◆◆◆◆ 9-44 談判 ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「まあ、座れ。我も座る」
ヨスガは床に腰を下ろすと、ケイヨウにも座るようにうながす。
【 ケイヨウ 】
「は……」
さすがに椅子に座るわけにもいかず、ヨスガにならって腰を下ろす。
【 ケイヨウ 】
「……屋敷の周囲には、それなりの兵がいたはずですがのォ?」
【 ヨスガ 】
「なに、目立たぬ格好で来れば、そうそう見とがめられもせぬものだ」
さらりと告げるヨスガの格好は、なるほど簡素な平服ではあったが、当然、それだけで警護の兵の目を盗めるわけもない。
【 ケイヨウ 】
(方術か……はたまた、忍びの術のたぐいか?)
戸惑いを覚えつつも、ケイヨウは表には出さず、
【 ケイヨウ 】
「よもや、見舞いにきていただいた……と、いうわけではありますまいなァ?」
【 ヨスガ 】
「まあ、それもあるが、ひとつには礼を言おうと思ってな。前に、姥姥を見逃してくれたのであろう?」
【 ケイヨウ 】
「あァ……その件ですか。なに、昔のよしみということですな」
先日の乱のおり、〈白銀夜叉〉こと〈霙・バイシ〉が率いる軍が帝都に侵入するには、ケイヨウの軍をやり過ごす必要があった。
その際、バイシがケイヨウと交渉し、話をつけたのである。
【 ヨスガ 】
「おかげで、ひとまずは難を逃れることができた。礼を言う」
と、頭を下げるヨスガ。
【 ケイヨウ 】
「これはこれは、もったいないお言葉にて……」
そう恐縮して見せつつも、
【 ケイヨウ 】
「……しかし、ご用は、それだけではありますまいなァ?」
【 ヨスガ 】
「無論のことだ」
顔を上げたヨスガの表情は、冷徹そのものだった。
【 ケイヨウ 】
(先帝陛下とは似ても似つかぬな……ご母堂にはよく似ているが)
そんな感慨をひそかに覚えつつ、ケイヨウは己の首を撫でる。
【 ケイヨウ 】
「もしや……この皺首を、ご所望ですかな?」
【 ヨスガ 】
「なんだ、受け取って欲しいのか? それはそれで、やぶさかではないがな」
【 ケイヨウ 】
「いやいや……この歳になっても、まだまだ命は惜しゅうございますなァ。むしろ、歳をとればとるほど、惜しくなるようで」
【 ヨスガ 】
「で、あろうな。別に我も、そなたの首が欲しいわけではない」
【 ケイヨウ 】
「では、軍権を渡せ――と?」
【 ヨスガ 】
「ふむ、そちらは欲しくないわけではないが……さしあたって、今は必要ない」
【 ケイヨウ 】
「では……?」
【 ヨスガ 】
「つまり、禁軍をいくさに使う気はないということだ。しかし、ちと手を借りたくてな」
【 ケイヨウ 】
「ははァ……?」
【 ヨスガ 】
「つまりだな――」
――かくかくしかじか……
【 ヨスガ 】
「……と、いうわけだ。これなら、損害は出まい?」
【 ケイヨウ 】
「ははァ……なるほどォ……」
【 ケイヨウ 】
「ですが、その計……もしも私が陛下を裏切ったなら、それまでではありませんかなァ?」
【 ヨスガ 】
「まあ、そうだな」
あっさりと認めつつも、
【 ヨスガ 】
「だが、そなたは裏切らぬさ」
【 ケイヨウ 】
「ほほォ……なにゆえに、そう断言なさる?」
【 ヨスガ 】
「そなたを信頼しているゆえ――では、もちろんない」
【 ヨスガ 】
「勝ち負けという意味ならば、こたびの一戦、グンムめの勝ちは揺るがぬ。癪に触るがな」
【 ヨスガ 】
「だが、あやつが立派な国の護り手となるか、はたまた邪悪な破壊者となるか……それは、いまだ定かではあるまい?」
【 ケイヨウ 】
「…………」
【 ヨスガ 】
「それを思えば、グンムに対抗できる存在を別に残しておくのは、そなたの信念に沿うものであるはずだ。違うか?」
【 ケイヨウ 】
「さてさて……」
白い髭を撫でながら、ケイヨウは即答を避ける。
彼の信念とは、すなわち
――社稷の臣たらん。
*社稷……国家、または朝廷の意。
と、いうことに他ならない。
つまり、国家の安寧こそがもっとも重要であり、権力者が誰であるか……といったことは二の次なのである。
【 ケイヨウ 】
「されば陛下は、帝都を明け渡した後の目算が立っている――と、いうことですな?」
【 ヨスガ 】
「まあな。もっとも、まだ絵に描いた餅ではあるが。どうあれ、そなたにとって悪い賭けではあるまい」
【 ケイヨウ 】
「……ふゥむ……」
【 ケイヨウ 】
「この一件、もし私が断れば……どうなさるおつもりで?」
【 ヨスガ 】
「…………」
ヨスガの双眸に、妖しい煌めきがよぎった……
*双眸……両目の意。
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