第四章 竜殺し4
魔法の共有というのが果たしてできるものなのか。
答えを知る者はいない。
なにせ、試したものがいない。
魔法を誰かに使うというならレルファも経験があるだろうが、魔法を共有するだなんて、そもそも思いつきもしないだろう。
「これから俺の魔法の一部を、3人に共有して、この本の中にある最大の秘術を読み取ってもらいます。ただ、どうやって共有するのかがわからないというのが問題で……」
「それでは共有できないではないか……」
「根本的な問題だね」
カグヤ様とフィオの言葉に俺は苦笑を浮かべるしかできなかった。
そんな俺の横にいたソフィアが俺の手を握ってきた。
「ソフィア?」
「手を繋ぎましょう。子供に魔術を教えるとき、必ず大人が手を繋ぎます。魔力は人の中にながれる力ですから、手を繋いでいればある程度、感覚を共有できるんです。魔法も魔力を使う現象なら、もしかしたら」
「共有できるかもしれない、か。時間もないし、それでいこう。失敗したら、次を考えればいい」
そういって、俺はソフィアと手を繋いでいない左手を、カグヤ様とフィオに向けた。
どちらかが手を取るだろうと思ったのだけど。
フィオが出した手をカグヤ様が払った。
「……なんですか?」
「ユキトとは私が手を繋ぐ。そなたは私とソフィアと繋げばよい」
「その理論ならカグヤ様がユキちゃんと手を繋ぐ必要はないですよね?」
「俺としてはどっちでもいいんで、早くしてもらえませんか……?」
変なことで諍いを始める2人に呆れつつ、俺は急かすように左手をブラブラと振った。
それを見て、カグヤ様が俺の左手を右手で掴む。
何か言いたげなフィオは、渋々といった様子でカグヤ様とソフィアの手を掴んだ。
漆黒の本は円になった俺たちの中央に置いてある。
さきほどの俺のように漆黒の本の中身を全て理解する必要はない。
今、必要なのは強力な秘術のみだから、それだけに的を絞る。
グワイガンは切り札である魔力吸収を使っている。
となれば、魔力を用いた攻撃もおそらく効くはず。あとは威力が足りるかどうかだ。
読み解くのは漆黒の本の真ん中にあった精霊族の秘術。
魔力を凝縮して放つ単純な秘術だ。
しかし、精霊族の魔力で行なえば威力は絶大だったと記されている。
これは間違いなく竜に効くはずだ。魔力が足りるかどうかが問題だけど、それは読み取ってからだろう。
「それじゃあ行きます。もしも共有ができたら、情報が頭に流れ込んできます。頭が痛くなるんで、覚悟しといてください。では」
俺は意識を本へと集中させる。
すると、本が微かに光って浮かび上がる。
そのまま自動的にページが開き、俺が望んだページで止まる。
同時に、俺の体が微かに発光する。その光は徐々にソフィア、カグヤ様、フィオを包んでいく。
光がフィオの体を包んだとき、頭に精霊族の秘術の詠唱が流れてきた。
鈍い頭痛に顔を顰めつつ、ソフィアたちの様子を伺う。
どうやらソフィアたちにもしっかりと情報が流れてきているようだ。
こんな頭痛まで共有しなくてもいいのに。
しかし情報はゆっくりと流れ込んできたため、さきほどのような激しい痛みはない。
さきほどの読み取りがパラパラとページを流し読みしたものとすれば、今回のは熟読といえるだろう。
さっきは大まかにしか理解できなかった術の特性や発動の仕方などがしっかりと流れ込んできている。
「うー……頭が重いよ……」
流れ込んでくる情報が途切れた瞬間、フィオがそう零した。
左右のソフィアやカグヤ様もだいぶまいった顔をしているから、やっぱりきつかったんだろう。
「ですけど……術の仕組みはわかりました」
「そうだな。ただ、私たちだけ必要な魔力を補えるかどうか……」
「古来種でも威力を出すには限界ギリギリまで魔力を使うみたいだし、ちょっとキツイよね」
ソフィアたちの意見に俺は頷く。
ただ、俺にも考えがある。
「エルフィン。魔力を借りたい」
