◆◆◆◆ 9-5 姉の教え ◆◆◆◆
山小屋の一室で、三人は顔を突き合わせていた。
【 アルカナ 】
「烙宰相が、お亡くなりに……!?」
宙全土で商いをおこなっている焦家は、各地に拠点を持っており、中には人里離れた隠れ家的な場所もある。
トウマとアルカナが暮らしているのも、そのひとつであった。
【 ユイ 】
「ああ。おかげで、いささか当初の予定とは変わってきたが……まあ、大筋は同じだな」
【 アルカナ 】
「焦大人は、なんと……?」
【 ユイ 】
「知らせは送ってるが、反応はない。まだ峰西にいるみたいだが、あっちもいろいろ大変らしいからな」
【 ユイ 】
「だが、基本方針に変化はないさ。……現在の帝を廃し、殿下に新たなる天子として立っていただく、というわけだ」
【 トウマ 】
「……っ、うぅ……ぼくは、そんなの……」
【 ユイ 】
「気が進みませんか?」
【 トウマ 】
「だって……父上のようにっ……ぼくも……」
【 アルカナ 】
「…………」
二年前。
トウマの父・タクマは、野心を燃やして帝位を狙った末に、非業の最期を遂げた。
その後、帝都を脱出したトウマは、ひそかに焦家によって匿われ、保護されてきたのだ。
それがただの慈善的な行為でないのは、言うまでもない。
【 ユイ 】
(いずれ、こういうときのために養っておこう……って腹だったんだろうな)
皇族といってもいろいろだが、トウマは先帝の甥であり、声望すこぶる高かったタクマの遺児であり、皇帝に据えるに申し分はない。
*声望……世間からの評判、名声、人気の意。
【 ユイ 】
「もしも――」
【 ユイ 】
「もしも、殿下がどうしても嫌だと仰るなら、ここから逃がしてさしあげましょう」
【 トウマ 】
「…………っ」
【 アルカナ 】
「ユイ殿っ……!」
【 ユイ 】
「――ですが、俺にできるのは、そこまでです。多少の路銀くらいは工面できても、その後の殿下の人生に、責任を持つことはできません」
【 トウマ 】
「…………」
【 ユイ 】
「それでもなお、逃げ出したいというなら――」
【 アルカナ 】
「ユイ殿!」
ユイの言葉を、アルカナが遮る。
【 アルカナ 】
「殿下は、まだお若い。……そんな過酷な選択を強いるのは、酷というものでしょう」
彼も同じ年くらいのはずだが、アルカナが口にすると不自然さはない。
【 アルカナ 】
「それに……殿下も、とうにおわかりのはずです。他に道はなく、足踏みも許されぬ以上、前に進むしかない……ということが」
【 トウマ 】
「…………」
【 アルカナ 】
「かつて、私も大いに迷ったことがあります。その際、姉が言ってくれました。『困難にぶつかって前に進めないときは、立ち止まるのもいい。しかし、後に下がってはならない』――と。殿下、どうかお覚悟を」
【 トウマ 】
「…………っ」
【 ユイ 】
(あの小娘、そんな気の利いたこと言ってたっけな……?)
と、内心で思いつつ、
【 ユイ 】
「アルカナの言う通りでしょう。……運命っていうのがあるとすれば、これまでの殿下の運命は、おせじにも結構なものとは言えませんが……」
【 ユイ 】
「しかし、これからうまくやれば、上等な運命だった――ということにもできるでしょう。それは、殿下次第です」
【 トウマ 】
「そう……だろうか……?」
【 ユイ 】
「ええ、もちろんですとも」
と、力強く頷いてみせつつ、
【 ユイ 】
(……実際には、神輿を担ぐ側の問題だが)
とも、思う。
グンムたちの事業が今後、吉と出るか凶と出るかは、まだまだ予断を許さないものがある。
一歩間違えば、皇帝を僭称した大逆無道の賊として、市場にその首をさらす羽目になるかもしれないのだ。
*僭称……勝手な称号を名乗る、の意。
【 ユイ 】
(あの女帝も、そう簡単に白旗を挙げるガラじゃあなさそうだしな)
どうあれ、もとよりトウマに選択の余地はない。
それでもなお、ユイが力づくでどうこうしようとしないのは、彼を尊重すればこそのことである。
【 トウマ 】
「…………」
トウマは、なおしばし、うつむいていたが……やがて、顔を上げた。
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