第四章 竜殺し2
幼竜の脅威もなくなり、俺たちはグワイガンに集中する態勢を整えることができた。
とはいっても、ドラゴンの鱗は硬い。
グワイガンの超劣化コピーである幼竜ですら、普通の武器では傷ひとつつけるのも容易ではなかった。
「反撃に出たいところだが、なにが通用するだろうか?」
「魔術になるでしょうね。矢は弾かれるでしょうし、投げ槍は当たる距離まで近づくだけで困難です。剣においても同様です。まぁ、少々例外が何名かいますけど、普通は無理です」
カグヤ様とディオ様をチラリとみたアーノルド提督は、何度か頷いた。
あの二人なら近づき、一撃を与えることは可能かもしれない。
ただ、剣での一撃が、あの巨体にどれほどのダメージを与えられるのか。
致命傷を与えるのは難しいだろう。
そうなると主力はやっぱり魔術師だ。
「魔術なら効くかな?」
「やってみないとわからないといったところです」
「なら、やるとするか」
「そうですね。攻撃に参加して頂いてもかまいませんか?」
「そのために来た。私は……いや、皇国は君に返せないほどの借りがあるからね」
アーノルドはそういうと城壁の前方まで歩いていき、深呼吸をしてから右手を高く空に掲げた。
すると、それに反応する形で少し離れたところに流れる大きな川が氾濫し始めた。
「皇国軍に所属する水の魔術師たち。100にも満たないが……君を助けるためにやってきた者たちだ」
川の向こう越しには確かに人の集まりがいた。
彼らが掲げるのは青い狼の旗。
皇国の国旗だ。
「レルファという古来種はいっていた。本心から君を助けたいと思えない者を、連れて行くことはできないと。彼らは君が指揮した防衛戦に参加し、君がアルビオンに連れて行かれることを止めることができなかった者たちだ。けれど、今こうして君の助けになるためにアルビオンまで来ている。彼らを許してやってはくれないか? 不徳は我ら皇家にある」
「……誰も恨んではいませんよ。俺が好きでやったことですし」
「……感謝するよ」
アーノルド提督が両手を胸の前で合わせると、川から氾濫した水は勢いを増して、まるで津波のようになって、グワイガンへと向かっていった。
グワイガンはさすがに拙いと思ったのか、羽を動かして空に逃げようとした。
けれど。
「逃がすわけにはいかんなぁ」
いつの間にか城壁に戻ってきていたランドールが、手に持った水晶をグワイガンへと向けて、そう呟いた。
ケンシンは大技の準備だといっていたけれど、水晶がその鍵のようだ。
「年寄りには堪える大技でのぉ。こういう物が必要なんじゃよ」
「それだけいうのなら、期待しておきますよ」
「そうしておれ。四賢君の名は伊達ではないのじゃよ!!」
ランドールの手にある水晶が輝きだして、大量の魔力を発生させた。
魔力を貯蔵しておくことができる道具なんだろう。
ランドールと連結魔術が行えるような魔術師はいない。
けれど、道具の補助を使えば、ランドールは連結魔術級の魔術を使うことができるのだろう。
『クリエイト・ゴーレム』
グワイガンの足元の土が盛り上がり、地面から離れ始めたグワイガンの足へと絡みついた。
その土はやがて巨大な土の手へと変化し、その手に続いて、腕、顔、胴体、足が土によって形作られた。
巨大な土の巨人、ゴーレムだ。
その巨大さはグワイガンより少し劣るものの、一人の人間が作り出した物としては驚愕に値する大きさだ。
ゴーレムは見事にグワイガンの飛翔を食い止めて、一気に地面へと引きずり落とした。
「中々の援護だぞ。ランドール卿!」
「大提督に褒められるのは悪い気分じゃないのぉ~」
ランドールは愉快そうに目を細めて、アーノルドの言葉に笑った。
アーノルドは複雑な印を手で結んだあと、小さく、しかしはっきりと呟いた。
『水の軍勢』
津波となった川の水は、アーノルドの言葉と共に細かく分かれた。
分かれた水は馬に乗った槍兵へと姿を変えた。
水の槍兵はゴーレムに押さえつけられたグワイガンへと襲い掛かる。
まず最初の一体がグワイガンの頭部へと突撃したが、グワイガンの顎に噛み砕かれ、ただの水へと戻った。
それをきっかけに水の槍兵たちは次々へと突撃を開始し始めた。
しかし。
「さすがにこの程度ではどうにもならないか……」
