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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
380/421

◆◆◆◆ 9-80 鶴風の戦い(29) ◆◆◆◆

 ――さかのぼること、三年前。


 エイ・バイシは宝玲山ほうれいざんに立てこもり、山賊まがいの連中を率いて、官軍を相手に暴れ回っていた。

 たびたび討伐軍を蹴散らして物資を分捕ぶんどったり、民をしいたげる近隣の悪徳役人を成敗したりと、やりたい放題……

 いつしか、宝玲山に巣食う〈白銀夜叉しろがねやしゃ〉と恐れられるようになっていたのである。


【 バイシ 】

(かつての将軍さまが、堕ちるところまで堕ちたもんだ)


 すでに老境に入って髪は白くなり――白銀夜叉の異名はそこから来ている――身内はことごとく死に絶え、ことさら生き永らえる目的もありはしない。

 それでもバイシが老骨に鞭打って、巨大な剣を振るい荒事に臨むのは、彼女を慕って集まってきた者たち……世にれられぬ手合いのためだった。


【 バイシ 】

(この世になんの望みも残っちゃいないが……こいつらの面倒くらいは、見てやるかね)


 そんな日々を過ごしていた、彼女であったが……

 ある訪問者によって、バイシやその一党の運命は、大きく変わることとなったのだった。




【 バイシ 】

「――まさか、あんたも生きてたとはね。さすがにしぶといねえ、ミズキ」


【 ミズキ 】

阿姨おばうえこそ、ご壮健そうで……なによりです」


 ある一夜……

 ひそかにバイシを訪ねてきたのは、同族の娘、〈セツ・ミズキ〉であった。

 会うのは、実に十二年ぶりである。

 かつてはあどけなさを残す小娘だったミズキも、今や大人の女へと成長を遂げていた。


【 バイシ 】

「ってこたあ、つまり、あっちにいるちっこいのが――」


【 ミズキ 】

「……はい、あのちっこいのが、姉さまの忘れ形見です」


【 ちっこいの 】

「おい、聞こえておるぞ……!」


【 バイシ 】

「ほほう。……あんたがねえ」


【 バイシ 】

「……なるほど。確かに、レイセイの面影があるよ」


【 ちっこいの 】

「――お初にお目にかかる、白銀夜叉殿。あたし……いや、我はヨスガ、エン・ヨスガだ」


【 バイシ 】

「…………」


 バイシの末娘にして、皇帝の寵妃ちょうひであったセツ・レイセイ。

 その娘ということは、彼女にとっては孫娘であり……

 現在の天子にとっては、唯一の実子、ということになる。


【 ミズキ 】

「いろいろありまして――ヨスガさまは皇太子として帝都へ招かれることになりました」


【 バイシ 】

「ほう……つまり、セツ一門の名誉が回復されるってわけだね」


 十二年前の〈三氏さんしの乱〉において、セツ氏やその分家であるエイ氏は罪人とされ、ほとんど滅亡の憂き目をみた。

 レイセイもまた罪を着せられ、宮廷を追われたのである。


 ――そして追放先で産まれたのが、他ならぬヨスガ……

 そんな彼女が皇太子となれば、おのずとセツ一門の罪もゆるされることになるであろう。


【 バイシ 】

「それで? 帝都に行く前に、あたしの顔を見に来た……ってわけじゃあなさそうだね」


【 ヨスガ 】

「もちろんだ。あたし――いや、我は、そうヒマではないゆえな」


【 バイシ 】

「ほほう……では、何用かな?」


【 ヨスガ 】

「白銀夜叉殿に、折り入って頼みがあって、参上した」


【 バイシ 】

「と、いうと?」


【 ヨスガ 】

「我の、手駒になってくれぬか」


【 バイシ 】

「手駒……?」


【 ヨスガ 】

「あた……我はこれから、王宮に乗り込むわけだが、いかんせん、後ろ盾がとぼしい。頼みの外戚がいせきは、ご存じのとおりだからな」

 *外戚……ここでは皇帝の母親や妃の一族を指す。


 母方の一族であるセツ氏はほとんど死に絶えており、ヨスガの後援勢力たりえない。

 そのような状況では、たとえ皇帝に即位しても、実権を握れるかどうか怪しいものだ。


【 ヨスガ 】

「唯一の味方は、会ったこともない皇帝陛下おちちうえだが……そう長くないそうだし、アテにはならん。皇后陛下ランハ皇弟殿下タクマといった連中と渡り合うには、あまりに頼りない」


【 バイシ 】

「だから、あたしに白羽しらはの矢を立てた、ってわけかい?」

 *白羽の矢が立つ……多くの者の中から選ばれるの意。


【 ヨスガ 】

「その通りだ。〈夜叉凍将やしゃとうしょうエイ将軍の武名は、今なお知る者は多いゆえな」


【 バイシ 】

「ふうん……しかし、あたしは知っての通り、今じゃあ白銀夜叉しろがねやしゃなんぞと呼ばれる悪名高い山賊だが?」


【 ヨスガ 】

「そこはどうとでもなる。〈四寇〉どもを見てみろ。賊のくせに、結構な官位をもらっているではないか」


【 ミズキ 】

「帝国に帰順した……という形にすれば、さほど問題はありますまい」


【 バイシ 】

「なるほどね……なかなか、悪くない話だ」


【 ヨスガ 】

「では――」


【 バイシ 】

「――だが、あいにく、ウンと頷くわけにはいかないねえ」


【 ヨスガ 】

「それは……なにゆえに?」


【 バイシ 】

「あたしひとりだけなら、別にいいさ。だが……」


【 バイシ 】

「ここに集まってる連中は、お役所づとめなんてできない奴らばかりなんでね。見捨てていくわけには、いかないんだよ」


【 ヨスガ 】

「ほう……実の孫であり、次期天子である我よりも、なんのゆかりもない無頼の輩の方が大事だ――と?」


【 バイシ 】

「ゆかりなら、あるさ。あたしを慕って、頼ってくれてる……それ以上の理由がいると思うかい?」


【 ヨスガ 】

「――――っ」


 バイシとヨスガ……白髪の老雄と、あどけない小娘との視線が、ぶつかり合う――

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