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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第四部 終章




 俺はベッドの上で目を覚ました。

 グワイガンとの戦いのあと、無理が祟って気絶してしまったからだ。

 いったい、どれほど寝ていたのだろうか。


「っ!」


 とりあえず起き上がろうとして、体中に痛みが走った。

 魔法を長時間発動した反動か、それともその前に負っていたダメージか。

 体の至るところに痛みがあった。


「無理をせぬほうがよい。君は3日も寝ていたのだから」


 左から聞こえてきたのは、聞きなれない老人の声だった。

 声がしたほうを見れば、小柄な金髪の老人がベッドの横に立っていた。

 しかし、背筋がしっかりと伸びているせいで、なんだか大きく見える。

 その目は鮮やかな青色だ。どこかで見た覚えがある気がする。


「おはよう。気分はどうだい?」

「体が痛いですね……意識ははっきりしてますが」

「無理もない。全身打撲に内出血。よく動けたものだと、君を診た医師が感心していたよ。さすがは魔法使いといったところかな?」


 老人は笑いながら、俺の秘密がばれていることを告げる。

 まぁ、あれだけ派手にやれば秘密にするのは無理か。


「無理無茶をしても……守りたい人がいましたから」


 そう言いながら、俺は目の前の老人のステータスを開いた。

 様々なステータスが目の前に表示されるから、それよりも大事なことは、老人の名前だった。

 名前はスヴェン。

 姓は。


「あなたのお孫さんです。スヴェン・リーズベルク公爵」

「何でも知っている軍師殿には、名前や身分を隠すのは不可能か……いかにも、儂はリーズベルク公爵だ。半ば、隠居した身ではあるが」

「ご無事でなによりです。城に居られなかったので、てっきり……」

「殺されたかと思ったかね? 私や他の公爵家の者は城から脱出して、街に身を潜めていたのだよ。操られるのは御免だからね」

「そうだったのですか……他の公爵も無事なら、意外に早くアルビオンは復興するかもしれませんね」


 アルビオンは公爵家から王を選ぶ。

 現公王は、此度の事態を招いたアルフレッドの父だ。

 退位は免れないだろう。

 次の王は、他の公爵家から選ばれるが、候補となるのはソフィアやアイリーンだ。

 ソフィアは至上の乙女という立場上、王につくわけにはいかないだろうし、アイリーンも操られていたとはいえ、王に刃を向け、それを大勢の者に目撃されている。

 王につくわけにはいかないだろう。

 だが、ほかの公爵が生きているなら、その中の誰かが王につけばいい。

 それで、アルビオンは復興が可能だ。


「そういえばカグヤ様やアーノルド提督は?」

「本国に戻られた。ディオルード王弟殿下やフィオナ殿下、リアーシア殿下も同じだ。今は、アルビオンとの講和のために大臣たちを説得してくれているところだろうが、いきなり講和というわけにはいかないだろう」

「でしょうね。帝国に動きは?」

「国境に軍を集結しているそうだが、こちらがヴェリスと皇国との講和準備に入ったことが伝わっているようで、積極的に動く気はないらしい。はぁ、ここにはそんな話をしたくてきたわけではない……ただ、孫娘を救ってくれた者に礼が言いたかっただけなのだ」


 スヴェン様がそう言って俺に深々と頭を下げた。

 公爵としてではなく、1人の祖父として。


「ありがとう。どれほど言葉を重ねても足りないほど感謝している。ヴェリス内乱のとき、アルビオンから逃げたとき、そしてこのアルビオンで、幾度もソフィアの命を救ってくれた……」

「頭を上げてください……俺がしたくてしたことです」


 誰かに頼まれてソフィアを助けていたわけじゃない。

 俺自身が助けたいと思ったから助けただけだ。

 命を賭けたのは、それだけ大切だと思ったからだ。


「そうか……ヴェリスで出会った不思議な島人のことを、ソフィアは会うたびに話をしていた。その島人が、君のような人間でよかった」


 スヴェンは笑う。

 それは安堵の笑みだ。

 ソフィアの立場を考えれば、祖父とはいえそう簡単に会えるものではないだろう。

 そんな貴重な時間に話す男のことを、祖父として気になっていたんだろう。


「あの子の父と母は、あの子が物心つく前に亡くなった……それから、あの子は周囲から過剰な尊敬を受けながら育った。対等の関係など、だれとも築けなかった……」

「築けなかったではなく、築かせなかったの間違いですよ。少なくとも、ヴェリスでは築けていた。ソフィアがなりたくて孤高の存在になったわけじゃない。周りが孤高の存在に押し上げたんです。ソフィアの責任じゃない」


