◆◆◆◆ 4-9 南寇王ヤクモ ◆◆◆◆
――原野に、ただ一騎の人馬があった。
その騎上にあるのは、老境に入った男の姿。
日に灼けた肌、肌に残る無数の傷が、彼が歴戦の古強者であることを示している。
【 古強者 】
(思えば――)
こんな遠くまでよく来たものだ、と老人――すなわち〈南寇〉の異名をとる〈翠・ヤクモ〉はしみじみと思う。
ここ〈岳南〉の地は、彼が生まれた〈央原〉とはまるで異質な風土である。
荒涼とした原野が、果てしないほどに広がっていた。
水や森に溢れた大地で育ったヤクモにとって、この土地での暮らしはずいぶんと索漠とした思いに駆られたものだったが、
【 ヤクモ 】
(――しかし、これも悪くない)
今では、そう思えるようになってきている。
【 男たち 】
「おお――大王!」
顔見知りの騎馬の男たちが、親しげに声をかけてきた。
狩りの帰りと見えて、獲物を負っている。
【 ヤクモ 】
「おお、戦果は上々だったようだな。しかし、大王は勘弁してほしいものだ」
男たちを称えつつ、ヤクモは苦笑する。
【 騎馬の男 】
「ああ、〈巡察使〉とか言うんだっけ?」
【 別の騎馬の男 】
「面倒だな。大王でいいだろう! 我らが大王! 偉大なる大王!!」
【 ヤクモ 】
「やれやれ……」
ヤクモはもはや訂正もせず、笑って駆け去る彼らを見送った。
【 ヤクモ 】
(まるで、翼があるようだな)
相変わらず見事なものだ――と、彼らの巧みな騎馬術に改めて目を奪われてしまう。
彼らは〈飛鷹〉と呼ばれる騎馬の民であり、宙族とは異なる文化を持っている。
かつては岳南全土を支配していたが、近年は勢いを失い、帝国の軍門に下っていた。
しかし数年前、度重なる苛政に耐えかねて一斉蜂起し、宙人の官吏を追い出して自立を図ったのである。
その反乱を鎮圧すべく派遣されたのが、ほかならぬ宙の将軍・ヤクモだった。
ヤクモは隙のない用兵で飛鷹軍をさんざん翻弄した末に、盟約を結んで帰順させようとしたのだが……
【 ヤクモ 】
(朝廷の、毒虫どもめが……)
宮中に巣くう方士集団〈十二佳仙〉の悪辣な謀計によって、その目論みは無惨にもご破算となってしまった。
ここにいたってヤクモは帝国に見切りをつけ、飛鷹に味方することを決断し、差し向けられた討伐軍を散々に撃破。
飛鷹の民は彼を慕い、実質的な盟主と仰ぐこととなったのである。
結果、帝国はヤクモを〈南寇〉と罵る一方で、巡察使――全権を委任された地方長官――に任命し、ご機嫌を取る羽目になったのだった。
【 ヤクモ 】
(……まさか、こんなことになるとはな)
長年に渡って帝国の将帥として生きてきた自分が謀叛人となり、あげくに辺境の主となろうとは……以前からは想像もつかない。
長く生きていればいろいろあるものだ、などと感慨に浸っていたヤクモであったが、
【 ヤクモ 】
「――――っ」
ふいに顔の前に手をかざしたかと思うと、
【 ヤクモ 】
「――っ!」
その手に、空を切って飛来した矢が握られていた。
尋常ならざる動体視力のなせるわざである。
【 騎馬の女 】
「ふんっ、やるナ、老いぼれっ……!」
そう罵りながら姿を見せたのは、弓を手にした騎馬の女だった。
装束からして、飛鷹の者らしい。
【 ヤクモ 】
「この矢……〈三ツ羽〉の者か?」
矢羽根の特徴を確かめつつ、問いかける。
【 騎馬の女 】
「そうダ! アタシは〈カイリン〉! オマエが殺した三ツ羽の族長、カイザンの娘ダッ!」
そう名乗りつつ、さっそく二の矢をつがえ、ヤクモの眉間目がけて射かけてくる。
【 ヤクモ 】
「――――ふむ」
再び迫ってきた矢を軽々と掴み取りつつ、
【 ヤクモ 】
「しかし、三ツ羽の者は、すでに我がほうに帰服しているが?」
【 カイリン 】
「それはイイ、皆には皆の人生があるからナ……しかシ! アタシは違う! 父を殺されておめおめ降ったりはしなイ!」
【 ヤクモ 】
「……思い出した。あのとき、まだ若い娘がいたな」
数年前の情景が思い出される。
カイザンとの一騎討ちを制したヤクモを見つめる、年端のいかない少女の姿があった……
【 カイリン 】
「父が討たれたとき、アタシはまだ子供だっタ! でも、今は違う――」
と、刀を抜き、まっしぐらに斬りかかってくる――
【 カイリン 】
「覚悟しロ、老いぼれ!」
【 ヤクモ 】
「――――っ」
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