◆◆◆◆ 8-59 矛盾 ◆◆◆◆
【 ユイ 】
「――烙宰相は、どうにもソリの合わない御仁ではありましたが……俺を頼みとしてくれたことについては、意気に感じています」
【 ユイ 】
「……ですが、人と人、男と男の付き合いってわけじゃあなかった。冥福は祈りますが、仇を討とうとまでは思いません」
【 グンム 】
「なるほどな。……で、これからどうするね」
【 ユイ 】
「……むしろ貴方こそ、これからどうされるおつもりで?」
【 グンム 】
「ほう、すべては俺の行動次第……ってわけか。妥当な判断だ」
【 ユイ 】
「…………」
【 グンム 】
「ちょうどいい。これから翠将軍と会うが、その席で今後のことを話すつもりだ。貴公も来てくれ。そこで聞き耳を立ててれば、おのずとわかるさ」
【 ユイ 】
「……わかりました」
【 ヤクモ 】
「なるほど、な。……」
歓迎の宴の後、主客ふたりきりになったところで。
宰相卒す――の仔細をグンムから聞かされたヤクモは、そう言ってため息をこぼし、しばし瞑目した。
*瞑目……目を閉じ、思いを馳せるの意。
【 ヤクモ 】
(はかないものだ、あれほどの御仁でも)
ヤクモはレツドウとそこまで縁が深かったわけではないが、それでも、やはりいささか感慨はあった。
【 グンム 】
「私の言を、疑われぬので?」
【 ヤクモ 】
「この期に及んで、虚言を弄するような男でもなかろう」
【 グンム 】
「恐縮です」
【 ヤクモ 】
「それで? この先、いったいどんな陰謀を巡らしているのだ」
【 グンム 】
「人聞きが悪いですな。……せめて、謀と言っていただきたい」
皮肉めいたヤクモの問いに、つい苦笑するグンム。
【 ヤクモ 】
「同じようなものだ。勝てば策士と称賛されるし、負ければ陰謀家と罵られるだけのこと。……もっとも貴公は、死後の名声になど興味はなさそうだが」
【 グンム 】
「そんなことはありません――と言いたいところですが、まあ、あまり関心はありませんね。別に、代々の名門でもなし……翠将軍は、お気になさるので?」
【 ヤクモ 】
「いささかは、な。晩節を汚した……と史書に記されたくはない。もっとも、このようなものは、おおかた時の運だ」
*晩節……人生の終わりの意。
【 グンム 】
「さよう、何事にも運はありますが……それまでに、打てる手はすべて打っておかねばなりますまい」
【 ヤクモ 】
「それはそうだ。……では、その手とやらを聞こう」
【 グンム 】
「――といっても、べつだん、目新しい話はありません」
【 グンム 】
「私が考えているのは、宰相閣下の策を、そのまま受け継ぐことですので」
【 ヤクモ 】
「ふむ、つまり……我が軍と和睦し、兵を返して帝都を制圧し、新帝を立てる――ということか」
【 グンム 】
「その通りです」
【 ヤクモ 】
「仮に、万事、首尾よくいったとしよう。その先はどうする?」
【 グンム 】
「その先は――」
【 グンム 】
「――正直なところ、考えてはおりません。私にとって、これはあくまで保身のための行動です」
【 ヤクモ 】
「己を害する可能性のある者を排除できれば、それで良し、と?」
【 グンム 】
「自分では、そう思っておりますが……」
【 グンム 】
「……しかし、人の群れというものは、とかく御しがたいもの。将軍も、それはお分かりかと存じますが」
【 ヤクモ 】
「……否定はできぬな。我が民も一枚岩ではないし……彼らの求めに応じ続けていったら、さて、どうなることか」
【 グンム 】
「さもありましょう。ゆえに、私もどこで身を引くかが考えどころなのですが……これはもう、臨機応変に行くしかありますまいな」
【 ヤクモ 】
「ふむ。現時点では、あまりにも不確定な要素が多過ぎるゆえな」
【 グンム 】
「……俺はね、将軍、たいしたものはいらないんです。贅沢三昧したいわけじゃあないし、皆を平伏させて偉そうにふんぞり返りたい、ってわけでもない」
ざっくばらんな態度で、ヤクモを見つめるグンム。
【 グンム 】
「それでも、奪われる恐れがあるなら、防ぐしかない。たったそれだけの、単純な話なんですがね」
【 ヤクモ 】
「…………」
翠・ヤクモは、眼前の男をじっと見つめる。
【 ヤクモ 】
(嘘は、言っていないようだが……)
己の身を愛する保身の思いと、一国を牛耳ろうという野心――それは一見すると遠いもののようだが、グンムの中では矛盾なく同居しているのかもしれない。
【 ヤクモ 】
(どうあれ――)
すでに事態は動き始めている。
もはや、静観するのは得策ではない。
【 グンム 】
「さて――いかがです、翠巡察使。我らと手を組み、大業を果たしていただけましょうか」
【 ヤクモ 】
「…………」
ヤクモはしばしの沈黙の末、ゆっくりと口を開いた――
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