 少しだけ言葉が強くなってしまう。

 ソフィアは、本当は寂しがり屋で、誰とでも友人になりたいと思っている。

 それをさせなかったのは、この国の大人たちだ。


「そうだな……反省せねばだな。ストラトスにはソフィアへの狂信を利用されかけた。この国は変わるときなのかもな……」


 そう呟き、スヴェン様は再度俺に礼を言うと、部屋をあとにした。




◆◆◆




 スヴェン様が去ったあと、俺の部屋には客が来た。

 扉の少し向こうを見ていた俺は、急な客へ視線を向けた。


「レルファか……俺は今、疲れてるんだが?」

「すぐに終わる。俺はモルスの行方を追う。奴のことだ。下準備が終わるまで尻尾を出したりしないだろう」

「古来種の策士なんて、性質が悪いにもほどがある。できれば、その下準備が終わる前に見つけて欲しいもんだな」

「無茶を言うな。できる限りのことはするが、この大陸には膨大な人間がいる。その人間に紛れられたら、見つけるのは至難の業だ。いつ奴が仕掛けて来てもいいように、準備だけはしておけ」


 レルファはそう言うと、俺に背を向けた。

 確かにすぐに終わる話だったな。

 かなり頑張って、ドラゴンを退治した人間に、お礼も労いもないところがレルファらしい。

 と思っていると。


「ユキト・クレイ。グワイガンを倒した褒美にいいことを教えてやる」

「ん? どういう風の吹きまわしだ?」

「あの至上の乙女と呼ばれている少女のことだ」


 顔だけこちらに向けて、レルファはソフィアの話題を出してきた。

 自然と、俺の表情が引き締まる。

 レルファがわざわざ話題にあげたのだ。

 おそらくはモルス関連だ。


「ソフィアの?」

「モルスも私も互いに互いを殺せない。ゆえに人やそのほかの者を利用する。盤上の駒のようにな。だが、モルスは目をつけていた駒を失った」

「グワイガンか……」

「奴の計画にグワイガンは必要だったのだろうさ。それを失った奴は、ほかの駒を取りに来るだろう。アマデウス……種族の限界を超えてしまった特殊な存在。この大陸には、あの少女のほかにも数人いるが、気をつけておけ。ドラゴンと短時間とはいえ渡り合った少女だ。狙われてもおかしくはない」