「ただ精霊族の秘術を真似しただけじゃ、グワイガンには勝てないぞ?」
「わかってる。俺達、人間なりに工夫を加えるさ」
その言葉にエルフィンは微かに笑って頷いた。
そのままエルフィンが俺達の近くへとやってくる。
この秘術が完成するまではグワイガンの相手はレルファがするのだろう。
「レルファなら問題ない。私たちは私たちのことに集中しよう」
そう言いながらエルフィンは漆黒の本を手に取った。
開かれたままのページを見て、エルフィンは深呼吸をした
「精霊族の秘術か……。私の魔力と君達の魔力でも足りないかもしれないな……」
「やるだけやってみるしかないさ。これが一番威力がありそうだからな」
「まぁ、そうか。ところで、どんな工夫を加えるつもりかな?」
「簡単さ。凝縮した魔術に形を与える。精霊族たちには存在しなかった武器の形を、な」
精霊族は万能な力を持ったが故に武器を必要としなかった。
それどころか、人間が日常的に使う道具の殆どを必要としなかった。
ゆえに彼らは魔力を凝縮し、球体として放っていた。
けれど、敵を効率よく倒すならば、それなりの形があったほうがいい。
「魔力を凝縮して剣を作る。いや、魔力の剣を作って、そこに魔力を流し込むというほうが正しいかな?」
今から行なう古来種の秘術は、まず殻を作り、そこに必要なだけ魔力を注ぎ込む秘術だ。
注ぎこんだ魔力に応じて威力が変わる。
似たような魔術も存在するが、違うのは込められる魔力の量の差だろう。
グワイガンを倒すにはどれだけの魔力が必要かはわからないが、とりあえず注ぎ込むしかない。
「詠唱は同時だ。準備を」
俺の言葉にソフィアたちが頷いた。
■■■
グワイガンの攻撃を防ぐレルファの後ろ。
つまりはグワイガンの真正面に、俺たち4人は並んだ。
自然と4人の呼吸が合い始める。
集中し、ズレのないように詠唱が始まった。
「我は思い、望み、求める」
一気に魔力を持っていかれる。
最初に吸い出された魔力が、上空で巨大な剣を形勢する。
4人のイメージを反映した竜殺しの剣だ。
その剣に竜を殺すための力を与えるために、詠唱は続く。
「我を阻む全てを打ち払う輝きを」
更に魔力を持っていかれる。
視界がぼやける。
しかし、まだまだ剣には魔力はたまっていない。
それは感覚で分かる。
今の剣には必要な魔力の10分の1も溜まってはいない。
ここで倒れるわけにはいかない。
「輝きは天光」
もう俺の魔力はかなりギリギリだ。
成り立てとはいえ、魔法使いとしての俺の魔力は相当、あるはずなのだけど。
もしかしたら、フィオやカグヤ様よりも多いかもしれない。
それなのに、もうギリギリなのだ。
まだ詠唱は続くのに。
「其の天光は空を裂き、大地を焦がす」
その詠唱のあと、フィオが膝をついた。
だが、そちらを気にしてはいられない。
上空に大量の魔力が流し込まれる剣が生まれたのだ。
グワイガンも気づけば黙ってはいないだろう。
「我が身に宿りし、万物の源たる力よ。ここに集い、我が敵を射ち斃せ」
ソフィアとカグヤ様が同時に膝をついた。
詠唱は最後の一言に入っているが、エルフィンと俺の魔力だけでは絶対に足りない。
このまま最後の詠唱を行なっても、魔力が足りず、グワイガンを仕留めることはできないだろう。
「レルファ……魔力はないかい……?」
「生憎だが、お前達の時間稼ぎをしている間にカツカツだ。手は貸せん」
「だそうだよ……どうする?」
そうエルフィンが聞いてくるが、俺には喋る体力すらない。
頭も回らない。
傍で膝を突いているソフィアたちのように今すぐ崩れたいくらいだ。
それでも崩れないのはここで俺が崩れれば、全てが台無しになるからだ。
何もかもが無に帰る。
これまでの苦労も、これまでの戦いも、これまで戦いで流れた血も涙も。
多くの人が傷ついた。多くの人が涙した。多くの人が血を流した。
その結果が今の状況だ。
