◆◆◆◆ 5-14 戦端 ◆◆◆◆
――ここは帝都より南西に約1000宙里、西のかたに霊峰〈幽聖岳〉を望む獅水の地……
*宙里……距離の単位。一宙里は約500メートル。
その一角にある城市(城塞都市)のひとつ、〈陽氏城〉。
長らく安逸の日々を送ってきた城民は、しかし今、忘れかけていた恐怖を思い出していた。
堅く閉ざされた城門に、〈嶺〉の軍旗を掲げた軍が、ひたひたと押し寄せてくる。
その先頭に立つ巨漢が、ただ一騎進み出て、
【 グンロウ 】
「――我が名はグンロウ、嶺征南将軍が司馬、嶺・グンロウなり!」
*司馬……宙の軍制では将軍に継ぐ官職で、千人の兵を率いる。
【 グンロウ 】
「疾く降伏せよ、しからずんば鏖殺せんっっ!!」
*鏖殺……皆殺しの意。
荒肝を抜かんばかりの大音声が響き渡った。
【 守兵 】
「――――っ」
思わず守兵らが浮足立つところへ。
【 守将 】
「――小賢しいっ! 官賊の手下ごときが大層な口をっ!!」
門を一騎駆けで飛び出した守将が、槍を振るって挑みかかっていく。
【 守将 】
「冥途の土産に聞かせてくれる! 我が名は――」
【 グンロウ 】
「――――っ」
グンロウが、二股の大刀を振りかぶり――
【 グンロウ 】
「ふんっっ!!」
と、一閃するや否や、
【 守将 】
「――――っっ」
名乗りかけた口を開けたまま、守将は腰から上をあっけなく両断され、血しぶきと共に地面に転がった。
乗せていた主が突然軽くなったことに戸惑うかのように、馬がぐるぐるとさ迷っている。
あまりの衝撃に、声もない守兵たちに追い討つように、
【 グンロウ 】
「――――かかれいっっ!!」
【 官軍 】
「おおおおおーーーーっ!!」
グンロウの気迫が乗り移ったかのごとく、官兵たちは地響きのような喊声を放ちながら、凄まじい勢いで城門へ殺到する。
*喊声……突撃の際に用いる鬨の声。
【 守兵 】
「ひっ……!!」
暴風さながらの殺気を叩きつけられ、怖気をふるって後ずさる守備兵たち。
目を血走らせて堀を踏み渡り、城壁をよじ登ってくる敵兵を阻止することもかなわず、我先に逃げ出すありさま。
グンロウも大刀を咥え、梯子を駆け上って城内へ飛び込むや、
【 グンロウ 】
「さぁ――死にたい奴からかかってこい!」
そう大喝し、棒立ちになって恐れおののく守兵を立て続けに蹴散らす。
部下たちも負けじとなだれ込み、矛や剣をふるって獰猛な野獣のごとく襲いかかり、敵を血祭りにあげていく。
――もはや、戦いの帰趨は明らかであった。
……果たして、戦いは城門を制圧された時点で終わっていた。
城を治めていた陽一族の主は、恐懼してグンロウの前に参じ、降伏を訴えたのである。
【 グンロウ 】
「ふむ――ならばよし! 本陣に伝令を出せい! 後のことは、任せる――」
と、同行していた文官に後始末を託すと、
【 グンロウ 】
「者ども、飯を食え、そして寝ろ! 明朝、すぐに起つ!」
そう号令し、みずからも甲冑を脱ぐ間も惜しんで飯を食らい始めた。
せっかちなのはグンロウの性分ではあったが、それにしてもいささか度がすぎるようだ。
【 グンロウ 】
(兄者――必ずやこの俺が、期待に応えてみせましょうぞ!!)
糧食を貪り食らいながら、グンロウは固く誓っていた……
――ことの発端は、前日にさかのぼる。
〈南寇〉こと翠・グンムを討つべく帝都を発した宙の南征軍は、岳南の地に到達していた。
【 グンム 】
「やれやれ――ようやく敵地、ってところか」
【 シュレイ 】
「ここまでは順調な行軍でしたな」
【 グンム 】
「ふむ、順調すぎるくらいだが……」
幕舎にあって、征南将軍たる嶺・グンムは、楽・シュレイと膝を突き合わせていた。
【 シュレイ 】
「宰相閣下も、思いのほか大人しいようで」
【 グンム 】
「そうだな、あれこれ指図してこられたら面倒だと思ったが……」
この南征軍の総司令は宰相たる烙・レツドウだが、今のところグンムにあれこれ注文をつけてきてもいない。
【 グンム 】
「……アイリのことも、うまくやってくれて助かる」
【 シュレイ 】
「いえ、あれは、我が従妹殿の手柄にて……」
【 グンム 】
「――とはいえ、この先はそう順調とはいくまい」
【 シュレイ 】
「左様ですな。まず、このあたりはいわば緩衝地帯……向背さだかならぬ勢力が割拠しておりますゆえ」
岳南地方の北部には、翠・ヤクモに属してはいないが、さりとて帝国に貢物を納めてもいない、いわば中立的な城市が多い。
中には、帝国軍の接近を知り、慌てて使者を送って媚びてくるようなところもあるが、そうでない輩もすくなくはない。
【 グンム 】
「放っておいてもいいが……そうもいかんな」
【 シュレイ 】
「今はよくても、あとあと面倒なことになりましょう」
今は日和見を決め込んでいても、官軍の形勢わるしと見れば、南軍に恩を売るべく背後を衝いてこないとも限らない。
どうあれ、これらの勢力への対処は不可欠であった。
【 グンム 】
「老師には、なにか妙案がおありかな?」
【 シュレイ 】
「策を用いるほどのことはありますまい。ここは、諸将に功を競わせてはいかがでしょう」
【 グンム 】
「ほう――なるほど、それもいいな」
そこでグンムは伝令を発し、諸軍の将を本陣へ集めることにした。
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