◆◆◆◆ 6-103 燎氏の変(90) ◆◆◆◆
【 ヨスガ 】
「……ぜぇっ、ぜぇっ……!」
【 ホノカナ 】
「……はぁっ、ふぁっ、ひぁあっ……!」
セイレン絨毯の糸をたどり、出発点へ駆ける二人。
半ば夢の中の世界といえども、疲れるものは疲れる。
【 ホノカナ 】
「わわっ……ど、どんどん、周りが暗くなってきてっ……!」
【 ヨスガ 】
「ちいっ……なんとかならぬか、天下無双の大軍師殿よっ!」
【 セイレン 】
『申し訳ありません! いかんせん、今の私はふっかふかな絨毯ですのでっ! できるのは敷き物になることだけでしてっ……!』
【 ホノカナ 】
「わわっ!? だんだん、足元も、崩れてきてるっ……!」
【 ヨスガ 】
「くっ……あと少しだというのにっ!」
もはやこれまでか――と、思われたとき。
【 ヨスガ 】
「――――っ? 爪音だと……?」
*爪音……馬の蹄の音を指す。
背後から、馬の蹄の音が迫ってきた。
振り返ってみると、その騎手は――
【 燎家の家宰 】
「――これに、乗られよっ!」
そう言って、自らは鞍から飛び降りる。
【 ホノカナ 】
「…………っ!?」
【 ヨスガ 】
「――何も言うまい、ありがたく受け取ろう! 乗れ、ホノカナ!」
鞍にまたがり、ホノカナをうながすヨスガ。
【 ホノカナ 】
「……っ、はい……! あの――」
【 燎家の家宰 】
「急がれよ!」
【 ホノカナ 】
「…………っ!」
一礼して、ホノカナはヨスガの伸ばした手を取り、馬の背に飛び乗った。
【 燎家の家宰 】
「…………」
二人(と一枚)の乗った馬が駆けていく姿を見送る。
すでに内的世界はあらかた溶け失せている。
【 燎家の家宰 】
(……酔狂なことをしたものだ)
侵入者である彼女たちと違い、なにもしなければ、彼はそのまま現世に戻れるはずであった。
だが、部外者への干渉を行った結果……彼の魂魄はもはや原形をとどめられず、このまま消失するさだめ。
それを感覚的に察しながらも、どこか、彼の気持ちは穏やかだった。
少しでも罪滅ぼしができた、という安堵であろうか?
あるいは……
【 燎家の家宰 】
(……いい、決断だった)
いつもどこかで、己の人生の選択を人任せにしてきた。
それは、彼の身分を考えれば、無理のないところでもあったが……
しかし今回ばかりは、すべて自分の判断であり、自分の責任に他ならない。
後悔のない人生などありえない。
しかし、後悔の少ない人生というものがあるとしたら、それは自分の人生は自分のものだった、と思えることかもしれない。
【 燎家の家宰 】
(今、私の人生は――)
自分のものだ、と思えた刹那。
すべては、無に帰した――
【 ヨスガ 】
「…………っ!」
ヨスガは覚醒し、ガバッと身を起こした。
【 ミズキ 】
「っ! ヨス――陛下っ……!」
寄り添っていたミズキが、抱きついてくる。
【 ヨスガ 】
「……首尾はっ?」
【 カズサ 】
「はい、上々です! ……と、言っていいのかわかりませんが……とにかくも、片はつきました!」
【 ヨスガ 】
「そうか……他の、ふたりはっ?」
【 ゼンキョク 】
「それが――」
【 ホノカナ 】
「…………」
【 セイレン 】
「…………」
【 ヨスガ 】
「……っ! こやつら、まだ――」
【 ギョクレン 】
「ご安心を! 魂魄はとっくに戻ってきているのでございます! 今は、ただ――」
【 ヨスガ 】
「ただ……?」
【 ホノカナ 】
「……ぐぅ……すぅ……すぅぅ……」
【 ヨスガ 】
「こ、こやつらっ……」
【 セイレン 】
「むにゃむにゃ……すぅぴぃ……」
【 ヨスガ 】
「ただ、寝ているだけではないかっ……!」
ともあれ、ここにおいて……
〈燎氏の変〉における戦いは、ようやく終局を見たのである――――
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