◆◆◆◆ 8-7 隠れ里 ◆◆◆◆
虎王・ユイは、己の生まれた場所を憶えていない。
親族がいるのかどうか、それすらもさだかではなかった。
物心ついたときには、すでに組織に拾われて、隠れ里で忍びの者としての訓練を受けていたのだ。
【 里の指導者 】
「――我ら〈聖真理会〉は、ただの刃にあらず」
【 里の指導者 】
「国をも動かす、鋭利なる刃なのだ――」
聖真理会――それがユイを育てた組織の名である。
といえば、思い当たる名前であろう。
そう、これより少し後に帝都で勃発することになる〈燎氏の変〉において、宮城を襲撃するも、ミズキらに返り討ちにあった、あの刺客たちである。
元々は、帝国に仕えた忍びの集団だったともいうが、詳細はさだかでない。
いっときは帝国をほしいままに支配した〈跳梁丞相〉こと〈炬・ミンガイ〉に仕え、諜報活動に励み、また刺客として暗殺の刃を振るっていた。
だが、十数年前。
炬丞相が自邸で奇怪な最期を遂げると、後ろ盾を失った聖真理会は、たちまち落ちぶれていった。
ただの暗殺者集団と化し、人殺しで糊口をしのぐありさまとなったのである。
そんな中、卓越した腕前を持つひとりの童子がいた。
それが〈朽縄〉と名付けられた孤児……
すなわち、かつてのユイの姿に他ならない。
【 里の指導者 】
「――お前は選ばれた者だ。やがて、我らの志を受け継ぐ者となろう――」
若くして類まれな才覚を発揮した朽縄は、たちまち頭角を現し、将来を期待されるようになったのである。
彼は血塗られた日々に疑問を抱くこともなく、命じられるまま、黙々と標的を血祭りにあげていった。
【 小娘 】
「アンタ、なかなかやるらしいじゃないか――」
あるとき、そう言って近づいてきたのは、里に棲みついた同い年くらいの娘。
彼女は里の生まれではなく、いずこかで殺し屋稼業をやっていたのを見出され、勧誘されたという変わり種であった。
彼女もまたちゃんとした姓名などはなく、〈紅蟲〉などと呼ばれていた。
【 紅蟲 】
「どう? ちょっと殺し合ってみな――ひっ!?」
――ブゥンッ!
間一髪で、繰り出された斬撃を躱す。
【 紅蟲 】
「な、なにするのさっ!?」
【 朽縄 】
「……殺し合うのだろう?」
【 紅蟲 】
「アンタ、冗談ってのがわからないわけ……!?」
【 朽縄 】
「……忍びの者に、戯れ言などない」
【 紅蟲 】
「ちぇっ! なにが忍びの者だか……偉そうに!」
【 紅蟲 】
「ただの血生臭い人殺しがさぁっ!」
毒づいて、小娘はその場を去っていった。
彼女が、のちに紆余曲折あって、宙帝国の将〈血風翼将〉銀・タシギとなるのだが、それはさておき……
【 朽縄 】
「…………」
彼自身、己が何者であるかは、すでにわかっていた。
組織に命じられるまま、老若男女を問わず、容赦なく命を奪う無情の殺し屋……
【 朽縄 】
(俺は……ただの人殺しか? いや……違う)
【 朽縄 】
(俺は、誇り高き忍びの者だ……!)
現実を正視できず、与えられた役割にしがみつくことで、かろうじて自尊心を保っていたにすぎない。
なにごともなければ、彼はそのまま刺客として育ち、いずこかで命を落としていたであろう。
だが、あるひとつの出会いが、彼の運命を一変させることとなったのである……
それは、いつも通りの任務のはずだった。
旅籠に泊っている旅の商人を始末せよ――と、いうもの。
【 朽縄 】
(――たやすい仕事だな)
よくある依頼だった。
役人ほどではないにせよ、商人もまた、恨みを買いやすい稼業だからだ。
その夜も、周囲が寝静まったのを見計らい、朽縄は標的の部屋へと忍び込んだ。
そして――
【 瀟洒な女 】
「――やあ、いらっしゃい」
*瀟洒……洒落た様子、あか抜けた様子。
【 朽縄 】
「…………っ」
若い女がそこにいた。
明かりを灯し、悠然と茶を飲んでいる。
まるで、彼が来るのを待ち構えていたかのように。
【 瀟洒な女 】
「まずは、自己紹介が必要だろうね」
【 瀟洒な女 】
「私は――そうだな、静夜夫人とでも呼んでもらおうか。きみの今夜の標的、ということになる」
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