◆◆◆◆ 9-38 奇道と正道 ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「……やれやれだな」
自室に戻ったヨスガは長椅子に寝転び、息をついた。
【 ミズキ 】
「百官は、気が気でなかったようですね。……どうぞ」
女官長ミズキが、茶を差し出す。
【 ヨスガ 】
「うむ……連中、どこへ連れて行かれるのやら、と戦戦兢兢としていたな。ふん、保身しか頭にない輩よ」
茶を啜りながら、鼻を鳴らす。
【 ランブ 】
「ですが……実際には、同行はさせぬのでしょう?」
凪・ランブが言う。
【 ヨスガ 】
「当然だ。足手まといの無駄飯喰らいなんぞ、いくらいたところで厄介なだけゆえな。せいぜい、グンムめに世話になるがいいさ」
【 ミズキ 】
「官僚も、あれはあれで必要ではありますが……これからの我々には、不要でしょうね」
【 ヨスガ 】
「そういうことだな」
と、そこへ。
カツカツカツ……バァーンッ!
【 ???? 】
「失礼、いたしますっ……!」
勢いよく部屋へ飛び込んできたのは、〈緋閃剣〉こと閃・カズサ。
【 ランブ 】
「カズサ殿、身体はもうよいのか?」
【 カズサ 】
「まだあちこちが痛みますが、寝込んでいる場合ではありませんのでっ……! そんなことよりも、陛下っ! みやこから脱出されるというのは、まことなのでしょうかっ……!?」
【 ヨスガ 】
「ほう、もう耳に入ったか。まあ、あえて我影也に命じて広めたのだがな」
【 カズサ 】
「謀叛人を相手に一戦も交えず逃げ出すなど、武門の名折れっ……! どうか、わたしだけでも迎え撃たせてくださいっ! どうかっ!」
【 ヨスガ 】
「……相変わらずだな、そなたは」
ヨスガは頼もしいような困ったような微笑をうかべつつ、
【 ヨスガ 】
「まあ聞け。百官の前で、逃げ出すと宣言したが……あれは、ハッタリだ」
【 カズサ 】
「……っ? ハッタリ……ですか?」
【 ヨスガ 】
「さよう。我らに味方したい者は、脱出の支度をするであろうし……そうでない者は、グンムめに通じるべく使者を発することであろう」
【 ヨスガ 】
「それを探れば、皆の向背が鮮明となって、対処しやすくなるというものだ」
*向背……従うこと、そむくことの意。
【 カズサ 】
「なるほどっ……逃げるというのは、あくまで内通者を炙り出すための方便、というわけですね……!」
【 ヨスガ 】
「いや、逃げ出すのは本当だ」
あっさりと告げる。
【 カズサ 】
「えええっ!?」
【 ヨスガ 】
「綸言汗のごとし――天子は、そうそう虚言を用いるものではないゆえな」
*綸言……天子の言葉。
【 ヨスガ 】
「しかし、確かに逃げるとは言ったが……素直に逃げてやるつもりは、さらさらない」
と、ヨスガは薄笑いを浮かべる。
【 カズサ 】
「ではっ……?」
【 ヨスガ 】
「逃げるのは、謀叛人どもに一撃食らわせた後――と、いうわけだ」
【 カズサ 】
「そういうことでしたかっ……! ええ、でしたら、このわたしに! 緋閃剣カズサにお任せくださいっ!」
【 ヨスガ 】
「うむ、期待しているぞ、カズサ」
【 カズサ 】
「はいっ、必ずや謀叛人の首、斬り取ってまいりますともっ! ……あっ、こ、腰がっ……いたたたっ……」
うずくまり、腰を押さえるカズサ。
【 ヨスガ 】
「……今のうちから、逸りすぎのようだな。ゼンキョクは……そうか、まだ戻っておらなんだな」
【 カズサ 】
「そ、その件も、お尋ねしたいところでしたっ……晏老師や副軍師はともかく、あの田舎娘に、使者の大役を任せるなど……!」
【 ヨスガ 】
「ほう、我の決定に不服があるのか?」
【 カズサ 】
「い、いえっ、そういうわけではありませんっ……! ですが、あの娘では、いかにも力不足っ! わたしにお任せいただければ……あ、痛っ……いたた……!」
【 ヨスガ 】
「……まあとにかく、まずは静養につとめよ」
【 カズサ 】
「は、はいぃ……失礼、いたしますぅっ……」
ズルズル……
カズサは、床を這いずるようにして出ていった。
【 ヨスガ 】
「……やれやれ」
【 ランブ 】
「しかし、一撃を食らわせる……とはいっても、簡単には行きそうにありません。なにしろ、相手は嶺将軍です」
【 ヨスガ 】
「わかっておる。ゆえに、寡兵で大軍を撃破してやろう……などと、大それたことは思っておらん」
*寡兵……少ない兵の意。
【 ミズキ 】
「では、奇兵をもって、不意討ちを仕掛ける……と?」
*奇兵……奇襲用の兵の意。
【 ヨスガ 】
「まあ、それが常道だが……それは、向こうも警戒しておろう」
【 ヨスガ 】
「ゆえに、正道と奇道……その両方をもってする他はあるまい」
【 ランブ 】
「危険は冒さず、ただちに脱出するという手もありますが……?」
【 ヨスガ 】
「もちろん、ただ逃げるだけならそれがよい。しかし……」
【 ヨスガ 】
「敵を目の前にして、一戦も交えず尻尾を巻いて逃げ出すような体たらくでは、この先、誰もついてこないであろうよ」
【 ヨスガ 】
「なにより……一泡吹かせてやらねば、我の腹の虫がおさまらんっ!」
【 ランブ 】
「――お供いたします」
【 ミズキ 】
「ヨスガさまの身は、必ずや私が――」
【 ヨスガ 】
「うむ……むむ?」
ドドド……バァーンッ!
【 カズサ 】
「――緋閃剣、大復活ですっ! 陛下っ、先鋒はぜひこのわたしにお任せをっ!」
先ほどとは打って変わった様子のカズサが飛び込んできた。
【 ヨスガ 】
「そなた、腰は――そうか、あやつら……ようやく戻ったか」
ゼンキョクたちの帰還をヨスガらが知ったのは、まさにこのときであった。
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