「忠告は受け取っておく。だが、モルスが動けば止めようがない。それにこの地の管轄は俺やあんたじゃないはずだ」

「エルフィンか……奴も弟子の子孫のためなら動くか……。頼んでおこう」

「そうしてくれ。俺は俺で気をつける」


 レルファは頷き、今度こそ俺に背を向けて、一瞬で消え去った。

 奴の魔法の効果だろう。

 便利なものだ。

 便利といえば、ソフィアの魔術も便利だ。

 会話を盗み聞きすることができるのだから。


「盗み聞きかい?」


 部屋の扉。

 その更に向こうで、ソフィアが俺とレルファの話を聞いていたのは気づいていた。

 レルファも気づいていただろうが、あえて指摘しないから、俺も指摘しなかった。


「どうして気づいたんですか……?」


 おずおずと、叱られた子供のような表情で、ソフィアが扉を開けた。

 どうしてと言われても。


「この目が教えてくれたんだ」


 足音が聞こえたから、なんとなくステータス画面を開いてみたら、ソフィアだとわかった。

 今までは直接相手を見ていないとステータス画面を開けなかったが、今は壁越しでも余裕で見れる。

 しかも、これまでとは比較にならない精彩な情報を、だ。


「便利な目ですこと……」

「君の魔術には負けるよ。俺はあくまで見えるだけで、聞こえるわけじゃないからね」

「でも魔法なのでしょう? このアルビオンでは魔法使いは最大級の敬意を持って迎えられます。魔術師の目指すべきところは魔法ですから」

「大したことないと思うけどね……俺個人で何かできるような魔法じゃないし」

「まぁ、ドラゴンを倒してしまう魔法が大したことないですか? さすがは竜殺しの軍師殿は言うことが違いますね?」


 からかうような表情で、そんなことを言いながら、ソフィアが俺のベッドの横にきた。

 そのままソフィアはベッドの端に腰を掛ける。


「竜殺しの軍師?」

「そう呼ばれているんです。ヴェリスの軍師は竜を殺した魔法使い。竜殺しの軍師だと」

「俺だけの力じゃないんだけどね。勘弁して欲しいよ」

「いいじゃないですか。ユキトの力が認められて、私はとても嬉しいですよ?」

「またよからぬ噂が立ちそうで俺は嫌だよ」


 寝ながら俺は肩を竦めると、ソフィアがクスクスと笑う。

 横になったままでは話がしづらいため、俺はなんとか腕に力を入れて起き上がる。

 体中に痛みが走るが、どうせ寝てても痛いからと割り切る。


「大丈夫ですか? 無理をしては……」

「平気さ……。久々にソフィアと話せる機会だからね」

「そうですね……本当に久しぶりです……7ヶ月ぶりくらいでしょうか?」

「もうちょっとぶりかもね。結構、長かったね」


 俺がそう言うと、ソフィアは頷き、俺の肩に頭を乗せてきた。

 そのままソフィアが目を閉じた。


「でも、ユキトはヴェリスに帰ってしまうのでしょう……?」

「……俺はヴェリスの人間だからね。ヴェリスで待っている人たちもいるし」

「カグヤ様ですか……?」


 ソフィアは目を開けて、ムッとした表情を浮かべた。

 どうやら今の発言はお気に召さなかったらしい。


「カグヤ様もディオ様も、ノックスのみんなも。帰らなきゃ。あそこが俺の居場所なんだ」

「……私の居場所はアルビオンです……。この国を見捨てるわけにはいきません……」

「そうだね……。ソフィアは色んな人の希望で、支えだからね」

「……ユキトは私の支えにはなってくれないんですか……?」


 潤んだ瞳が俺を見上げてきた。

 絶世の美女が体を預けて、こちらを見上げてくるという状況に思うところがないわけではない。

 だが、今は大切な話の最中だ。

 感情の赴くままに動けば、きっと後悔する。


「傍にいないと支えになれないかい?」

「傍にいたほうが支えになります」

「子供みたいな言い分だね……。ちょくちょく会いに来るよ」

「ちょくちょくじゃ嫌です……」


 今回は妙に食い下がる。

 ずっと離れていた反動なのかもしれない。


「じゃあ、そんな寂しがり屋なソフィアに良い物をあげるよ」


 俺はそう言って、近くの棚に置いてある扇を手に取った。

 偽者ではなく、本物のクラルスだ。


「それは……」

「元々、君の物だし、こんな言い方をして返すのはおかしいかもしれないけど……これを俺の代わりだと思って持っていて欲しいんだ」


 それはかつて、ソフィアが扇に挟んだ紙に書いていた言葉。

 俺の支えになった言葉だ。

 どんなに苦しくても1人じゃないと思えた。


「そんな言い方……ずるいですよ」

「ごめんね」


 謝罪と共にソフィアの頭を撫でる。

 それを嫌がる素振りを見せず、ソフィアは俺に体重を預けてきた。

 思わず、体勢が崩れそうになり、俺は両手を後ろにつく。

 体中に痛みが走った。

 同時に、唇に柔らかい感触が広がる。

 人生で初めての感触だった。

 唇と唇が触れ合っているということに気付くのに、数秒を要した。

 ようやく自分がソフィアにキスをされたということに気付いたときには、ソフィアは俺の唇から自分の唇を離していた。

 楽しむ余裕なんてもちろんない。

 もったいない、惜しいことをした、という思いが俺の心に芽生えた。

 正直、衝撃が強すぎて全く覚えていない。

 できればもう一度といいたいところだったが、それはできなかった。

 ソフィアが俺の首に両腕を回して、抱きついてきたからだ。

 女の子特有の甘い匂いと、視界に映る絹のような金色の髪や柔らかい体の感触にまたフリーズしかける。


「今はこれで我慢します……ユキトはたしかにカグヤ様の臣下です。でも、カグヤ様ばかり優先しては嫌です……。たまにで構いません。必ず会いに来てくださいね……」


 そう耳元で囁かれ、俺はコクコクと何度も頷くよりほかになかった。


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