◆◆◆◆ 10-7 新天地 ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「……ふぅ……」
私室に戻ったヨスガは、一息ついていた。
【 ミズキ 】
「――お疲れさまでした、ヨスガさま」
ミズキが茶を差し出す。
【 ヨスガ 】
「む……すまんな」
茶を啜りながら、室内を見渡す。
【 ヨスガ 】
「……広い部屋だ」
【 ミズキ 】
「それはそうです。阿姨が使っていた部屋ですから」
【 ヨスガ 】
「殺風景だな。まあ、嫌いではないが」
かつての主の人となりを示すがごとく、質実剛健な雰囲気。
大柄な椅子にちょこんと腰かけたヨスガは、いかにも不似合いだが、素っ気なさではお似合いだ、とミズキは思った。
【 ヨスガ 】
「――どの程度、残ると思う?」
【 ミズキ 】
「さて……どんなものでしょうか」
現在、宝玲山の兵数はざっと千人あまり……加えて、非戦闘員がその三倍ほどはいる。
――我に従う気がない者は、今のうちに去るべし。
というお達しは、兵や住民たちにもすでに告げられている。
【 ミズキ 】
「半分も残ってくれれば、上々ではありませんか?」
【 ヨスガ 】
「……まあ、そんなところであろうな」
なにしろ、世間から見ればヨスガは今や廃帝、ただの庶人にすぎない。
いやそれどころか、お尋ね者の叛逆者として命を狙われる身なのだ。
そんな彼女に賭けてみよう――などというのは、よほどの物好きだけであろう。
【 ミズキ 】
「カガノ殿が退去を申し出なければ、あるいはもう少し……」
【 ヨスガ 】
「ふん、やせ我慢で残ってもらっても仕方がないゆえな。琅の姉妹には、損な役を任せてしまったが」
カガノが去ることを言い出したのは、ヨスガたちと仕組んだ策略である。
士気の低い者が残れば、他の者にも悪影響が出ると考えて、彼女に因果を含めたのだ。
【 ミズキ 】
「私やランブ卿では、いささか説得力に欠けますので……仕方ないかと」
あまりヨスガと親しい者では、いかにも芝居くさく見えてしまうであろう。
その点、そこまで接点がないカガノは適任ではあった。
【 ヨスガ 】
「侠客というのは、とかく体面を重んじるゆえな……大義名分を与えてやるのも一つの道だ」
ヨスガという弱者を見捨てて去るのは仁義に反する……といった考えから、無理に残られたところで、不穏分子にしかならないであろう。
カガノは離脱者を率いて山を去ったあと、手ごろなところで戻ってくる、という筋書きであった。
【 ミズキ 】
「お気の毒なことです。演技とはいえ、あの性悪女……いえ、性根の曲がった姉君に会いに行かねばならないとは」
溜め息まじりに同情する。
【 ヨスガ 】
「……そなたらしからぬ言いぐさだな。その姉とやらと、よほどの因縁でもあるのか?」
【 ミズキ 】
「いえ、なにも?」
カガノの姉である〈一条太歳〉琅ハナオとミズキの間には、十数年前からの悪縁があるのだが(6-36 燎氏の変(22)参照)、そこには触れない。
【 ヨスガ 】
「……まあいい。それより、今後のことだが」
【 ミズキ 】
「常道としては、この地に立てこもって討伐軍を迎撃する……と、いうところですけれど」
【 ヨスガ 】
「なるほど確かに、この峻嶮な山地にこもれば、百の兵で数十万の兵すら防ぐことができような」
*峻嶮……とても山が険しい様子。
こと防衛力という意味においては、宝玲山は帝都とは雲泥の差がある。
【 ヨスガ 】
「……だが、それだけのことだ。防御を固めているあいだに誰かが助けに来てくれればよいが……あてにはならぬ」
【 ミズキ 】
「それこそ、交龍の雷巡察使などは、嶺将軍には批判的なようですが」
【 ヨスガ 】
「だからといって、我を助ける義理もあるまい。そんな中では、もっとも頼みがいがありそうなのは峰西の姉上殿だが……」
【 ミズキ 】
「〈愛憫公主〉様は、確かに我らに好意的ではありますけれど……兵を動かせるかどうかは?」
愛憫公主こと〈焔・レッカ〉は先帝(ヨスガの父・ムジカ)の姪にあたる。
峰西地方を支配する軍閥の当主でもあり、数少ないヨスガ派のひとりであった。
【 ヨスガ 】
「難しいな。なにしろ、西寇と北寇に挟まれているのだ、易々とは動けまい」
【 ミズキ 】
「つまるところ、ここに立てこもっていても、今後の展望は――」
【 ヨスガ 】
「――ないな。まったくない」
きっぱりと口にする。
【 ヨスガ 】
「どのみち、他人任せでなんとかなるはずもない。仮にどうにかなったとしても、恩を売りつけられるだけのことだ。ならば、己の道は己で切り開かねばなるまいよ」
【 ミズキ 】
「では……どうなさいます?」
【 ヨスガ 】
「むろん、三十六計、逃げるにしかず――というやつだ。そもそもこの地は、あまりに帝都に近い。もっと遠くへとずらかる必要があろうな」
【 ミズキ 】
「そうおっしゃると思っていましたが――行く先は?」
【 ヨスガ 】
「むろん、決まっているとも。心当たりはあろう?」
【 ミズキ 】
「ヨスガさまの、生まれ故郷――ですね」
ミズキの脳裏に、霧に包まれた巨大な建造物の姿が浮かぶ。
【 ヨスガ 】
「そう――〈大監獄〉だ」
【 ミズキ 】
「…………」
そこは、ふたりにとっては思い出深い出会いの地であり……
同時にまた、決して忘れられぬ別れの地でもあるのだった――
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