アーノルドがそう呟いた。
水の槍兵たちは頭部を中心に突撃していくが、鱗に弾かれるかグワイガンの牙や爪にやれていく。
牙や爪を使うのは目や口内を守るためだろう。
そういう点ではグワイガンも生物だとわかったが、同時に鱗の防御が尋常ではないことも再確認できてしまった。
「仕方あるまい。攻撃はほかに任せるとしようか」
アーノルドはそう呟いて、空に浮かぶフレズベルグを見上げた。
「リア。出番だ」
「承知じゃ」
いつからの乗っていたのか、フレズベルグの背中からひょっこりとリアーシアが顔を出した。
その顔はようやくの出番に喜んでいるようにみえた。
「妾へのお膳立ては整った! ユキト・クレイ! 見ておくがよい! 妾の活躍を!」
「ここからなら嫌でも見れますよ。とりあえず、はしゃいで落ちないでくださいね?」
「む! 子ども扱いする気か? まぁよい! これをみて、まだ妾を子供扱いできるかな?」
リアーシアはそういってニヤリと笑うと、グワイガンを指差しながらフレズベルグに命令した。
「さぁ、飛ぶのじゃ! フレズベルグ!」
「リア! ベルグは私のだからね?」
「堅いこというでない。フィオナ。ここにいると大勢を巻き込んでしまうのじゃ」
「まぁいいけど。取っちゃ駄目だよ?」
神と名のつく獣が従姉妹同士のおもちゃ扱いか。
なんとも反応に困るやり取りだな。
リアーシアはフィオの言葉に手をあげて答えると、フレズベルグに乗って、グワイガンに近づいた。
そして手に持った杖をゆっくりと回し始めた。
その杖の回転は徐々に強くなり始め、遂にはリアーシアの手を離れて、勝手にまわり始めた。
リアーシアの手中から離れた杖は、高度すら上げて、どんどん回転を強めていく。
そして、もはや杖であることが視認できなくなるほどに回転が強まったとき、リアーシアが胸の前で手を叩いた。
同時に杖はピタリと動きを止めて、グワイガンに杖の先を向けた。
『アイスエイジ』
リアーシアのその一言と共に、杖はグワイガンの近くの地面へと突き刺さる。
そして川の水でびしょ濡れとなっていた地面が、杖の先から急激に凍り始めた。
「強力な杖を使い捨てにすることで、初めて行使できるリアーシアの氷の魔術だ。これでしばらく身動きはできまい」
「これはこれは。儂のゴーレムはいらんかったかのぉ?」
ランドールが肩を竦めるが、ゴーレムがいなければそもそも魔術は成功しなかっただろうし、リアーシアの氷はグワイガンの下半身を凍らせるに留まっている。
ゴーレムがしっかりと足を押さえているから、グワイガンは飛び立つことができないんだ。
「ご冗談を。あそこにゴーレムがいるから、グワイガンは自由に動けないんですよ」
アーノルドもそれがわかっているのか、大きく頷いている。
ランドールは小さく笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情へと切り替えた。
「さぁ、急ぐのじゃ。儂のゴーレム程度ならあの竜はすぐに壊せるじゃろう。儂の魔力じゃ同じ大きさの物は二度は作れん。今のうちに攻撃を」
「そうですね。連結魔術が可能な魔術師は連結魔術を! そのほかは自分の最大の魔術をグワイガンに撃ち込んで下さい! ここで決めます!」
主力となるのはフィオとソフィアとカグヤ様だ。
三人は城壁の中央部。最もグワイガンを狙いやすい場所に位置している。
確実に魔術を当てるためだ。
外せばグワイガンは氷を壊し、ゴーレムを破壊するだろう。
チャンスは一度。二度目はない。
「各自、合図があるまで待機! ランドール卿は左へ、アーノルド提督は右をお願いします」
「よかろう」
「わかった」
中央の三人に合図を出すのは、俺以外にはできないだろうし、三人も聞かないだろう。
それに三人の相性はどうにもよろしくない。
そうなると、俺は三人に集中する必要がある。
必然的に離れた右と左にいる魔術師たちにまで気は配れない。
だから、ランドールとアーノルド提督を左右に配置した。
これで一斉攻撃が可能になる。
「勝手に撃たないでくださいね?」
「私に言っているのか?」
カグヤ様がバチバチと手から雷を発しながら、俺を睨んできた。
別にカグヤ様だけにいったわけじゃないんだけど。
