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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
338/421

◆◆◆◆ 9-38 奇道と正道 ◆◆◆◆

【 ヨスガ 】

「……やれやれだな」


 自室に戻ったヨスガは長椅子に寝転び、息をついた。


【 ミズキ 】

「百官は、気が気でなかったようですね。……どうぞ」


 女官長ミズキが、茶を差し出す。


【 ヨスガ 】

「うむ……連中、どこへ連れて行かれるのやら、と戦戦兢兢としていたな。ふん、保身しか頭にない輩よ」


 茶を啜りながら、鼻を鳴らす。


【 ランブ 】

「ですが……実際には、同行はさせぬのでしょう?」


 ナギ・ランブが言う。


【 ヨスガ 】

「当然だ。足手まといの無駄飯喰らいなんぞ、いくらいたところで厄介なだけゆえな。せいぜい、グンムめに世話になるがいいさ」


【 ミズキ 】

「官僚も、あれはあれで必要ではありますが……これからの我々には、不要でしょうね」


【 ヨスガ 】

「そういうことだな」


 と、そこへ。


 カツカツカツ……バァーンッ!


【 ???? 】

「失礼、いたしますっ……!」


 勢いよく部屋へ飛び込んできたのは、〈緋閃剣ひせんけん〉ことセン・カズサ。


【 ランブ 】

「カズサ殿、身体はもうよいのか?」


【 カズサ 】

「まだあちこちが痛みますが、寝込んでいる場合ではありませんのでっ……! そんなことよりも、陛下っ! みやこから脱出されるというのは、まことなのでしょうかっ……!?」


【 ヨスガ 】

「ほう、もう耳に入ったか。まあ、あえて我影也しのびのものに命じて広めたのだがな」


【 カズサ 】

「謀叛人を相手に一戦も交えず逃げ出すなど、武門の名折れっ……! どうか、わたしだけでも迎え撃たせてくださいっ! どうかっ!」


【 ヨスガ 】

「……相変わらずだな、そなたは」


 ヨスガは頼もしいような困ったような微笑をうかべつつ、


【 ヨスガ 】

「まあ聞け。百官の前で、逃げ出すと宣言したが……あれは、ハッタリだ」


【 カズサ 】

「……っ? ハッタリ……ですか?」


【 ヨスガ 】

「さよう。我らに味方したい者は、脱出の支度をするであろうし……そうでない者は、グンムめに通じるべく使者を発することであろう」


【 ヨスガ 】

「それを探れば、皆の向背こうはいが鮮明となって、対処しやすくなるというものだ」

 *向背……従うこと、そむくことの意。


【 カズサ 】

「なるほどっ……逃げるというのは、あくまで内通者をあぶり出すための方便ほうべん、というわけですね……!」


【 ヨスガ 】

「いや、逃げ出すのは本当だ」


 あっさりと告げる。


【 カズサ 】

「えええっ!?」


【 ヨスガ 】

綸言りんげん汗のごとし――天子は、そうそう虚言を用いるものではないゆえな」

 *綸言……天子の言葉。


【 ヨスガ 】

「しかし、確かに逃げるとは言ったが……素直に逃げてやるつもりは、さらさらない」


 と、ヨスガは薄笑いを浮かべる。


【 カズサ 】

「ではっ……?」


【 ヨスガ 】

「逃げるのは、謀叛人どもに一撃食らわせた後――と、いうわけだ」


【 カズサ 】

「そういうことでしたかっ……! ええ、でしたら、このわたしに! 緋閃剣ひせんけんカズサにお任せくださいっ!」


【 ヨスガ 】

「うむ、期待しているぞ、カズサ」


【 カズサ 】

「はいっ、必ずや謀叛人の首、斬り取ってまいりますともっ! ……あっ、こ、腰がっ……いたたたっ……」


 うずくまり、腰を押さえるカズサ。


【 ヨスガ 】

「……今のうちから、はやりすぎのようだな。ゼンキョクは……そうか、まだ戻っておらなんだな」


【 カズサ 】

「そ、その件も、お尋ねしたいところでしたっ……アン老師せんせいや副軍師はともかく、あの田舎娘に、使者の大役を任せるなど……!」


【 ヨスガ 】

「ほう、我の決定に不服があるのか?」


【 カズサ 】

「い、いえっ、そういうわけではありませんっ……! ですが、あのでは、いかにも力不足っ! わたしにお任せいただければ……あ、痛っ……いたた……!」


【 ヨスガ 】

「……まあとにかく、まずは静養につとめよ」


【 カズサ 】

「は、はいぃ……失礼、いたしますぅっ……」


 ズルズル……


 カズサは、床を這いずるようにして出ていった。


【 ヨスガ 】

「……やれやれ」


【 ランブ 】

「しかし、一撃を食らわせる……とはいっても、簡単には行きそうにありません。なにしろ、相手はレイ将軍です」


【 ヨスガ 】

「わかっておる。ゆえに、寡兵かへいで大軍を撃破してやろう……などと、大それたことは思っておらん」

 *寡兵……少ない兵の意。


【 ミズキ 】

「では、奇兵きへいをもって、不意討ちを仕掛ける……と?」

 *奇兵……奇襲用の兵の意。


【 ヨスガ 】

「まあ、それが常道だが……それは、向こうも警戒しておろう」


【 ヨスガ 】

「ゆえに、正道と奇道……その両方をもってする他はあるまい」


【 ランブ 】

「危険は冒さず、ただちに脱出するという手もありますが……?」


【 ヨスガ 】

「もちろん、ただ逃げるだけならそれがよい。しかし……」


【 ヨスガ 】

「敵を目の前にして、一戦も交えず尻尾を巻いて逃げ出すような体たらくでは、この先、誰もついてこないであろうよ」


【 ヨスガ 】

「なにより……一泡吹かせてやらねば、我の腹の虫がおさまらんっ!」


【 ランブ 】

「――お供いたします」


【 ミズキ 】

「ヨスガさまの身は、必ずや私が――」


【 ヨスガ 】

「うむ……むむ?」


 ドドド……バァーンッ!


【 カズサ 】

「――緋閃剣ひせんけん、大復活ですっ! 陛下っ、先鋒はぜひこのわたしにお任せをっ!」


 先ほどとは打って変わった様子のカズサが飛び込んできた。


【 ヨスガ 】

「そなた、腰は――そうか、あやつら……ようやく戻ったか」


 ゼンキョクたちの帰還をヨスガらが知ったのは、まさにこのときであった。

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