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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
252/421

◆◆◆◆ 8-21 大願 ◆◆◆◆

【 ユイ 】

(……こいつは、とんだことになったもんだな)


 ヤクモとゾダイは天幕を出ていった後……

 ユイは、ことの重大さに内心で唸っていた。


【 ユイ 】

(和睦くらいは、ありうる話だと思ってたが……)


 そこから、よもや天子の廃立計画にまで話が広がるとは、予想だにしていなかった。


【 ユイ 】

(――だが、それはそれとして、だ)


 ひとまず、タイシンへの義理は果たした。

 ここからは、ユイ自身の問題である。


 ユイはレツドウに向き直ると、


【 ユイ 】

「――閣下、しばしここでお待ち願えませんか」


【 レツドウ 】

「……なんだと?」


 怪訝けげんそうな顔を向けるレツドウ。


【 ユイ 】

スイ将軍が無事に自陣へと戻れるかどうか、確かめておこうと思いまして」


【 レツドウ 】

「…………」


【 レツドウ 】

「……まあ、よかろう。だが、あまり待たせるでないぞ」


【 ユイ 】

「は――」


 音もなく、ユイは隠形おんぎょうの術で姿を消した。




【 ゾダイ 】

「ふぅ……緊張いたしました」


【 ヤクモ 】

「なにも、御坊ごぼうが緊張することはあるまい」

 *御坊……僧侶への敬称。


 天幕を出てほどなく、胸を撫でおろすゾダイに、ヤクモが苦笑する。


【 ゾダイ 】

「いえ……見えざる刃で斬り結んでいるような、張り詰めた気配に、圧倒されました」


【 ヤクモ 】

「ふむ……」


 ヤクモ自身、和睦の申し出については想定内ではあった。

 だが、皇太后の密旨、などというものが出てくるとまでは考えておらず、まして……


【 ヤクモ 】

(皇帝廃立、とはな)


 大きく出たものだ、とヤクモは思う。

 三千年に渡るちゅうの歴史においては、そうした例も決してないわけではないが……


【 ヤクモ 】

(あの令旨、十中八九、偽物であろうな)


 挙兵を正当化するための小道具、というのが常識的な見方というものであろう。

 あれこれ理屈はつけていたが、


【 ヤクモ 】

(そもそも、かの女傑が、他人任せにするはずもない)


 というのが、ヤクモの見立てであった。

 もしこの計画が成就したならば、最大の功績を挙げたのはレツドウということになり、その威勢は絶大なものとなろう。

 かのコウ・ランハが、そのような事態を招くような悪手を打つであろうか?


【 ヤクモ 】

(とはいえ……)


 朝廷での権力争いは、いわばヤクモにとっては対岸の火事にすぎない。

 さしあたり、南方を戦禍から免れさせることができるのならば、検討の余地は十分にある。


【 ヤクモ 】

(だが、おいそれと飛びつくわけにもいかぬ)


 やはり、自陣に戻って考える必要があるだろう。


【 ヤクモ 】

「御坊は、今回の件、知っていたのであろう?」


【 ゾダイ 】

「うっすらとは……しかし、ここまで大規模なものとは、存じていませんでした」


【 ヤクモ 】

「そうか。……御坊は、和睦を願っているのであろうな?」


【 ゾダイ 】

「もちろんです。これも、我らの大願成就に至る一歩なれば……」


【 ヤクモ 】

「大願……つまり、三貴の教えをちゅう全土に広める、ということかな」


【 ゾダイ 】

「いえいえ、そのような小さきことではありません」


【 ゾダイ 】

「衆生を救済し、この世に浄土ジョード顕現けんげんさせる……それこそが、我らの大願なれば!」

 *顕現……あきらかに現れる。はっきりと姿を見せるの意。


【 ヤクモ 】

「浄土……か」


 三貴の教えによれば、それはあらゆるけがれから解放された、清浄なる世界であるという。

 だが、この世をそんなふうに変えることが果たして可能なのだろうか?


【 ゾダイ 】

「――もとより、一朝一夕には参りません。何度生まれ変わっても、我らはこの大望に身を尽くす所存にて!」


 生まれ変わり――という概念は、ちゅうにはあまり馴染みのないものである。

 死者は冥府あのよに行き、そこで生活している……という考え方が主流だからだ。


【 ヤクモ 】

(我が人生は、およそ血みどろの修羅の世界そのものだったが……)


 生まれ変わって、安らぎのある新たな人生を送れるというなら、それも悪くないかもしれない。

 もっとも、教えに帰依きえして信仰生活を送るには、まだまだやるべきことが多過ぎるのだったが。


【 ゾダイ 】

「もっとも、我らの大願はそれ以外にも――おや?」


 ふいに、二人の行く手に人影が立ちはだかった。


【 若い女 】

「今こそ――」


 頭巾をかぶったその女は、白刃を抜き放つ。


【 ゾダイ 】

「…………!」


【 若い女 】

「――我が父の仇、討たせてもらウッ!」


 女――すなわちカイリンが、ヤクモ目がけてまっしぐらに突進してくる。


【 ヤクモ 】

「――――っ」


 やはり、己の人生は安らぎなどとは無縁のようだ――と、痛感させられるスイ・ヤクモであった。

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