◆◆◆◆ 10-5 揺れる天下 ◆◆◆◆
……そして、南方においては。
【 ヤクモ 】
「……どうやら、首尾よくいったようだ」
天幕の中で書状に目を通していた〈翠・ヤクモ〉がつぶやく。
かつては〈南寇〉と恐れられた彼だが、グンムと手を組んだことにより、現在は賊名を除かれ、れっきとした帝国の巡察使(地方長官)となっている。
【 ゾダイ 】
「これにて、天下は嶺将軍のもの、ということになりましょうか……?」
そう問うたのは、三貴教の尼僧、〈大萬天・ゾダイ〉である。
【 ヤクモ 】
「さて……それはどうかな」
と、ヤクモは白い髭を撫でる。
【 ヤクモ 】
「今なお、雷、烈、進の三賊は健在……それ以外の勢力も、そう簡単にグンムになびくとは思えぬ」
【 ゾダイ 】
「では、これより先は……?」
【 ヤクモ 】
「生き残りをかけた、群雄割拠の世、ということになろう」
【 ヤクモ 】
「その隙をついて、異国の軍が侵入してくる可能性もあるだろうな――たとえば、北の深牙」
【 ゾダイ 】
「……烙宰相の計画については、耳に入ってきております」
先日急死した、宰相〈烙・レツドウ〉。
彼は、三貴教と協力し、北の異民族である深牙の兵を引き入れて、己の力としようとしていた――という。
【 ゾダイ 】
「拙僧は――存じませんでした。ひとくちに三貴の教えといっても、さまざまな派閥がございますので……」
【 ヤクモ 】
「ふむ。御坊が言うのなら、そうなのだろう」
【 ゾダイ 】
「……信じて、いただけるのですか?」
【 ヤクモ 】
「この歳まで生き残れば、少しは人を見る目も養われるものだ。御坊の言葉は、信じるに足る――と、わかる」
【 ゾダイ 】
「…………っ、かたじけなく……」
【 ヤクモ 】
「…………」
【 ヤクモ 】
(まあ、わかりはしないがな)
この歳になってわかったのは、どれだけの人間に会い、言葉を交わそうとも、人間を理解することなどできはしない――と、いう事実だ。
実際のところ、ゾダイによるレツドウの計画への関与は五分五分……むしろ黒寄りだと見ている。
【 ヤクモ 】
(とはいえ、軍内にも三貴の信者は増えつつある……うかつに手を出すわけにもいかぬ)
やっかいな話だが、切れ味のいい剣同様、役に立つ人間は、とかく危険でもあると相場が決まっている。
【 ヤクモ 】
(――今のところは、泳がせておくのがよかろうよ)
【 ヤクモ 】
「これからも、よろしくお願いする――ゾダイ殿」
心中の思惑は露ほどにも見せず、うやうやしく一礼してみせるあたりは、まさしく年の功であった。
【 ゾダイ 】
「ははっ……」
一方、〈四寇〉と称される大勢力以外では――
【 若き峰南巡察使 】
「今こそ、動くときではあるまいかっ……!」
【 部下 】
「いいえ若、まだまだ、時期尚早というもの――」
【 他の部下 】
「さよう、無謀はなりませんぞ――」
【 別の部下 】
「すべては、われらにお任せあれ――」
【 若き峰南巡察使 】
「うっ……うぐぐっ……!」
【 可憐なる峰西の守護者 】
「……はぁ……とても、とても困りました……」
【 可憐なる峰西の守護者 】
「動けるものならば、すぐにでも動きたいけれど――思うに任せず……」
【 可憐なる峰西の守護者 】
「ああ、陛下、どうかご武運を――」
【 山南の覇者 】
「ふん……あんな腐り切った朝廷がどうなろうと、オレの知ったことかッ!」
【 山南の覇者 】
「せいぜい、ケチな権力争いに明け暮れているがいいさ――オレは、オレがなすべきことをする……!」
【 山南の覇者 】
「父祖の地を、異郷の蛮族どもに踏み荒らさせるものかよッ……!」
――各地の群雄が、それぞれの思惑を抱く中……
今なお、七年前の〈五妖の乱〉の戦禍が残る峰東の地では――
【 名もなき民 】
「……ほしいままに天子を廃し、天下を我が物にしようと図るとはっ……」
【 名もなき民 】
「――嶺賊、許すまじ!」
【 名もなき民 】
「……今こそ、天に替わって国を正し、新たなる世を築かねばなりませんっ!!」
【 名もなき民たち 】
『おおおおっ……!!』
新時代の息吹きが、確実に生じつつあるのだった――
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