◆◆◆◆ 6-16 燎氏の変(2) ◆◆◆◆
【 ミズキ 】
「……余裕しゃくしゃくですね」
夜食を奪い合うヨスガとセイレンの姿に、女官長ミズキは嘆息した。
【 ヨスガ 】
「ふん、腹が減ってはなんとやら――だ。むしゃむしゃ……」
【 ミズキ 】
「しかし、〈我影也〉からの知らせでは……」
【 ヨスガ 】
「うむ、外廷に動きはないな。やはり、動くなら明日か……ごくん」
と、セイレンから強奪した肉を呑み込むヨスガ。
【 セイレン 】
「ううっ、さらば我が肉……そういえば、以前からちょっと気になってはいましたが」
などと乾し肉を嘆きつつ、
【 セイレン 】
「その我影也っていうのは、いったいなんなんです?」
【 ヨスガ 】
「なんだ、聞いていなかったのか? 帝室付きの忍びの者だ。宮城に潜み、あれこれ目を光らせておる。なにかあれば、我にのみ報告してくるのだ」
【 セイレン 】
「ははぁ……? 見かけたこともなかったですなぁ」
【 ヨスガ 】
「当たり前だ。我ですら、その姿を見たことはないからな」
【 セイレン 】
「へぇ……!? それでどうやって連絡を?」
【 ヨスガ 】
「いろいろだな。朝、起きると枕元に書状があったり、食後に皿を見たら伝言が記してあったりする。ま、一見しただけではわからぬ符牒になっているが」
*符牒……合言葉、隠語の意。
【 セイレン 】
「ええ~……? 本当ですかぁ?」
にわかには信じがたい、という様子のセイレン。
【 ヨスガ 】
「嘘だと思うなら、見てみるがいい。そなたが買ってきた肉の包みを」
【 セイレン 】
「んん……? これは――」
そこには、いくつかの線が規則的に記されていた。
【 ヨスガ 】
「それが符牒だ。訳すならば『外廷に異状なし』ということになる」
【 セイレン 】
「ええ……!? い、いつの間に……」
【 ヨスガ 】
「そなたが宮城に戻ってきて、ここに来るまでの間であろう。恐るべき使い手ではある」
【 セイレン 】
「ひぇぇ……でも、そんな便利な者がいるなら、東の宮の様子も探ってきてもらえばいいのでは?」
【 ミズキ 】
「それが、そうもいかないのです」
と、ミズキが口を挟む。
【 ミズキ 】
「どうやらあの者は、ヨスガさまというより、帝室そのものに仕えているようなので」
【 ヨスガ 】
「煌太后については、なんの知らせもよこさぬ。その手下である十二佳仙どもにはあれこれ報告してくるがな」
【 セイレン 】
「は、ははぁ~……でも、そんな者が保証しているなら、今宵は安全ですな! さっさと寝て、明日に備えるべきでは?」
【 ヨスガ 】
「……それが無難ではあろう。しかし、万一ということもある」
【 セイレン 】
「結局、寝られないのですね……はぁ、仕方ない、香糖菓子でも食べよう……ポリポリ」
【 ヨスガ 】
「こやつ、まだ仕込んでおったかっ……それもよこせい!」
【 セイレン 】
「い、嫌ですう~! 甘いものは頭脳労働に欠かせぬのですぅ~っ!」
【 ミズキ 】
「宝玲山の本隊も、明日には到着とのこと。城外に展開している八白閣下の軍をどう突破するかが問題ですが……」
ヨスガとセイレンの菓子争奪戦を尻目に、淡々と告げるミズキ。
【 ヨスガ 】
「ふん、あの大将のことだ、それくらいはなんとでもしてみせるさ……そりゃああっ!」
【 セイレン 】
「あああっ!? せっかくの菓子が~っ!」
【 ミズキ 】
「……そうですね。心配するだけ無駄でしょう。たったひとりでも城壁を乗り越えてやってきそうなくらいです」
【 ヨスガ 】
「やりかねんな、あの御仁ならば――」
などと、話していた矢先。
【 ランブ 】
「――っ、陛下っ!」
ランブが、いつになく焦った様子で、部屋に飛び込んできた。
【 ヨスガ 】
「――外廷が、動いたか?」
先ほどまでの緩んだ空気が一変する。
【 ランブ 】
「いえ――とにかく、ご覧ください……!」
ランブにうながされ、宮殿の外に駆け出ると、
【 ヨスガ 】
「――っ! これはっ……」
天に向かって、幾筋もの黒煙が立ち昇っている。
その源は……帝都の市中。
これこそ、後世において〈燎氏の変〉として呼ばれる大事件の、はじまりの合図であった――――
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