◆◆◆◆ 9-81 鶴風の戦い(30) ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「――わかった。帝都に来てもらうのは、やめておこう」
先ほどの剣幕はどこへやら、あっさりとヨスガは折れた。
【 ヨスガ 】
「その代わり――今のままで、我を助けてほしい」
【 バイシ 】
「ほほう……ここを根城に、外部からあんたを援護しろってことかい?」
【 ヨスガ 】
「そういうことだ。いざというときには、緊急の避難先ともなるしな。必要とあらば資金も回すゆえ、申し出てもらいたい」
【 バイシ 】
「ふむ……」
【 ヨスガ 】
「どだい、狼を猟犬にしようとしても、うまくはいかぬ道理……それなら、狼は狼のままで、役に立ってもらうまでだ」
【 バイシ 】
「……その言い分だと、最初からそのつもりだったみたいだねえ? あたしが誘いには乗らないと、わかってたのかい?」
【 ヨスガ 】
「――あなたのことは、母上からいろいろとうかがっていた。少しは、人となりを承知しているつもりだ」
【 バイシ 】
「ほう……レイセイは、なんと?」
【 ヨスガ 】
「誰よりも強く、誇り高く――そしてなにより、決して弱者を見捨てられぬ御方だ、と」
【 バイシ 】
「……そうかい」
【 ヨスガ 】
「我を……助けてくれような?」
【 バイシ 】
「ふん――まあ、仕方ない。非力で可愛らしい孫殿の頼みとあっちゃあ、断れやしないさ」
【 ヨスガ 】
「――ありがたき幸せ。どうか、よろしくお願いいたします、姥姥」
うやうやしく、年長者に対する礼をしてみせるヨスガ。
その変わり身の早さに、バイシは顔をしかめる。
【 バイシ 】
「やれやれ、なんとも可愛げのない子だねえ! レイセイとはまるで似ても似つかないよ」
【 ミズキ 】
「それは仕方ありません。なにしろ姉さまは、あまりにも可憐で、あまりにも完璧で、あまりにもお優しい方でした。姉さまとヨスガさまと比べるのは、あまりにもお気の毒というものです」
【 ヨスガ 】
「おいっ……! いや確かに、母上は素晴らしい御方ではあったが! あったがなっ!」
【 バイシ 】
「…………」
眉を吊り上げた気難しそうな表情は、レイセイよりも、彼女の父……すなわち、バイシの亡夫を髣髴とさせるものがあった。
【 バイシ 】
(……もう一仕事、してみるとするかね)
かくして、バイシは。
新たな、生きる目的を見出したのである。
――あれから、三年後。
【 バイシ 】
「……ぐっ……ぬっ……!」
プシュウウッ……!
バイシの首から、勢いよく鮮血が噴き出している。
【 無頼漢たち 】
『ふ、副頭目っ……!?』
【 アシアンディーカ 】
「し……仕留め……たっ……! ……がはっ!」
ドサッ……!
今度こそ力尽き果てたアシアンディーカが、鞍上から転がり落ちる。
【 バイシ 】
「ふん……見誤った、ようだねえ……てっきり、ただの意地っ張りだと、思った、がっ……」
【 バイシ 】
「ごふっ……! 人の手を、借りることもっ……いとわない、とは……ねっ……」
バイシの視線の先には、弓を構えた飛鷹の戦士の姿がある。
彼の放った矢が、アシアンディーカが刺した剣を押し込み、あと一歩足りなかった心の臓を突かせたのだ。
【 アシアンディーカ 】
「……貴様、を……討つ、には……これしか、なかったっ……」
アシアンディーカは、土壇場でアグラニカに念を送り、
――心臓に刺した剣を、射てほしい。
と、伝えていたのである。
【 アシアンディーカ 】
「卑怯……と、謗るならばっ……謗るがいいっ……甘んじて、受けようっ……!」
【 バイシ 】
「いいや……卑怯などとは……言わない、さ……」
【 バイシ 】
「あんたの、覚悟の深さを、見誤った……あたしの、負け、だっ……」
【 無頼漢たち 】
『ふ、副頭目っ……!』
【 バイシ 】
「――ここまで、だ。あんたたちは……さっさと、ずらかりな」
【 無頼漢たち 】
『……しかし……っ!』
【 バイシ 】
「あの子を……あの子たちを、助けて、やっておくれ」
【 バイシ 】
「……それが、あたしの……最後の、望みだ」
【 無頼漢たち 】
『……うっ……うううっ……!』
男たちはバイシに一礼し、そのまま駆け出していった。
【 バイシ 】
「…………」
その姿を、見届けて。
【 バイシ 】
「……あんた……なんと、言った……かな……?」
【 アシアンディーカ 】
「……アグラニカ陛下に、仕える勇士っ……繚乱たる、アシアンディーカ……!」
【 バイシ 】
「アシアンディーカ……いい、勝負だったよ。冥府に行っても、忘れはすまい――」
この娘はきっと、ヨスガたちの難敵となるのだろう……
だが、それもまた、人生の醍醐味かもしれぬ。
敵のいない人生などあろうはずもない――
ならば願わくば、良き敵と巡り合いたいものだ。
【 バイシ 】
(――ああ)
良き敵と出会えて、思いを託すべき者たちがいて。
【 バイシ 】
(長生きも、悪くは、なかったねえ――)
――閉じた瞼に映るのは、本に囲まれた、神経質そうな優男の姿。
どこかヨスガに似たその男は、やっと来たのか――と言いたげな仏頂面を、バイシに向ける。
【 バイシ 】
(――ずいぶん、待たせちまったねえ)
とうに死別した良人の面影を思い浮かべたまま……
霙・バイシの意識は、闇に沈んでいった。
夜叉凍将、また白銀夜叉と恐れられた稀代の荒武者、ここに斃れる――
その死に顔は、しかし、とても安らかなものであった。
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