あともう少しで勝てるのに、ここで終わるわけにはいかない。
「その目は諦めてはいないようだな。ユキト・クレイ」
「……」
「お前たち人間は弱い。脆弱といってもいい。エルフィンの協力があるとはいえ、古来種の秘術をたった5人で行なおうとしたのがそもそも間違いだ」
レルファの言葉は静かだった。
言葉を発している間にも、レルファはグワイガンの攻撃を防いでいる。
ただ、手が回らないのか幼竜はレルファの防御を突破して、城壁に張り付いている。
それをディオ様たちが必死に食い止めている。
「……文句が……あるのか……?」
「文句はない。ただ、お前の魔法を使えば魔力などいくらでも補充できると言っているだけだ」
「!? どういう……ことだ……?」
「そのままの意味だ。お前の魔法は実に人間らしい。1人では弱い人間は、集団となり、他者と関係性を持たなければ生けてはいけない。けれど、その集団となれることが古来種にはなかった人の強みだ。お前の魔法の本質は、他者と自分を繋げることだ。情報を読み取るのも、過去が見えるのも、力を共有するのも……他者と繋がりたい、繋がりを持ちたいというお前の願望が形になったものだ。その他者はここにいる者たちだけか?」
レルファの言葉を聞いて、俺は辺りを見渡した。
周りには必死で幼竜と戦う兵たちがいる。
彼らの力を借りれれば。
いや、彼らだけじゃ足りない。
もっと多くの人の力が必要だ。
俺はゆっくりと振り返った。
グワイガンに破壊されたアルビオンの街がそこにあった。
聞き取れないが、多くの人の声が飛び交っているだろう。
見えないが、多くの人が動き回っている。
そこに確かに人々はいる。
「自分たちの守るべき場所だ。彼らにも守る機会を与えてはどうだ?」
レルファの言葉を聞いて、俺はさきほどソフィアたちと繋がったときの感覚を思い出した。
あの時は手を繋いでいた。
そこに人がいると明確に分かった。
けれど、今はない。
無数の手のイメージを頭の中で作り上げる。
それをアルビオンのあちこちにいるだろう人たちの手へと伸ばしていく。
俺の体が金色に輝き始める。
それと同時に色んな光景が頭に飛び込んでくる。
瓦礫に足を挟まれた子供を助けようとする光景。
見知らぬ誰かの傷を手当している光景。
誰もが助け合っていた。
声を掛け合い、必死に生きていた。
そんな人たちに心の中で呼びかける。
どうか力を貸して欲しい、と。
あと一言を呟くことに協力して欲しい、と。
俺を覆っていた金色の光がアルビオン全体に広がっていく。
人々の声が流れ込んでくる。
嘆きや悲しみ、怒りといった感情も沢山ある。
けれど、それ以上に誰かを助けたいという声が沢山あった。
そして、多くの声が俺の声に反応してくれた。
「これは……?」
俺の視界に小さな画面が浮かび上がった。
そこには俺のステータスが書かれていた。
今までオブトゥートゥスの文字があった場所に、違う言葉が書かれている。
「コンセンスス(共有)……自分と他者を繋げる、相互理解の魔法……」
説明欄を読みながら、空を見上げる。
剣に魔力が再度、集まり始めた。
それはアルビオン中から集められた魔力だ。
俺を通して、アルビオンの人々の魔力が剣に注がれていく。
それを見て、グワイガンが翼を広げた。
飛び立つつもりだろう。
けれど、この剣からは逃れられない。
魔術は発動の瞬間に魔術名を呟く。
それはこの術も同じだ。
「……これはもう精霊族の秘術じゃないし、魔術でもない……。人がお前たちドラゴンに抗うための魔法だ……。そのために相応しい名前をつけた……。この世界とは別の世界で、ドラゴンを倒したといわれる聖剣だ……。しっかり味わえ……!」
届くかもわからないが、グワイガンにそう告げる。
それが合図になったのか、アルビオンを覆っていた金色の光が剣へと向かっていく。
金色の剣となった魔法を見て、俺は呟いた。
「“連結魔法”アスカロン……!!」




