◆◆◆◆ 8-54 大志 ◆◆◆◆
【 レツドウ 】
「なっ、何者だ……!?」
【 黒い影 】
『余の声を忘れたか? 孺子――』
【 レツドウ 】
「!? も、もしや、あなたはっ……」
薄暗がりの中、見覚えのある顔が浮かび上がる。
【 レツドウ 】
「まさかっ……炬丞相……!?」
【 ミンガイ? 】
『ほう、忘れるのが得意なそなたでも、憶えていたか――』
炬・ミンガイ――
かつて朝廷において専権を振るい、〈跳梁丞相〉と恐れられた政治家である。
レツドウにとっては、若き日から世話になった恩人であった。
しかし……
【 レツドウ 】
「うぬっ……これも森羅の幻術かっ? 丞相閣下は、とうに亡くなっておるわ……!」
十五年前の〈三氏の乱〉の際、ミンガイは不慮の死を遂げていた。
*不慮……思いがけない、予測できない不幸の意。
【 ミンガイ? 】
『むろんだ――余は、冥府から舞い戻ってきたのだからな』
【 レツドウ 】
「! ま、まさか、そんなことがっ……」
【 ミンガイ? 】
『…………』
【 レツドウ 】
「ぐっ……」
とうてい、信じがたいことではあったが……
しかし、目の前にいる男から発される圧力に、レツドウは冷や汗を流すことしかできない。
【 レツドウ 】
「……っ、仮に、本物の閣下だとして……なぜ、私の前にっ?」
今は、話を合わせるしかない――と、言葉を発する。
【 ミンガイ? 】
『――心当たりがない、とでも言うのか?』
【 レツドウ 】
「…………っ」
【 レツドウ 】
「……閣下が亡くなった後のこと、でしょうかっ……?」
【 ミンガイ? 】
『当然であろう――』
【 レツドウ 】
「……っ、ご遺族が没落し、あのようなことになったのが、私の咎だとでも……?」
【 ミンガイ? 】
『…………』
【 レツドウ 】
「あ、あれは……仕方なかったのですっ……! 私とて、一族郎党を失いっ……すべてを失ったのですから……!」
【 ミンガイ? 】
『――だが、ほどなく政界に返り咲いたではないか。あのとき、窮地にあった我が一族に手を差し伸べることもできたであろう?』
【 レツドウ 】
「そ、それはっ……」
【 ミンガイ? 】
『しかし、そなたは何もしなかった。我が一族が無惨に根絶やしにされるのを、傍観していた――』
【 レツドウ 】
「……っ、あ、あれはっ、煌氏や、十二賊どもの手によるものでっ……」
【 ミンガイ? 】
『そう、下手人は彼奴らであろうな。だが、ただ傍観していただけのそなたに、罪がないとでも?』
【 レツドウ 】
「――――っ」
ミンガイの急死のあと、炬一族は没落した。
のみならず、新たに政権を握った煌皇后(当時)や十二佳仙らによって、一族はむごたらしい目に遭わされ、ついには滅び尽くしたという。
【 レツドウ 】
「そ――その罪を、問おうというのですか……!」
【 ミンガイ? 】
『…………』
――シャリン……
ミンガイらしき男が剣を抜く。
【 レツドウ 】
「お、お待ちください……! 今、私は天下を動かす大事業に取りかかったばかりっ……!」
【 レツドウ 】
「これは、丞相閣下の無念を晴らすことでもあり、なおかつ、中途に終わった大望を受け継ぐことでもあるのです……!」
【 ミンガイ? 】
『ほう……? 言い逃れにしては、大きく出たものだ』
【 レツドウ 】
「い、言い逃れにあらず……! 私は今、翠・ヤクモを説き、味方に引き入れんとしておりますっ」
【 レツドウ 】
「そして、我が軍と併せ、大軍をもって帝都を衝き、政を一新する所存……!」
【 ミンガイ? 】
『…………』
【 レツドウ 】
「閣下の仇たる十二賊どもを打倒してご無念を晴らし、そして、閣下がなしえなかった大願を成就させてみせまする……!」
【 ミンガイ? 】
『――そなたに、余の志がわかる、と?』
【 レツドウ 】
「はっ……閣下の目的は、ただ宙帝国を立て直すということだけにあらず――」
【 レツドウ 】
「北は〈銀劔関〉を超えて深牙の国を征し、さらには西方諸国、あるいは東の海、南の凍土すらもことごとく手中におさめる……それこそが、閣下の夢――」
【 ミンガイ? 】
『…………』
【 レツドウ 】
「閣下の大望を果たすことができるのは、ただ、この私のみ……! どうか、今は――」
【 ミンガイ? 】
『…………』
黒き影は、手にした剣を握り直し、切っ先をレツドウに向ける――
【 レツドウ 】
「…………!」
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