◆◆◆◆ 9-34 一閃 ◆◆◆◆
【 シンセ 】
「む……?」
追っていた相手が、ふいに停止した。
それどころか、馬から降り、地面にひざまずいている。
【 シンセ 】
(どういうつもり……? なにか、企んでいる?)
警戒しつつも、シンセは地上に降り立ち、徐々に間合いを詰めていく。
【 ホノカナ 】
「…………っ」
標的である小娘が、こちらを見て、パッと平伏する。
【 シンセ 】
「…………?」
戸惑うシンセに向かって、小娘が言う。
【 ホノカナ 】
「う、ううっ……どうか、見逃して、くださいっ……家で、姉が、帰りを待っているんですっ……」
涙ながらに、命乞いしてくる。
【 シンセ 】
「…………っ」
つい、哀れみの情が湧きそうになるが、必死にこらえるシンセ。
【 シンセ 】
(これも、任務……あの方の、ための……)
ボウッ……
無言で、手のひらの上に火の玉を作り出す。
【 ホノカナ 】
「……っ、うう……も、もう、観念しましたっ……どうか、一思いに、終わらせてくださいませっ……」
さめざめとすすり泣きながら、訴えてくる小娘。
【 シンセ 】
「…………っ」
【 ホノカナ 】
「……でもっ、最後にひとつだけ、お願いを聞いていただけないでしょうかっ……?」
【 シンセ 】
「……と、いうと?」
つい、シンセは返答してしまった。
死にゆく者の頼みを無視するほど、冷徹そのものにはなりきれなかったのである。
【 ホノカナ 】
「もしも、姉に会う機会がありましたら、わたしの形見を渡していただけないでしょうかっ……そうしていただけたら、冥府に行っても、決してお恨みはいたしませんっ……」
【 シンセ 】
「…………っ」
【 シンセ 】
「……いいでしょう。その、形見というのは?」
【 ホノカナ 】
「はい、こちらに――」
と、小娘は懐から、小指の先ほどの玉を取り出した。
【 シンセ 】
「それを、どこのどなたに?」
【 ホノカナ 】
「はい――みやこの……」
【 ホノカナ 】
「――皇帝陛下にっ!!」
【 シンセ 】
「…………っ!?」
――カッ!!
【 シンセ 】
「ぐうううううッ!?」
突然、目がくらむほどの閃光がほとばしり、シンセの視界を真っ白に染め上げる。
その刹那――
【 ホノカナ 】
「――うわあああああっ!」
ザシュウッ!
【 シンセ 】
「ぐっ……うううっ!?」
衝撃と激痛が、シンセを襲った――
【 ホノカナ 】
「……っ、はぁっ、はぁあっ……」
ホノカナは、荒い息で地面にへたり込んでいた。
ヨスガから託された宝剣〈赫龍輝剣〉の刃は、生温かい鮮血で染まっている。
【 シンセ 】
「…………」
彼女を狙った方士は、血まみれになって地面に倒れ伏しており、ピクリとも動かない。
乗っていた戦車は、いつの間にか消え失せていた。
【 ホノカナ 】
「……うっ、うううっ……」
まことに、紙一重だった。
【 ホノカナ 】
(エキセンさんっ……助かりました……!)
方士の目をくらませたのは、かつて〈霹靂匠〉こと〈炮・エキセン〉から譲り受けた、閃光弾。
視界を奪ったところへ、赫龍輝剣での渾身の一撃を見舞ったのである。
【 ホノカナ 】
(ランブさんに、鍛えてもらったおかげでっ……)
剣はやめておけ――と言われながらもしごかれた結果、それなりの腕にはなっていたらしい。
そうは言っても、ただ一太刀でケリをつけることができたのは、彼女の実力ではなく……
【 ホノカナ 】
(こ、こんなに、斬れるなんてっ……)
方士は甲冑を着ていたが、それを紙のようにたやすく切り裂き、致命的な一撃を与えたのである。
形代とはいえ、伝説の宝剣の切れ味、恐るべしであった。
【 ホノカナ 】
「……っ、はぁっ、ふうぅっ……」
肉を切り、骨を断ち、臓を裂いた感触が、まだ手に残っている……
【 ホノカナ 】
(優しい人で、助かった……けど……)
先ほど、苦しまずに仕留めよう……などと言っていたことから、きっと情のある相手なのだろう、とホノカナは推測した。
そこで同情を誘い、罠にかけたわけだが……おせじにもいい気分ではない。
【 シンセ 】
「……っ、ひゅぅ……ぅぅ……」
方士は血だまりに沈みつつも、まだ息がある。
【 ホノカナ 】
「……っ、とどめをっ……刺さないとっ」
剣を振り上げる。
【 ホノカナ 】
「…………っ」
いくら自分の命を狙った相手とはいえ、もはや虫の息の相手に剣を振り下ろすことには、ためらいを覚えてしまう。
【 ホノカナ 】
(この深手なら助からないだろうし、放っておいても……ううん、方士だし、なにがあるかわからない……)
だとすればやはり、ケリをつけておかねばならない。
【 ホノカナ 】
(だけど……無抵抗の相手をっ……)
斬りつけた際は無我夢中だったが……今こうして、相手の命を奪おうということになると、やはり尻込みしてしまう。
【 ホノカナ 】
(そ、それでもっ……わたしはっ……)
【 ホノカナ 】
「……ええいっ!」
覚悟を決めて、ホノカナは剣を振り下ろす――
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