
『もちろん、ろん!』
『ヌシ様なんてどーでもいいにゃ! 早くその友達を助けに行くにゃ!』
『行くのにゃにょ!』
『ありがとう……』
涙が出た。
『ありがとう……マオ! 頼む!
お前の町のど真ん中で捕まってる! 黒猫にやられたんだ! きっと捕虜にされて……』
『黒猫……。ブリキにゃんにゃ!』
『ブリキ様……。にゃふふ』
『ブリキにゃんは猫の中でも荒っぽいお方にゃ! 暴れん坊将軍にゃ!
ボクは嫌いじゃないけど、好きじゃないにゃ!』
『あたいのことは好きにゃのよな?』
『好きにゃ!』
『ありがと。チュッ♡』
『とにかく早く助けに行かないと大変なことになるにゃ!』
『頼む』
俺はマオの手を握りしめた。
『ありがとう』
『行くにゃ! ミっちゃんも早く!』
『え?』
『一緒に行くにゃ! ついて来るにゃ!』
『いや……。俺は……』
二匹がだだーっ!と走り出した。釣り竿を投げ出したまま。
俺がついて来ないのに気づいてピタッと止まり、振り向く。
『俺は行けない!』
もうだいぶん遠くまで離れた二匹に、俺は声を投げた。
『俺が行ったら猫がびっくりする!
頼む! 俺と同じ姿の人が捕まってるんだ! 解放してあげてくれ!』
ぐっ!と手で了解のサインをしてみせると、マオと三色猫はまた駆け出した。
忘れないように、その後ろ姿に、俺はもう一声かける。
『明日の朝、またここで会おうな! ヌシをプレゼントするからな!』
『それどころじゃないにゃー!』
それだけ答えて止まらずに走り続ける二匹の足はとんでもなく速くて、
あっという間に森の中に見えなくなった。




