◆◆◆◆ 10-10 宮中の影 ◆◆◆◆
【 グンム 】
「――このたびの一件、国母さまにはさまざまなお計らいを賜り、感謝に堪えませぬ」
帝都〈万寿世春〉宮城の東の宮……
驃騎将軍たる嶺・グンムは、みやこへ帰還した皇太后〈煌・ランハ〉に謁見していた。
【 ランハ 】
「あら――ふふ、おかしなことを言うのね。感謝するのは、むしろこちらのほうではなくて?」
御簾の奥から、軽やかな女の声音が響いてくる。
【 グンム 】
(病に伏せていたというが……いたって壮健のようだな)
御簾越しなので表情などはわからないが、以前とまるで変わりはない。
あるいは仮病だったのかもしれない、とグンムは思った。
【 ランハ 】
「あなたは、“私が記した”令旨に従って兵を返し、朝廷をあるべき姿にしたのだもの。感謝しているのよ、嶺驃騎将軍」
【 グンム 】
「は――」
太后の言葉に、グンムはかしこまって一礼する。
【 グンム 】
(……なるほど、そういうことにした、というわけだ)
――ヨスガを廃し、新帝を立てるべし。
という例の“皇太后の令旨”は、亡き宰相〈烙・レツドウ〉が権勢を握るために偽造したものに違いなかった。
ランハは、あえてそれに“乗る”ことにしたのだろう。
【 ランハ 】
「烙宰相は、気の毒なことになったけれど……その尊い遺志はあなたに受け継がれたようで、なによりだわ」
【 グンム 】
「もったいなきお言葉……忠義をなさんとして志半ばで斃れられた宰相閣下も、きっと泉下で喜んでおりましょう」
――などといった、あいさつ代わりの白々しいやりとりを終えたところで。
【 ランハ 】
「さて、本題に入りましょうか」
【 グンム 】
「は――」
【 ランハ 】
「驃騎将軍、これからどうするつもりかしら?」
【 グンム 】
「むろん、朝廷の守護者として、国母さま、そして若き天子さまをお守りし、国家を安泰たらしめる所存にて――」
【 ランハ 】
「ふふ――結構な御題目だこと」
【 ランハ 】
「それで? 本音は別のところにあるのでしょう?」
【 グンム 】
「いえいえ、そのようなことは……ご承知のとおり、私は国事のことなどまるでわからぬ、一介の武人ですので」
【 ランハ 】
「ふふ……無欲にして篤実の嶺公は健在、というところかしら?」
【 グンム 】
「…………」
【 ランハ 】
「――まあ、それならそれでいいわ。具体的には、どう手を打つつもり? 根本的な問題がなにも解決していないことは、承知しているわよね?」
【 グンム 】
「は――」
そもそも、南方への遠征が計画されたのは、岳南や森羅を切り取って占領下に置き、逼迫する国家財政を救うためだった。
その点、事態はまったく改善してないといえる。
【 グンム 】
「財政の立て直しは、喫緊の問題と心得ております。それゆえに――」
*喫緊……重要かつ緊急、の意。
と、グンムは今後の方針を、しかじかと説く。
【 ランハ 】
「――なるほど、ね。そううまくいけばいいけれど」
【 グンム 】
「もとより、臨機応変に手を打つ所存です」
【 ランハ 】
「そう願いたいわね。頼りにしているわ――嶺公」
【 グンム 】
「はっ……」
嶺・グンムは、深々と一礼した……
【 レンス 】
「――いかがでしたか、嶺公は?」
グンムが辞したあと、ランハの甥である秘書官〈煌・レンス〉が問う。
【 ランハ 】
「そうね、以前と変わってはいないといえば、変わっていないけれど……でも、大物らしい雰囲気は出てきたわね」
【 レンス 】
「地位が人を作る……と、いうこともありましょうか」
【 ランハ 】
「さて……まぁ、さしあたりは、お手並み拝見といこうかしらね」
【 レンス 】
「それがよろしいかと」
【 ランハ 】
「天に二つの太陽がないように、地上に皇帝が二人いてはならぬ……ふふ……これから、見ものね」
あたかも乱世の到来を期待するかのように、楽しげに微笑むランハなのだった――
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