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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
419/421

◆◆◆◆ 10-11 運命 ◆◆◆◆

 その夜ふけ。

 ひとつの影が、宮城内の庭園を散策している。


【 りりしい童子 】

「……ふぅ……」


 物憂げなため息をこぼすこの童子は、天子の従者、〈リン・アルカナ〉。

 彼は、つい先ほどまでの出来事を思い出していた……




【 トウマ 】

「……う、ううっ……」


【 アルカナ 】

「殿下――いえ、陛下、いかがなさいましたっ? どこか、痛む所でもっ……?」


 宿衛しゅくえいを務めていたアルカナは、天子の寝室から聞こえたすすり泣きに気づき、尋ねる。

 *宿衛……宿泊して護衛するの意。


【 トウマ 】

「わ、私は……ぼくは……恐ろしい……恐ろしいんだっ……ううっ……」


【 アルカナ 】

「どうかご安心ください、陛下。ここは天下でもっとも安全な場所ですので」


【 トウマ 】

「もっとも……安全っ……?」


【 アルカナ 】

「――はい、宮城は近衛の兵が取り囲んでおりますし、朝廷にはレイ驃騎将軍がおります。陛下をおびやかす者など、誰もおりません」


【 トウマ 】

「……っ、そ、そう、だな……そのはず、だなっ……」


【 アルカナ 】

「はい、ですからどうか……ご安心ください」


【 トウマ 】

「ああ……アルカナ、ぼくを心から案じてくれているのは、そなただけだ……そなたのことだけは、信じられるっ……」


【 アルカナ 】

「……もったいないお言葉です」




【 アルカナ 】

(おいたわしい限りだ)


 宿衛を他の者と交代した後、アルカナは夜の庭園を歩きつつ、トウマに同情を寄せていた。

 わけもわからず帝位につけられ、この先いったいどうなるのか、わかったものではない……


【 アルカナ 】

(天下で一番安全……か)


 それは決して間違いではないが……逆に言えば、逃げる場所もなく、軟禁されているようなものであり、いつ他人の都合で玉座から引きずり降ろされるかわからない。


【 アルカナ 】

レイ公が牙をむく恐れも、なきにしもあらず……)


 安全どころか、天下で一番危険な場所ともなりうるのが、天子の座である。

 現に、つい先日まで玉座にあった天子は、あっけなく追い出されてしまったではないか。

 トウマにとっては、針のむしろも同然であろう。


【 アルカナ 】

(……わからないものだ、運命というのは)


 つい先日までひと気のない山奥に潜んでいたというのに、今や帝都の、それも宮城で暮らすことになろうとは……それは、アルカナも同じであったが。


【 アルカナ 】

(姉上も、きっと同じ思いだったに違いない……)


 否応なく、アルカナの思考は姉へとたどりつく。


【 アルカナ 】

(姉上は……やはり、元の天子とともに……)


 残った女官たちの証言で、姉のホノカナがヨスガらとともに帝都を去ったことは判明していた。

 彼女たちは、アルカナの素性を知ると、しきりに同情し、なにくれとなく世話を焼いてくれている。


【 アルカナ 】

(これも、姉上の人徳というものか――)


 と、アルカナは感銘を受け、ますます姉への思慕の念を強める一方だった。

 もっとも、彼が容姿端麗な美童であることも、少なからず影響したにちがいないが。


【 アルカナ 】

(ユイ殿は、姉上に会えたのだろうか……?)


 噂では、元の天子一派は、北西の山地に身を隠しているという。

 できるなら、今すぐにでも会いに行きたいが……トウマのことを思えば、そうもいかない。


【 アルカナ 】

(……姉上、どうか、ご無事でっ……)


 祈るような気持ちで、夜空を見つめていると……


【 ???? 】

「あら……あなた、見ない顔ね――」


【 アルカナ 】

「――――?」


 いつの間にか、ひとりの娘がそばに立っていた。

 目鼻立ちの整った、美貌の持ち主。

 その装束は女官のものながら、やけに埃っぽく、しかもよく見れば裸足だ。


【 アルカナ 】

「ボクは――いえ、自分は、まだここに来たばかりで……」


 不審に思いつつ、言葉を返す。


【 可憐な娘 】

「そう――あなた、峰東ほうとうの訛りがあるわね――」


【 アルカナ 】

「……っ、はい、自分は、峰東の鱗家村リンかそんの生まれなので……」

 *鱗家村……主に鱗氏が暮らす村の意。


【 可憐な娘 】

「ああ――わかった、あなたが、弟くん――ね。ホノカナちゃんが、よく自慢していたっけ――ふふ」


【 アルカナ 】

「あなたは……」


【 可憐な娘 】

「私は――シキ。〈蓮華レンゲ・シキ〉――」


 娘は、うっすらと微笑みつつ、身をひるがえす。


【 アルカナ 】

「――――っ」


 この世ならざる妖しい笑みと、鼻をくすぐる甘い香りに、アルカナは身をこわばらせる。

 もとより彼は、シキと名乗ったこの娘が、以前とはまるで異なる気配をまとっていることに、気づくよしもないのだった――

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