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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
238/421

◆◆◆◆ 8-7 隠れ里 ◆◆◆◆

 虎王コオウ・ユイは、己の生まれた場所を憶えていない。

 親族がいるのかどうか、それすらもさだかではなかった。

 物心ついたときには、すでに組織に拾われて、隠れ里で忍びの者としての訓練を受けていたのだ。


【 里の指導者 】

「――我ら〈聖真理会せいしんりかい〉は、ただの刃にあらず」


【 里の指導者 】

「国をも動かす、鋭利なる刃なのだ――」


 聖真理会――それがユイを育てた組織の名である。

 といえば、思い当たる名前であろう。

 そう、これより少し後に帝都で勃発することになる〈りょう氏の変〉において、宮城を襲撃するも、ミズキらに返り討ちにあった、あの刺客たちである。


 元々は、帝国に仕えた忍びの集団だったともいうが、詳細はさだかでない。

 いっときは帝国をほしいままに支配した〈跳梁ちょうりょう丞相〉こと〈キョ・ミンガイ〉に仕え、諜報活動に励み、また刺客として暗殺の刃を振るっていた。




 だが、十数年前。

 キョ丞相が自邸で奇怪な最期を遂げると、後ろ盾を失った聖真理会は、たちまち落ちぶれていった。

 ただの暗殺者集団と化し、人殺しで糊口をしのぐありさまとなったのである。


 そんな中、卓越した腕前を持つひとりの童子がいた。

 それが〈朽縄くちなわ〉と名付けられた孤児みなしご……

 すなわち、かつてのユイの姿に他ならない。


【 里の指導者 】

「――お前は選ばれた者だ。やがて、我らの志を受け継ぐ者となろう――」


 若くして類まれな才覚を発揮した朽縄は、たちまち頭角を現し、将来を期待されるようになったのである。

 彼は血塗られた日々に疑問を抱くこともなく、命じられるまま、黙々と標的を血祭りにあげていった。




【 小娘 】

「アンタ、なかなかやるらしいじゃないか――」


 あるとき、そう言って近づいてきたのは、里に棲みついた同い年くらいの娘。

 彼女は里の生まれではなく、いずこかで殺し屋稼業をやっていたのを見出され、勧誘されたという変わり種であった。

 彼女もまたちゃんとした姓名などはなく、〈紅蟲あかむし〉などと呼ばれていた。


【 紅蟲あかむし 】

「どう? ちょっと殺し合ってみな――ひっ!?」


 ――ブゥンッ!


 間一髪で、繰り出された斬撃をかわす。


【 紅蟲 】

「な、なにするのさっ!?」


【 朽縄 】

「……殺し合うのだろう?」


【 紅蟲 】

「アンタ、冗談ってのがわからないわけ……!?」


【 朽縄 】

「……忍びの者に、ごとなどない」


【 紅蟲 】

「ちぇっ! なにが忍びの者だか……偉そうに!」


【 紅蟲 】

「ただの血生臭い人殺しがさぁっ!」


 毒づいて、小娘はその場を去っていった。

 彼女が、のちに紆余曲折あって、宙帝国の将〈血風翼将けっぷうよくしょうギン・タシギとなるのだが、それはさておき……


【 朽縄 】

「…………」


 彼自身、己が何者であるかは、すでにわかっていた。

 組織に命じられるまま、老若男女を問わず、容赦なく命を奪う無情の殺し屋……


【 朽縄 】

(俺は……ただの人殺しか? いや……違う)


【 朽縄 】

(俺は、誇り高き忍びの者だ……!)


 現実を正視できず、与えられた役割にしがみつくことで、かろうじて自尊心を保っていたにすぎない。


 なにごともなければ、彼はそのまま刺客として育ち、いずこかで命を落としていたであろう。

 だが、あるひとつの出会いが、彼の運命を一変させることとなったのである……




 それは、いつも通りの任務のはずだった。

 旅籠はたごに泊っている旅の商人を始末せよ――と、いうもの。


【 朽縄 】

(――たやすい仕事だな)


 よくある依頼だった。

 役人ほどではないにせよ、商人もまた、恨みを買いやすい稼業だからだ。

 その夜も、周囲が寝静まったのを見計らい、朽縄くちなわは標的の部屋へと忍び込んだ。

 そして――


【 瀟洒しょうしゃな女 】

「――やあ、いらっしゃい」

 *瀟洒……洒落た様子、あか抜けた様子。


【 朽縄くちなわ 】

「…………っ」


 若い女がそこにいた。

 明かりを灯し、悠然と茶を飲んでいる。

 まるで、彼が来るのを待ち構えていたかのように。


【 瀟洒な女 】

「まずは、自己紹介が必要だろうね」


【 瀟洒な女 】

「私は――そうだな、静夜夫人せいやふじんとでも呼んでもらおうか。きみの今夜の標的、ということになる」

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