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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
65/421

◆◆◆◆ 5-10 百萬華苑 ◆◆◆◆

 ホノカナがセイレンに連れられ、奇妙な書肆へ連れて行かれてから数日後のこと。


【 ホノカナ 】

「ふぅ……」


 東の離宮を出たホノカナは緊張感から解放され、ホッと息をついた。

 皇太后ランハの住まいであるここは、彼女にとってはいわば敵地といってもいい。

 そんなところへ単身やってきたのは、もとよりヨスガの命によってである。


【 ヨスガ 】

「――先日の茶会の返礼に、招待状を渡してこい」


 と、いうのだった。


【 ホノカナ 】

「はぁ――でも、来てくれますかね……?」


【 ヨスガ 】

「ふん、来るものか。だが、相手の出方を図る意味はあるゆえな。しっかり観察してくるがいい」


【 ホノカナ 】

「な、なるほど……」


 と、手紙を託されてやってきたのだが、


【 ホノカナ 】

(気分がすぐれない……って、本当かな?)


 そんな理由をつけられ、侍女に書状は託したものの、皇太后に会うことはできなかった。


【 ホノカナ 】

(仮病なのかも……?)


 コウ太后はそこそこの年齢であるから、不調になることもあるだろう。

 ただ単に、会いたくなかっただけかもしれないけれども。


【 ホノカナ 】

(でも、それにしては……)


 なんだか、侍女たちの様子がおかしい気がした。

 どことなく気ぜわしいような……


【 ホノカナ 】

(本当に、具合がよくないのかも?)


 ともあれ、早く戻ってヨスガに報告しないと……と、ホノカナが歩き出した矢先。


【 ホノカナ 】

「……ん?」


 視線の先に、庭園があった。

 このあたりは何度か通っているはずだが、ゆっくり周囲を見渡す余裕もなく、気づかなかったが……

 そこには、見たこともないさまざまな樹木や草花が所せましと植えられており、摩訶まか不思議なありさまになっている。


【 ホノカナ 】

(あ、これが有名な〈百萬華苑ひゃくまんかえん〉?)


 帝国各地から珍奇な植物を集めた庭園がある、という話は聞いたことがあった。

 その様子は、なるほど豪華絢爛ではあるが……


【 ホノカナ 】

「でも、なんていうか……」


【 ???? 】

「――悪趣味な庭だよなぁ!」


【 ホノカナ 】

「……っ!?」


 つい心の声が出てしまった――わけではない。

 気づくと、ホノカナの隣に見知らぬ人物が立っていた。


【 逞しい女 】

「なぁ、あんたもそう思うだろっ? いろんな土地から物珍しい植物かき集めてさぁ~。こういうの、あたしは好きじゃあないな!」


【 ホノカナ 】

「え、ええっと……」


 正直、ホノカナも同意見だったが……歴代の皇帝によって築かれた庭園への悪口にうなずいてみせるのは、さすがにためらわれた。


【 ホノカナ 】

「……確かに、ちょっと趣味悪いですよね!」


 しかし、思わず正直に同意してしまった。


【 逞しい女 】

「あっはははっ! そうだよな~っ! これはないって!」


【 ホノカナ 】

「…………?」


 豪快に笑う女の様子を観察するホノカナ。

 女官――ではなさそうだ。

 見たところ軽装で、ランブのような侍衛の士でもないようだし……


【 ホノカナ 】

「あの……失礼ですが、どなたさまでしょう……?」


【 逞しい女 】

「ん? ああ、あたしはカツミってんだ。〈ネン・カツミ〉。あんたは――どこかで見たことあるツラだな?」


【 ホノカナ 】

「あっ……はい、天子さまにお仕えしております、宮女のリン・ホノカナです!」


【 カツミ 】

「ああ――そうそう、思い出した。この前、ランハに会いに来てたよな~」


【 ホノカナ 】

「――――っ」


 ホノカナはギョッとして、思わず周囲を見渡した。

 皇太后ほどの貴人の名を口にするのは、それ自体が大変不敬なことだが、まして呼び捨てにするなど、およそ考えられぬ不敬な行為である。

 いまだにホノカナが『ヨスガ姉さま』と呼ぶのをはばかるのも、それゆえだった。

 しかしカツミと名乗る女は気にしたふうもなく、


【 カツミ 】

「もしかして、あいつに会いに来たのか? 残念だったな、今日は気分が悪いって、寝所に閉じこもってるからさ」


【 ホノカナ 】

「は、はぁ――」


 驚きあきれて、ホノカナは目をぱちくりさせた。

 呼び捨てにするどころか、あいつ呼ばわりとは……

 そんなことが許されるとしたら、皇太后よりも上の立場の者だけである。


【 ホノカナ 】

「あ、あの――もしかして、国母さまの、姉上ですか……!?」


 そんなとんちんかんな問いが口をついたのも、無理からぬことだろう。

 (たとえ親族であっても、皇太后が相手ともなればおのずと節度が求められるものだが)


【 カツミ 】

「あん? いや、そういうんじゃないさ。まぁでも、似たようなもんかもなぁ――ククク!」


 そう言って笑うカツミは、どう見ても二十歳そこそこにしか見えないのだが。


【 カツミ 】

「おっと、お使いの途中だろ? 邪魔して悪かったな。あたしも、鍛錬の途中なんだ」


【 ホノカナ 】

「あっ……え、ええ、はい……」


【 カツミ 】

「じゃあな! また会うときがあったら、稽古をつけてやるよ」


 快活に笑って、カツミはその場を去っていった。


【 ホノカナ 】

「…………??」


 狐につままれたような気分を味わいつつ、


【 ホノカナ 】

「と、とにかく、帰らないと……」


 ホノカナは、早足で帰路についたのだった。

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