◆◆◆◆ 9-15 悪名 ◆◆◆◆
【 ホノカナ 】
「……あれっ? すごくキョトンとされてるっ……もしかして、宝玲山を知らないんですか?」
【 酒屋のおやじ 】
「い、いや……いえっ、存じておりますがっ……」
【 手下 】
「人侠烈聖なんてのは、聞いたことがねぇ……〈天侠大聖〉なら知ってるが……」
【 ホノカナ 】
「……まあ、仕方ないですね、最近名乗り始めたばかりですから! とにかく、わたしは天侠大聖の妹分にして、宝玲山の副頭目なのです!」
【 無頼漢たち 】
「…………」
男たちは、しばしあっけに取られていたが、
【 酒屋のおやじ 】
「――そ、そんな御方とは露知らず、とんだご無礼をっ……おい、お前らもお詫びしろっ……!」
【 手下たち 】
「へ、へぇっ……大変、お見それいたしやした……!」
と、そろって頭を下げる。
【 ホノカナ 】
「……ゴホン。わたしたちの同志として、宝玲山の一味に加わってくれるなら、今回のことは水に流して、逃がしてあげましょう」
【 酒屋のおやじ 】
「ほ、本当でっ……?」
【 ホノカナ 】
「ええ。路銀をあげますから、それを持って宝玲山まで行ってください。紹介状もしたためます」
【 酒屋のおやじ 】
「あ、ありがたい限りでっ……お前らも、いいだろうっ?」
【 手下たち 】
「もちろんっ……!」
ここを先途とばかりに、ペコペコと頭を下げてくる。
*先途……分かれ目、瀬戸際の意。
【 ホノカナ 】
「…………」
その姿を眺めていたホノカナは、
【 ホノカナ 】
「いいでしょう。では老師、お願いします」
【 ゼンキョク 】
「――心得ました」
ゼンキョクが、鍼を手に進み出てくる。
それらは一本一本が太く、また長く、傍目には凶器そのものだ。
【 無頼漢たち 】
「ひっ……!?」
怯え、身をよじる男たちに、
【 ゼンキョク 】
「動くと痛いので、じっとしていることをお勧めしますよ――ふッ!」
ドスッ! ドシュッ! ズドッ!
【 無頼漢たち 】
「ぐあっ……ひぃっ!?」
次々と、男たちの体内に鍼を打ち込んでいくゼンキョク。
【 酒屋のおやじ 】
「なっ……う、ううっ……!? は、鍼がっ……身体の、中にぃ……!?」
【 ゼンキョク 】
「なに、ご安心を。いたって無害なものです――しばらくは、ね」
【 ゼンキョク 】
「ですが、ざっと百日以内に取り出さなければ、五臓六腑をことごとく貫き、死ぬよりも辛い苦しみをもたらすことになるでしょう」
【 無頼漢たち 】
「――――っ!」
【 ゼンキョク 】
「この〈百日奪命鍼〉、取り出せるのはこの私――〈救神双手〉、ただひとり」
薄く笑うゼンキョク。
【 無頼漢たち 】
「ひっ……救神双手っ……!?」
【 無頼漢たち 】
「己の医術を極めるために、無数の罪人で実験を繰り返したっていう、あの闇医者っ……!?」
ゼンキョクの二つ名を聞き、震え上がる男たち。
【 ゼンキョク 】
「やれやれ、とんだ悪評が立っているようですね。なに、百日の間に、私と再会できれば問題ありませんよ」
【 ゼンキョク 】
「ただし、もしも約束を破ってどこかに逐電でもしようものなら――わかりますね?」
*逐電……逃げ出す、行方をくらますの意。
【 無頼漢たち 】
「はっ……ははぁっ……!」
恐れ入って平伏する、悪党どもなのだった。
【 ホノカナ 】
「…………」
男たちを載せて離れていく荷馬車を見送りながら。
【 ゼンキョク 】
「……本当によろしかったのですか? あのような手合い、本当の意味で役に立つとは思えませんが」
【 ホノカナ 】
「そうかもしれません……けど」
【 ホノカナ 】
「別の生き方があるなら、新しい人生を送る可能性があるなら……それを示してあげられたらって」
【 ホノカナ 】
「だって――まだ、生きてるんだから」
【 ゼンキョク 】
「ふむ……ただの義侠心でもない、と」
【 ホノカナ 】
「姉さまなら、なんの条件もつけないんでしょうけど……わたしは、そこまで人を信じられないので」
【 ホノカナ 】
「だから、老師に手伝ってもらいました」
【 ゼンキョク 】
「それでいいのではありませんか? あの方にはあの方、あなたにはあなたのやり方がありましょう」
【 ゼンキョク 】
「あの方は昔から、人間というものに深いところで絶望しつつ、それでも見捨てきれない……そんな甘さがありますので」
【 ホノカナ 】
「……晏老師は、姉さまとは古い付き合いなんですか?」
【 ゼンキョク 】
「……ええ。いささか」
【 ホノカナ 】
「…………」
【 ホノカナ 】
「そういえば、さっきあの人たちが言ってたこと……ただの、噂ですよね?」
【 ゼンキョク 】
「ああ、実験がどうこうという話ですか? ふふ、もちろんですよ」
【 ホノカナ 】
「で、ですよねぇ~」
ホッと安堵するホノカナ。
【 ゼンキョク 】
「…………」
【 ゼンキョク 】
「(……まぁ、まったくの嘘八百でもありませんが)」
ぽつりと呟いたゼンキョクの言葉は、ホノカナの耳には届かなかった。
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