「三人ともに、です」
「ひどいなぁ。私は合図を守るよ?」
「はいはい。わかったから前に集中してて。外せば次はない。それはわかってるよね?」
「当然。リアも頑張ったし、私も頑張らないとね!」
フィオはさきほどよりも巨大な光体をフレズベルグに用意させている。
おそらくフィオとフレズベルグが行える最大の攻撃なんだろう。
カグヤ様は、カグヤ様で、雷を纏った腕を頭上に掲げて、巨大な雷の剣を作っている。
内乱の時に王城の城門を破った魔術に似ているが、あのときよりも強力なものだろうな。
「ソフィアは大丈夫?」
「問題ありません。風はどこにでもありますから」
ソフィアがそういうと一陣の風が城壁を吹きぬけた。
風がソフィアの周囲に集まっているのがわかる。
風は次第になにかを形作り始めた。
剣でもなく、槍でもない。
それは巨大な矢だった。
一本の巨大な矢がグワイガンに狙いを定めた。
弓はない。その矢はソフィアの思うがままに動き、矢では到底不可能な機動を見せるのだろう。
三人の準備が整ったとき、アーノルドとランドールたちも手をあげた。
左右の準備が整ったという合図だ。
グワイガンは未だに氷と格闘している。
グワイガンの下半身を覆っていた氷は、足を掴んでいたゴーレムの腕すら巻き込んでいたが、そのせいでグワイガンはゴーレムの腕の前に氷を相手にしなければいけなくなっていた。
大量の水を凍らせた氷は密度が濃く、グワイガンもなかなか壊すことができない。
とはいえ、氷には徐々にヒビが入りはじめている。
そのうち壊れるのは間違いないだろう。
機会は今か。
「攻撃開始!」
俺が右手を振ると同時に、カグヤ様、フィオ、ソフィアがそれぞれ最大の攻撃を放った。
三つの攻撃は轟音と共にグワイガンへと向かい、それに続く形で左右から次々と魔術がグワイガンへと飛んでいく。
身動きが取れないグワイガンにはもはや手はないようにみえる。
しかし。
「ドラゴンとは理不尽な存在だからな。そう上手くはいかん」
突然、俺の横に現れたレルファが、そう呟いた。
同時に、グワイガンの体の中心にある血の様に赤い球体が光を放った。
その光はどす黒く、見ているだけで気分が悪くなった。
しかし、その光はこちら側が放った魔術の全てを受け止め、グワイガンの体に衝突する前に打ち消した。
「奴の胸部にあるのは周囲の魔力を吸収し、放出する器官だ。あれがあるからドラゴンはあれだけの巨体を維持できる。魔人族と似たようなものだな」
「で? 今は魔力を放出したわけか?」
「使えば数十年単位での休眠が必要なる奥の手だ。二度は使えない」
「さっきと同規模の攻撃も、こっちも二度は行えないんだが?」
「知っているさ。私も多くの人間たちをここに連れてくるのに魔力を使ってしまったから魔力はほとんどない」
しれっとレルファはそういうが、その余裕そうな態度を見る限り、なにか方法を用意しているんだろう。
「じゃあ、あいつに好き勝手やらせるのか?」
「馬鹿をいうな。私は別に構わないが、私の古い友がそれを許さない」
「その通り」
俺の背後に突如としてエルフィンが姿を現した。
その手には漆黒の本が握られていた。
「ここは私が魔術を伝えた者たちが作り上げた場所。彼らとの思い出もある」
「その割には来るのが遅かったようだけど?」
「これを探していた。私一人の魔力ではグワイガンを倒せないのでね。君に手伝ってもらう」
そういってエルフィンは漆黒の本を俺に手渡した。
ドラゴンを相手に本でなにをしろというのだろうか。
「できれば竜殺しの武器のほうが欲しかったんだけど?」
「そんな都合のいい武器など存在しない。だから、君が作れ。その本を読めばおそらく作れるはずだ。なにせ、その本には古来種の秘術がすべて書かれているからね」
エルフィンの言葉と同時に、漆黒の本がいきなり光出して、ページが捲れ始めた。
見たことも聞いたこともないような字で書かれているのに、俺の目がそれらを読み解き、本の内容を頭の中に送り込んできた。
膨大な情報量が頭に送り込まれてきたせいで、激しい頭痛に襲われるが、目を閉じたり、本から目を背けることもできない。
まるで漆黒の本に操られているかのように、俺はただ本の内容を理解することしかできないでいた。




