◆◆◆◆ 8-34 不穏 ◆◆◆◆
【 ユイ 】
「――ご無事でなによりです、閣下」
カイリンと別れて、しばらくのち。
官軍の本陣、烙宰相の幕舎に、虎王・ユイの姿があった。
【 レツドウ 】
「そなたか。……」
レツドウは不機嫌そうな顔を向けた。
【 レツドウ 】
「ずいぶん、のんびりしていたものだな。どこで何をしていた?」
【 ユイ 】
「は、翠将軍の帰還を見届けようとしましたところ、偶発的に、他の客が将軍の正体を見破りまして……」
【 レツドウ 】
「それで、あの騒動――というわけか」
【 ユイ 】
「申し訳ございません、急ぎ、かの天幕に戻りましたが、すでに閣下の姿はなく……」
【 レツドウ 】
「フン……あやうく逃れたが、よくよく肝が冷えたぞ」
【 ユイ 】
「閣下ほどの御方なら、機を見るに敏、問題はなかろうかと思っておりました」
【 レツドウ 】
「……まあよい。そもそも、そなたは私の護衛ではないのだからな。それで? ヤクモは無事に逃げおおせたろうな」
【 ユイ 】
「は――手引きいたしましたので、おそらくは」
【 レツドウ 】
「……まあ、こんなところでくたばるような輩ではあるまい。まだまだ、働いてもらわねば困るのでな」
【 ユイ 】
「…………」
ひとまずこうして、烙・レツドウと翠・ヤクモによる密談の一件は、決着したのである。
果たしてヤクモはどんな決断を下すのか?
それはひとまず置いて、別の場所に目を向けると――
【 グンム 】
「――『天子ヨスガに、謀叛の兆しあり』、か」
密旨の写しを一読して、嶺・グンムは呟いた。
【 シュレイ 】
「は……驚くべき内容ではあります」
グンムの幕舎に、仮面をつけた男の姿がある。
〈楽・シュレイ〉――グンムの客将にして、参謀役というべき人物。
現在は一軍を率いて岳東の地で森羅の軍と対峙しているはずだったが、故あって離れ、グンムの陣中にあるのだった。
いわば戦場を放置してやってきたシュレイを、グンムは当初不審がったが、その報告を受けてみれば、
【 グンム 】
「……なるほど、こいつは一大事だな」
と、唸るしかなかった。
いかなる手段を用いたものか、シュレイはレツドウとヤクモの密談の中身を把握していたのである。
のみならず、そこでレツドウから披露された“皇太后の密旨”の文面すら、入手していたのだった。
その詳しい経緯は、後ほど述べるとして……
【 グンム 】
「この密旨だが……どう思う? 楽老師」
【 シュレイ 】
「さて……にわかには判断しかねますが」
【 シュレイ 】
「正直、疑わしいと言わざるを得ませんな」
【 グンム 】
「だろうな。普通に考えれば、ありえぬことだ」
【 グンム 】
「まだ成人もしていない天子が、皇太后を排除し、親政を図る……ちと、無理が過ぎるのではないか?」
【 シュレイ 】
「仰るとおり……ではありますが」
【 シュレイ 】
「宮中においては、しばしば、ありえないことが実際に起きうるのも確かです」
【 グンム 】
「……それもそうだな」
この時点では、まだ〈燎氏の変〉も勃発しておらず、その前後に天子ヨスガがどう振る舞うことになるのか、グンムたちは知る由もない。
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