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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
247/421

◆◆◆◆ 8-16 悪所 ◆◆◆◆

 ――そして、数日後。


 遠征軍の陣地よりやや川下の地に、ちょっとした急ごしらえの集落があった。

 将兵のかんを埋めるべく、旅の芸人一座や遊女のたぐいが各地から集まり、めいめい勝手に天幕を張って営業しているのだ。


【 男の声 】

「こっちはいつ死ぬんだかわかりゃしない――今を楽しまなきゃな!」


【 女の声 】

「うふふ、勇ましいこと……さぁ、もう一献――」


 まだ日の高いうちから、そこかしこで酔った兵たちのがなり声や、楽師たちの奏でる調べ、脂粉けしょうをこらした女たちの笑声が響いている。


 ――もとより、軍もこうした悪所あくしょの存在を大っぴらに認めてはいない。

 しかし、娯楽の少ない滞陣においては、こうした場所は不可欠ともいえるため、黙認されていた。

 それどころか、軍のお偉い方々すら、ちょくちょくここで羽を伸ばしている……というもっぱらの噂である。


 そうした場所であるからには、客同士が互いの身分を探る、などというのは野暮の極みである。

 ゆえに、密談にはもってこい――という一面もあるのだ。




【 レツドウ 】

「……むぅ……」


【 ユイ 】

「どうされました?」


 簡素な平服姿のレツドウが、ユイとともに天幕の中に座している。


【 レツドウ 】

「このむせ返るような匂い……耐えかねるな」


 手巾を口元に当てて、顔をしかめている。


【 ユイ 】

白粉おしろいの匂いというやつですな。こういう場所ではお馴染みですが」


 いわゆる脂粉しふんの匂いは、天幕の中……というより、このにわか作りの盛り場全体に立ち込めている。


【 レツドウ 】

「鼻につく……というより、刺さるようだ。どこも、こんなものなのか?」


【 ユイ 】

「もっとちゃんとした店ならまだしも、こんな場所ですからね」


 鼻腔を刺激する妖しくも強い匂いは、雲上人うんじょうびとたる高官のレツドウにとってはおよそ無縁なものであり、耐えがたいものであるらしい。


【 レツドウ 】

「……あの男、本当に来ると思うか?」


【 ユイ 】

「さて……つまらぬ虚言をかまえる御仁ではないと思いますが」


【 レツドウ 】

「ふむ。……そなた、あの男に会ったことは?」


【 ユイ 】

「いえ、遠目に姿を見たていどで……それだけでも、威圧感は伝わりましたが」


【 レツドウ 】

「そうか」


【 ユイ 】

「……妓女おんなでも呼びますか?」


【 レツドウ 】

「いや、無用だ」


 そんなやりとりを交わしつつも、


【 ユイ 】

(さて……いよいよだが)


 別の面で、ユイは緊張を高めていた。


【 ユイ 】

(うまくやれよ、お嬢ちゃん――)


 そうこうするうち……


【 妓女 】

「――お連れ様がおいでです」


【 ユイ 】

「おお、通してくれ」


 ややあって案内されてきたのは、


【 屈強な老人 】

「――失礼する」


 老人が、ひとりの女をともない、天幕へと入ってきた。

 質素な装束だが、その屈強な肢体は隠しようもない。


【 ユイ 】

(この、老人が――)


 間近で見て、ユイは思わず息を呑む。

 他ならぬ、南寇王なんこうおうことスイ・ヤクモ、その人であった。

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