◆◆◆◆ 8-5 仇討ち ◆◆◆◆
女が懐から放ったのは、ごく小型の弩(クロスボウ)であった。
当然、矢も小型だが、この至近距離で撃たれては躱すこともならず、ユイの胸に直撃……
したと、見えたが。
【 女 】
「むッ……!」
【 ユイ 】
「……まったく、情けなんてかけるんじゃなかったぜ」
ユイはすでに距離を取っていた。
【 女 】
「手ごたえはアッタ……オマエ、なんで死んでナイ……!?」
頭巾を跳ね上げたのは、若い女だった。
その精悍な顔立ちには、ただならぬ殺気がこもっている。
【 ユイ 】
「まあ、ちょっとした小手先技でね」
と軽口を叩きつつ、ユイは内心、冷や汗をかいていた。
【 ユイ 】
(――とっさに影と入れ替わって、助かったな)
そう、女の矢が貫いたのは、ユイの作り出した影にすぎなかったのだ。
忍びの術に長けたユイであれば、分身の術くらい使いこなせるのは当然、と理解していただけよう。
致命の一矢も、己の分身を残して本体は避けた……というわけだった。
――となれば、先ほど大河を飛んで渡ったカラクリも、想像がつこうというものである。
【 ユイ 】
(さっきさんざん使ったから、あんまりやりたくなかったんだが……)
そう、川面に己の分身を作り、それを足場にすることで、飛び渡ってきたという次第である。
分身とはいえ、己の身を踏み台にするというのは、あまり気分のいいことではない。
【 ユイ 】
「あんた、こいつらに絡まれてたんじゃなかったのか?」
【 女 】
「芝居ダ! わざと捕まッテ、あの老いぼれの前に連れて行かれるつもりだッタ……! オマエのせいデ、台無しダ!」
【 ユイ 】
(この訛り、飛鷹の民か?)
ますますことの次第がわからなくなり、戸惑うばかりのユイ。
【 ユイ 】
「……老いぼれってのは、もしかして、翠将軍のことか?」
【 女 】
「老いぼれは老いぼれダ! 父の仇ダッ……!」
そこまで聞いたところで、ユイは思い当たるフシがあった。
【 ユイ 】
「そうか……もしやあんた、〈三ツ羽のカイリン〉か?」
【 カイリン 】
「ムッ……? なぜ、知ってイル……!」
【 ユイ 】
「翠将軍を父の仇とつけ狙う、勇猛な女戦士がいる――っていうのは、まぁまぁ噂になってるんでね」
【 カイリン 】
「フン……そういうオマエは、何者ダ?」
【 ユイ 】
「俺? 俺は……名もない忍びの者さ」
【 カイリン 】
「忍びダと? ではオマエ、老いぼれの敵カッ?」
【 ユイ 】
「まあ……そうだな、そうなるが」
【 カイリン 】
「だったラ丁度イイッ! オマエ、アタシを手伝エ!」
【 ユイ 】
「……はぁ? 手伝うって、なにをだ?」
【 カイリン 】
「もちろん、あの老いぼれを討つのダッ!」
【 ユイ 】
「いや、そりゃあ――無理だろ」
【 カイリン 】
「ハァ!? なぜダ!?」
【 ユイ 】
「まあ、どうにか将軍の前まで行ったとしてだ、そんなオモチャみたいな弩じゃ、当たったところで斃せやしまい」
そもそも、あの翠将軍に当てることができるかどうか、怪しいものだったが。
【 カイリン 】
「そこは抜かりナイ! 矢には毒が塗ってあるからナ! かすっただけでも、あの世行きダ!」
【 ユイ 】
「ほう……」
まるで考えがないわけでもなかったようだ。
【 ユイ 】
「だが、よしんば仇を討てたとしても、その場であんたも死ぬことになるんじゃないか?」
周りに兵がいない状況を作れればともかく、戦地にあっては容易ではないだろう。
たとえ将軍を討ち果たせたとしても、激怒した周囲の兵にナマス斬りにされるのは避けられない。
【 カイリン 】
「それは仕方なイ――父の無念をそそぐためダ! 命など惜しくなイ……!」
【 ユイ 】
「ふむ……」
カイリンの訴えに、ユイの心は揺さぶられるものがあった。
義侠の徒である彼にとって、仇討ちの助っ人というのは、できることなら果たしたい役目である。
【 ユイ 】
(が、しかし……)
それとは別に、今の彼には果たすべき役目がある。
こうなってくると、話は厄介だ。
だが、それでも……
【 カイリン 】
「――――っ」
【 ユイ 】
「…………」
カイリンのまっすぐな眼差しを受け、ユイは腹を決めた。
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




