◆◆◆◆ 5-40 予感 ◆◆◆◆
【 シュレイ 】
「おお――〈雲竜飛聖〉!」
シュレイは思わず席を立ち、声を上げた。
【 シンセ 】
「まぁ、こちらが、従兄様の弟弟子の……」
【 シュレイ 】
「そう、雲竜飛聖こと〈碧・サノウ〉だ。こんなところで会うとは……」
【 サノウ 】
「な、なんだか、つらそうな人が多かったから、〈甘露盃〉で治しておきましたよ。ふ、ふふふ……」
甘露盃とは神仙の力をもつ祭器であり、清浄なる甘露水を生み出し、邪悪を祓い傷を癒すとされている。
【 シンセ 】
「私だけでなく、神鴉兵たちも癒していただき……感謝に堪えません」
【 シュレイ 】
「かたじけない――それにしても、しばらく顔を見なかったが、どこでどうしていたのだ?」
先日、シュレイと再会したサノウはしばらく行動を共にしていたものの、ある日ふいに姿を消し、以来行方知れずであった。
【 サノウ 】
「せ、仙薬の材料を探したり、変てこな書肆に紛れ込んだり、いろいろありましたけど……師兄たちがいくさに出たっていうんで、よ、様子を、見に来たんですよ、ふふふ……」
【 シュレイ 】
「おお――そうか、助太刀に来てくれたのだな?」
【 サノウ 】
「え? い、いやぁ、人界のいくさにかかわるのは、ちょっと……でも、今回は森羅が相手なんでしょ? ど、どんな術を使うのか、興味があったんですよぉ。くふふ……」
【 シュレイ 】
「……そ、そうか」
わかっていたことだが、この男に義理や人情を求めても仕方はなかった。
【 サノウ 】
「あ、あっちの、呪術っていうんですか? あれ、面白いですよねぇ~。蓄積された力を解放して……地脈を媒介に……えへへ、う~ん、興味深いなぁ~」
【 シュレイ 】
「と、ともあれ……しばらくはここに滞在してはどうだ?」
【 サノウ 】
「そ、そうですねぇ。もっと研究したいし……うぇへへへ」
そして、翌日――
【 ヴァンドーラ 】
「――敵の呪術兵、健在の模様!」
敵陣の様子をうかがってきたヴァンドーラが、復命した。
【 ウツセ 】
「むむ……見せかけだけかもしれませんが?」
【 アグラニカ 】
「いえ――昨日同様の呪力を感じます。いえ、むしろ、それ以上とすら……?」
宙軍の陣を睨みながら、アグラニカが首をかしげている。
【 ウツセ 】
(敵方に援軍があったということか?)
どうあれ、これで短期決戦は困難となった。
【 ウツセ 】
「ここは相手の様子をうかがいつつ、本軍との合流を目指す――というのが無難かと」
いたって面白みもないが、そうならざるをえない。
【 アグラニカ 】
「そうですね……ヴァンドーラの意見は?」
【 ヴァンドーラ 】
「宙の弱兵ごとき、物の数では――と強がりたいところですが、そうとも言えません」
【 アグラニカ 】
「占術でも『今は待ちが吉』と出ていたし……ここは動かない方が賢明かもしれませんね」
【 ウツセ 】
「…………」
歯がゆい思いを抱きつつも、ウツセは頷いてみせた……
【 シュレイ 】
「……動きはない、か」
森羅軍の様子を探らせて、シュレイは内心安堵した。
【 シュレイ 】
(ムキになって押し寄せてくるかと思ったが……冷静だな)
正面からぶつかれば、いかにサノウやアイリの援護があったとしても、苦戦はまぬがれないところだけに、願ってもない展開だった。
その一方で。
【 シュレイ 】
(そろそろ、何かが起こる――か)
それが南征軍の陣中においてか、はたまた、帝都においてなのか……
昨夜、シンセとともにアイリを訪ねた際のことが思い出される。
【 シュレイ 】
「――アイリ殿、先ほどのご助力、まことにありがとうございました。おかげで我が軍は難を逃れることができ、感謝に堪えませぬ」
【 アイリ 】
「…………」
シュレイは拝跪して謝意を述べたが、アイリは聞いているのか聞いていないのか、どこか夢うつつな様子だった。
【 シュレイ 】
「(……寝ているわけではないのだろう?)」
【 シンセ 】
「(はい……たまに、このような状態になりますが……)」
小声でシンセと囁き交わしていると、
【 アイリ 】
「そう――そうですか。また……始めるのですね?」
突然、なにかに憑かれたかのように、奇妙なことを口走り始めた。
あたかも、誰かと話しているかのような……
【 アイリ 】
「ふたたび、炎を……世を革る、浄めの炎を、燃やすのですね――」
【 アイリ 】
「ええ――今度は、もっと大きい炎となりましょう――七年前よりもずっと大きい――きっと、この濁り穢れた焔氏の天下を、燃やし尽くす炎に……! ふふ……はは……あははっ……!」
【 シュレイ 】
「…………っ」
高笑いをあげるアイリの狂態に、シュレイらは言葉もなく、見守る他はなかった……
【 シュレイ 】
(あれは――予言、なのか?)
アイリが口走った奇妙な言葉は、ただのうわごとに過ぎないのか?
だが、邪法の類とはいえ、ただならぬ力を持つ彼女が口にしたことだけに、聞き流せるものではない。
【 シュレイ 】
(……嶺将軍が彼女と出会ったのは、七年前の〈五妖の乱〉においてとか)
峰東の地で勃発した大規模叛乱・五妖の乱において、〈五王〉を称した反乱軍の頭目たちがいた。
そのうち三人は死亡が確認されたが、うち二人はいまだ消息不明である。
不明の一人は、うら若い女であったとか――
【 シュレイ 】
(もしやと思っていたが……そういうことなのか?)
もしアイリが五王の関係者……どころか、五王のひとりであるとしたら――
【 シュレイ 】
(……つくづく、とんでもない男だな)
改めて、嶺・グンムの豪胆さに呆れてしまう。
ともあれ、
【 シュレイ 】
(いよいよ、機が近づいている……か)
すでに世は乱れている……が、さらに想像を超えた、大乱世が迫っている。
【 シュレイ 】
(この私が――大願を果たす、その時が……!)
ひとり、不敵にほくそ笑む楽・シュレイなのだった。
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