◆◆◆◆ 8-3 第三の依頼 ◆◆◆◆
【 タイシン 】
「――南に行ってきてくれないか、ユイ」
ある一夜、タイシンが切り出した。
【 ユイ 】
「南っていやぁ――つまり、嶺将軍のところですか」
【 タイシン 】
「そうだ。今ごろ、岳南へ向けて遠征中のね」
【 ユイ 】
「姐さんは?」
【 タイシン 】
「私は、ちと野暮用があってね。いろいろと仕込みも必要だし……さしあたっては、レッカ様を口説かねばならん」
【 ユイ 】
「レッカ様……ああ、峰西の〈愛憫公主〉ですか」
【 タイシン 】
「彼女が抑えている〈天壌倉〉……あそこに眠る糧秣を用いねば、とうてい十万の遠征軍を食わせることはできぬのでね」
【 ユイ 】
「しかし、お一人で大丈夫なんですか?」
【 タイシン 】
「まあ、護衛くらいはつけるさ。風雲忍侠ほど頼もしい者はそうはいないが」
【 ユイ 】
「あいつでいいんじゃないですか、鱗の娘っ子の、弟の――」
【 タイシン 】
「ああ、アルカナのことかい? ふむ、確かに若いわりにしっかりしているが……彼には大事な役目があるのでね」
【 ユイ 】
「お偉い方のお相手なんざ、それこそ誰だって構わないんじゃありませんか」
【 タイシン 】
「そうはいかないよ。同い年くらいで、それでいて万事に気が利くなんて人材は、そうはいない」
【 ユイ 】
「ずいぶん買ってるみたいですねえ。……もしかして、弟の方が本命で、姉貴はおまけだったんですか?」
【 タイシン 】
「そんなことはないさ。ホノカナには、ホノカナにしかできない役目というものがある。私たち皆がそうであるようにね」
【 ユイ 】
「ははぁ……」
【 ユイ 】
「それで、俺は南へ行って、なにをすりゃあいいんです?」
【 タイシン 】
「ふむ、ひとつには、嶺将軍に助太刀してあげてくれ。彼も人手は欲しかろう。とりわけ、忍びの者はね」
【 ユイ 】
「なるほど。……他には?」
【 タイシン 】
「ある人物と同行して、敵陣まで送り届けてくれ」
【 ユイ 】
「さらりと大変なことを言ってくれますね……!」
護衛だけならまだしも、敵陣――この場合は翠・ヤクモの陣営まで送り込むとなったら、これは大変な難事である。
【 タイシン 】
「なに、侠士どのならたやすいことさ。あちらも只者ではないしね。そうたいした役目ではないよ、こちらも」
【 ユイ 】
「……その調子だと、本題はまだ別にありそうですな」
【 タイシン 】
「はは、話が早い。一番の役目は――」
【 タイシン 】
「――烙宰相の謀に、協力してもらいたい」
【 ユイ 】
「…………!」
【 ユイ 】
(……まあ、やりますがね)
一度引き受けたからには、なにがあってもやり通す……それがユイの信条であった。
【 レツドウ 】
「して、首尾は?」
【 ユイ 】
「は……こちらに」
と、懐から密書を差し出す。
受け取ったレツドウは一読し、頷いてみせる。
【 レツドウ 】
「そなたも読むがよい」
【 ユイ 】
「……よろしいので?」
【 レツドウ 】
「かまわぬ。そなたはタイシンの名代であろう?」
【 ユイ 】
「されば……」
と、受け取った書状には、
『申し出をお受けする。時と場所は、追って知らせる』
という一文のみ。
【 ユイ 】
「申し出、とは……?」
【 レツドウ 】
「先方へ、会談を申し込んだのだ。書のやりとりだけで片付く話でもないゆえな」
【 ユイ 】
「それは、また……」
【 レツドウ 】
「私みずから、出向かねばなるまい」
【 ユイ 】
「……っ、さすがに、それは――」
【 レツドウ 】
「虎穴に入らずんば何とやら――だ。そなた、供をしてくれような?」
【 ユイ 】
「――心得ました」
ユイは、深々と一礼した。
【 ユイ 】
(……さすがに、ひとかどの男ではあるらしいな)
*ひとかど……すぐれていることの意。
その肝の太さに感心しつつも、しかし、やはりあまり好きにはなれそうにない、と思うユイなのだった。
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