◆◆◆◆ 9-80 鶴風の戦い(29) ◆◆◆◆
――さかのぼること、三年前。
霙・バイシは宝玲山に立てこもり、山賊まがいの連中を率いて、官軍を相手に暴れ回っていた。
たびたび討伐軍を蹴散らして物資を分捕ったり、民を虐げる近隣の悪徳役人を成敗したりと、やりたい放題……
いつしか、宝玲山に巣食う〈白銀夜叉〉と恐れられるようになっていたのである。
【 バイシ 】
(かつての将軍さまが、堕ちるところまで堕ちたもんだ)
すでに老境に入って髪は白くなり――白銀夜叉の異名はそこから来ている――身内はことごとく死に絶え、ことさら生き永らえる目的もありはしない。
それでもバイシが老骨に鞭打って、巨大な剣を振るい荒事に臨むのは、彼女を慕って集まってきた者たち……世に容れられぬ手合いのためだった。
【 バイシ 】
(この世になんの望みも残っちゃいないが……こいつらの面倒くらいは、見てやるかね)
そんな日々を過ごしていた、彼女であったが……
ある訪問者によって、バイシやその一党の運命は、大きく変わることとなったのだった。
【 バイシ 】
「――まさか、あんたも生きてたとはね。さすがにしぶといねえ、ミズキ」
【 ミズキ 】
「阿姨こそ、ご壮健そうで……なによりです」
ある一夜……
ひそかにバイシを訪ねてきたのは、同族の娘、〈雪・ミズキ〉であった。
会うのは、実に十二年ぶりである。
かつてはあどけなさを残す小娘だったミズキも、今や大人の女へと成長を遂げていた。
【 バイシ 】
「ってこたあ、つまり、あっちにいるちっこいのが――」
【 ミズキ 】
「……はい、あのちっこいのが、姉さまの忘れ形見です」
【 ちっこいの 】
「おい、聞こえておるぞ……!」
【 バイシ 】
「ほほう。……あんたがねえ」
【 バイシ 】
「……なるほど。確かに、レイセイの面影があるよ」
【 ちっこいの 】
「――お初にお目にかかる、白銀夜叉殿。あたし……いや、我はヨスガ、焔・ヨスガだ」
【 バイシ 】
「…………」
バイシの末娘にして、皇帝の寵妃であった雪・レイセイ。
その娘ということは、彼女にとっては孫娘であり……
現在の天子にとっては、唯一の実子、ということになる。
【 ミズキ 】
「いろいろありまして――ヨスガさまは皇太子として帝都へ招かれることになりました」
【 バイシ 】
「ほう……つまり、雪一門の名誉が回復されるってわけだね」
十二年前の〈三氏の乱〉において、雪氏やその分家である霙氏は罪人とされ、ほとんど滅亡の憂き目をみた。
レイセイもまた罪を着せられ、宮廷を追われたのである。
――そして追放先で産まれたのが、他ならぬヨスガ……
そんな彼女が皇太子となれば、おのずと雪一門の罪も赦されることになるであろう。
【 バイシ 】
「それで? 帝都に行く前に、あたしの顔を見に来た……ってわけじゃあなさそうだね」
【 ヨスガ 】
「もちろんだ。あたし――いや、我は、そうヒマではないゆえな」
【 バイシ 】
「ほほう……では、何用かな?」
【 ヨスガ 】
「白銀夜叉殿に、折り入って頼みがあって、参上した」
【 バイシ 】
「と、いうと?」
【 ヨスガ 】
「我の、手駒になってくれぬか」
【 バイシ 】
「手駒……?」
【 ヨスガ 】
「あた……我はこれから、王宮に乗り込むわけだが、いかんせん、後ろ盾がとぼしい。頼みの外戚は、ご存じのとおりだからな」
*外戚……ここでは皇帝の母親や妃の一族を指す。
母方の一族である雪氏はほとんど死に絶えており、ヨスガの後援勢力たりえない。
そのような状況では、たとえ皇帝に即位しても、実権を握れるかどうか怪しいものだ。
【 ヨスガ 】
「唯一の味方は、会ったこともない皇帝陛下だが……そう長くないそうだし、アテにはならん。皇后陛下や皇弟殿下といった連中と渡り合うには、あまりに頼りない」
【 バイシ 】
「だから、あたしに白羽の矢を立てた、ってわけかい?」
*白羽の矢が立つ……多くの者の中から選ばれるの意。
【 ヨスガ 】
「その通りだ。〈夜叉凍将〉霙将軍の武名は、今なお知る者は多いゆえな」
【 バイシ 】
「ふうん……しかし、あたしは知っての通り、今じゃあ白銀夜叉なんぞと呼ばれる悪名高い山賊だが?」
【 ヨスガ 】
「そこはどうとでもなる。〈四寇〉どもを見てみろ。賊のくせに、結構な官位をもらっているではないか」
【 ミズキ 】
「帝国に帰順した……という形にすれば、さほど問題はありますまい」
【 バイシ 】
「なるほどね……なかなか、悪くない話だ」
【 ヨスガ 】
「では――」
【 バイシ 】
「――だが、あいにく、ウンと頷くわけにはいかないねえ」
【 ヨスガ 】
「それは……なにゆえに?」
【 バイシ 】
「あたしひとりだけなら、別にいいさ。だが……」
【 バイシ 】
「ここに集まってる連中は、お役所づとめなんてできない奴らばかりなんでね。見捨てていくわけには、いかないんだよ」
【 ヨスガ 】
「ほう……実の孫であり、次期天子である我よりも、なんのゆかりもない無頼の輩の方が大事だ――と?」
【 バイシ 】
「ゆかりなら、あるさ。あたしを慕って、頼ってくれてる……それ以上の理由がいると思うかい?」
【 ヨスガ 】
「――――っ」
バイシとヨスガ……白髪の老雄と、あどけない小娘との視線が、ぶつかり合う――
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