◆◆◆◆ 6-68 燎氏の変(54) ◆◆◆◆
長い夜も、いつしか半ばを過ぎ……
後の世に〈燎氏の変〉と称される争乱の終わりが近づいている。
だが、一件落着にはまだ遠い。
そこかしこで、さまざまな思惑が交錯しているのだ。
帝都〈万寿世春〉の城外においては……
【 ケイヨウ 】
「ふゥむ……まだまだ騒がしいようだのォ」
城内より兵を出して守りを固めている枢密使・〈八白・ケイヨウ〉は、報告を受け、そうつぶやいた。
【 家臣 】
「閣下、まだ兵を動かさずとも良いのでしょうか……?」
【 ケイヨウ 】
「そうさなァ」
焦りの色を隠さない部下たちを前に、ケイヨウは悠然と白い髭を撫でている。
【 ケイヨウ 】
「まだまだ、油断はならぬ。守りを固め、備えるよう伝えよ」
【 家臣 】
「はっ……承知いたしました!」
部下たちは一礼して、幕舎を出ていった。
【 ケイヨウ 】
「……さて……」
床几に腰を落としたケイヨウは、盃を二つ取り出すと、果実酒を注いでいく。
しばらくして、ゴホン――と咳払いの音がした。
【 ケイヨウ 】
「入るがいい」
そう声をかけると、幕舎の中へ人影がのっそりと入ってきた。
大柄な体躯を黒装束で包んでいる。
【 ???? 】
「――邪魔するよ」
頭巾をかぶったその姿が発したのは、年配の女のそれである。
【 ケイヨウ 】
「おォ――霙家の小姐か。久しいのォ」
【 年配の女 】
「元気そうだね、じいさん」
【 ケイヨウ 】
「おいおい、私は枢密使であるぞ? 相変わらず、口の利き方がなっておらんなァ」
【 年配の女 】
「そいつはすまない。なんせ、山奥暮らしが長いもんでね」
【 ケイヨウ 】
「ふむ……今は〈白銀夜叉〉などと呼ばれておるのだったか?」
【 白銀夜叉 】
「よく知ってるじゃないか。歳のわりに、耳がいいねぇ」
【 ケイヨウ 】
「外には見張りがいたはずだが?」
【 白銀夜叉 】
「なに、ちょいと眠ってもらってるよ。なんせうちの大将は、無用な殺生は好きじゃないのでね」
【 ケイヨウ 】
「ふゥむ……旧交を温めにきた、というわけではあるまいなァ?」
【 白銀夜叉 】
「そりゃあそうさ。ちょいと八白閣下に頼みごとがあって、お邪魔したのさ」
【 ケイヨウ 】
「と、いうと?」
【 白銀夜叉 】
「ちょいとお城に用があるんだよ。通してもらいたいのさ」
【 ケイヨウ 】
「ほほォ……お前さんひとりなら、勝手にせよというところだが……お供も引き連れているのだろう?」
【 白銀夜叉 】
「なぁに、そんなに大した数じゃない。せいぜい千人くらいだ」
【 ケイヨウ 】
「やれやれ、ずいぶんと厚かましいのォ。それだけの手勢を、見てみぬフリをしろと?」
【 白銀夜叉 】
「嫌だっていうなら、人質になってもらうしかないが……その歳じゃあ、縄はこたえるだろ? おとなしく一筆したためておくれ」
【 ケイヨウ 】
「いやはや、年寄りを敬う気持ちがないのォ、昨今の若い者は」
【 白銀夜叉 】
「あっははは! 若僧あつかいされたのは久しぶりだよ。こちとら、孫もいるっていうのにね」
【 ケイヨウ 】
「どれ……これでよかろう?」
話しているあいだにも筆を走らせていたケイヨウが、命令書を渡す。
この者、任を果たすべく宮城に向かう者なり――と記されている。
【 白銀夜叉 】
「ふむ……たしかに。この借りは、いずれ」
【 ケイヨウ 】
「一杯やっていってはどうだ?」
と、盃を指し示すケイヨウ。
【 白銀夜叉 】
「ありがたいが――やめておくよ。老いたりとはいえ、狼の牙にかかっちゃあ、ひとたまりもないんでね」
【 ケイヨウ 】
「ふ、ふ、ふ……」
【 白銀夜叉 】
「じゃあ、さよならだ。生きていたらまた会おう。あばよ、じいさん」
【 ケイヨウ 】
「おォ、健闘を祈っておるよ。親愛なるお孫どのによろしく」
【 白銀夜叉 】
「はは――」
白銀夜叉と呼ばれた女は一笑して、そのまま幕舎を出ていった。
【 ケイヨウ 】
「さァて……」
ひとり、盃に口をつけながら。
【 ケイヨウ 】
「この一幕……どうなることやら?」
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