◆◆◆◆ 4-16 問答 ◆◆◆◆
【 グンム 】
「ご尊父である凪将軍には、たいへんお世話になりました。比類なき勇猛さを発揮しながら、冷静に戦況を見極める戦略眼……まさに名将の器でしたな」
【 ランブ 】
「……ありがとうございます。父も、きっと泉下で喜んでおりましょう」
*泉下……黄泉の下、死後の世界の意。
グンムとランブが酒を酌み交わす横で、
【 ホノカナ 】
(うう……わ、わたしが、こんな大事なお役目をっ……)
ホノカナが、あわあわしていた。
もとより、彼女がランブとともに足を運んだのは、ただの座興ではなく、ヨスガの命である。
【 ヨスガ 】
「――我の代わりに、嶺・グンムという男を見定めてこい!」
そんな無理難題を課され、わざわざ偽名を名乗って同席しているわけである。
ちなみに“青龍”とはホノカナの亡母の姓であり、“カスカナ”とは早くに亡くなった姉の名であった。
【 ホノカナ 】
(で、でも、しっかりしないと……!)
と、じっと眼前のグンムという男を観察する。
年のころは三十過ぎ、人当たりの良さそうな雰囲気だった。
【 ホノカナ 】
(将軍様っていうから、もっとおっかない人かと思ったけど……)
【 グンム 】
「カスカナ殿、こちらの品もいかがかな?」
【 ホノカナ 】
「あっ……はい、ありがとうございます!」
とても気さくで、親しみやすい。
近所の世話焼きのお兄ちゃん、といった風情だ。
【 グンム 】
「ふふっ、いい食べっぷりだ。なぁ、楽老師?」
【 シュレイ 】
「まことに――」
それに比べて、連れの覆面姿の男は……
【 ホノカナ 】
(なんだか、得体のしれない感じ……)
あまり好印象は抱けなかった。
彼女が毛嫌いする、かの十二佳仙に似た雰囲気のせいかもしれない。
もしそうと知ったら、さぞやシュレイは気を悪くするだろうが。
【 グンム 】
「ときに――ランブ殿は今、宮中で侍衛をつとめているとか?」
*侍衛……貴人の護衛。
【 ランブ 】
「……ええ」
【 グンム 】
「なんとも惜しいことですな。貴殿ほどの武勇があれば、戦場で武功を立てることもたやすいでしょうに」
【 ランブ 】
「…………」
【 グンム 】
「かなうことならば、こたびの遠征、ぜひランブ殿にも御同行願えぬものか……と思っているほどなのですよ」
【 ホノカナ 】
「ええっ!? そ、そうなんですかっ!?」
素っ頓狂な声をあげたのはホノカナである。
【 グンム 】
「いかにも。貴殿が武名を高めることは、ご尊父へのなによりの供養というものでは?」
【 ランブ 】
「……私のような者に、ありがたきお言葉です」
と、ランブは一礼しつつも、
【 ランブ 】
「――されど、私にはなすべきことがございますので」
【 グンム 】
「なるほど……いや、これは口が滑りました。どうかご容赦されたい」
と言って詫びる姿にも、嫌味な雰囲気はまるでなく、いたって自然な立ち居振る舞いだった。
【 ホノカナ 】
(いい人っぽいけどなぁ……)
などと思っていたところへ、
【 シュレイ 】
「カスカナ殿――でしたか。貴殿は、さる貴人の御名代とのことですが……」
【 ホノカナ 】
「はっ、はいっ?」
【 シュレイ 】
「……いや、野暮な質問はやめておきましょう。それより、あなたこそ、我らに尋ねたいことがあるのでは?」
【 ホノカナ 】
「そ、それはっ……ええっと……」
カスカナならぬホノカナが口ごもっていると、
【 グンム 】
「おや――」
ふいに、たおやかな調べが聞こえてきた。
琴の音であろうか、優美な一面、どこか儚げな気配もただよっている。
【 シュレイ 】
「……どこかで楽師が弾いているようですな」
つい、演奏に耳をそばだててしまう一同。
やがて、歌声も聞こえてきた。
霊峰を望む 大湖のほとり
友は去る 万里の彼方へと
我はひとり 酒を供として
夜渡りゆくは 秋水の孤舟
なかなかの美声であった。
ふと見ると、
【 ホノカナ 】
「……ぐすっ、う、う……」
ホノカナが嗚咽していた。
【 グンム 】
「……っ? カスカナ殿、どうしました?」
【 ホノカナ 】
「す、すみません……ぐすっ、ふるさとの歌を久しぶりに聞いて、つい……」
【 グンム 】
「む……では、峰東のご出身でしたか」
【 ホノカナ 】
「あっ、は、はいっ……」
霊峰とは〈真霊峰〉、大湖とは〈白竜湖〉のことであり、いずれも峰東の地になじみ深い地名であった。
【 グンム 】
「……そうでしたか。では、七年前も?」
【 ホノカナ 】
「……はい。わたしの住んでいた邑は、戦いには巻き込まれなかったんですけど……」
【 ホノカナ 】
「でも、軍隊に食料も家財道具も根こそぎ持っていかれてしまって……つらい目に遭いました」
七年前の〈五妖の乱〉……
その苛烈な体験を思い出したのか、つらそうに顔を伏せるホノカナ。
【 グンム 】
「それは……いくさの習いとはいえ、お気の毒なことでした」
【 ホノカナ 】
「嶺将軍も……あのいくさに、来ていたんですよね?」
【 グンム 】
「ええ。……もっとも、さしたる働きもできませんでしたが」
【 ホノカナ 】
「でも、見ましたよね? 峰東が、どうなってしまったか……」
【 グンム 】
「……もちろん」
【 ホノカナ 】
「こんなことを言ったら、子供の身勝手だと、笑われるかもしれませんけど……」
【 ホノカナ 】
「でも、やっぱり……いくさは、しないでほしいです」
【 グンム 】
「…………」
【 ホノカナ 】
「……嶺将軍に、お尋ねしたいことがあります。よろしいですか?」
ようやく腹を決めたように、グンムに向き直るホノカナ。
【 グンム 】
「なんなりと」
【 ホノカナ 】
「これから征かれるいくさで……なにを、お望みでしょう?」
【 グンム 】
「…………」
グンムは、すこし考えてから、
【 グンム 】
「私はこのとおり、一介の武人にすぎません。天下国家については、雲上人の方々がお考えになることでしょう」
【 グンム 】
「それでも……少しでも庶人が生きやすい世の中にするために、尽力するつもりですよ」
【 グンム 】
「ゆえに、ま、なるべく大ごとにならないよう、うまいこと結果を出したい……それが望みというところです」
【 ホノカナ 】
「それは……なんのために?」
【 グンム 】
「そりゃあ、もちろん――」
【 グンム 】
「――私自身が、さっさと引退して、平穏無事な余生をすごすためですとも」
そう言って、グンムは屈託のない笑みをうかべたのだった――
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