◆◆◆◆ 9-16 沐浴 ◆◆◆◆
賊たちを載せた荷馬車を見送るホノカナとゼンキョク……
その姿を、こっそりと窺っている影があった。
【 サノウ 】
「……やれやれ。やっぱり、ただの旅人なんかじゃ、なかったみたいだなぁ……」
そう呟いたのは人呼んで雲竜飛聖、碧・サノウ。
【 サノウ 】
「念のため、狸寝入りしてたけど……う~ん、お嬢サマに報告しておいた方がいいのやら……?」
連れのミナモは、あてがわれた寝床でスヤスヤ安眠している。
【 サノウ 】
「面倒だし、放っておきたいのはヤマヤマだけど……真面目にやらないと、また師父に怒られるしぃ……」
つい先日、師である流渦深仙にこっぴどく絞られたばかりである。
どうも嫌な予感がして、例の会盟の儀式から抜け出したところ、師に見つかり、さんざん説教される羽目になったのだ。
【 サノウ 】
「はぁ……とりあえず、伝えるだけ伝えておくかなァ……」
と、サノウがミナモの寝所へと足を向けた、その時。
……チャプン……
【 サノウ 】
「うっ……!?」
なぜか、足が生ぬるい水に包まれた。
【 サノウ 】
「こ、これはっ……!?」
あたりに、濛濛とした湯気が立ち込めている。
そこは、巨大な浴場であった。
【 サノウ 】
(幻術かっ……いや、これは――)
ただのまやかし、ではない。
お湯で濡れた足の感覚といい、肌に触れる湯気の熱さといい、本物としか思われなかった。
【 サノウ 】
(どこか別の場所に、呼び込まれたっ……?)
【 ???? 】
『ああ――ごめんなさいね、驚かせてしまって』
湯けむりの向こうから、女の声がした。
【 サノウ 】
「…………っ」
目をこらすと、一人の女が沐浴していた。
*沐浴……身体を浄めるの意。
まばゆい美貌と輝くような柔肌に、つい目を奪われてしまう。
【 サノウ 】
「あ……あ、あんたはっ……」
その顔には、見覚えがある。
先ほどまで食卓を囲んでいた、三人の旅人のひとり……
【 サノウ 】
「ずっとウトウトしてた、蓼とか呼ばれてた女っ……!?」
【 蓼 】
『蓼――ああ、そうでしたね。そういうことにしておきましょう』
【 サノウ 】
(なんだ……この、感じっ……)
サノウは、背中にじっとりと汗をかいていた。
先刻まで寝てばかりいたあの女と、姿こそ同じだが、その気配はまるで別人である。
【 サノウ 】
(まるで、師父にはじめて会ったときのようなっ……)
目の前の女からは、師である流渦深仙に匹敵する……いや、それ以上の圧力が感じられた。
【 蓼 】
『ああ――そうでした、思い出しました。あなたは、テンカイのところの弟子ですね。いつぞやの〈衆会〉で見かけた覚えがあります』
*衆会……集会。ここでは神仙関係の集まりの意。
【 サノウ 】
「……っ! わ、我が師父の名を、軽々しくっ……!」
いつになく、サノウは怒気をあらわにした。
流渦深仙の姓名は〈潮・テンカイ〉というが、呼び捨てにしていいのは立場が上の者だけである。
ふだん礼儀作法など顧みないサノウだが、さすがにこれは見過ごせるものではなかった。
【 蓼 】
『ああ――ごめんなさいね、つい、昔のクセで。悪気はないの』
【 サノウ 】
「……ふうん? ま、まあ……それなら、いいけど……」
【 蒼清宮の者 】
『そう――ありがとう』
【 蒼清宮の者 】
『――それから、背中に隠しているその呪符も、引っ込めてもらえるとありがたいのだけれど』
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