第四章 竜殺し
突如現れたカグヤ様とディオ様が俺たちに加勢してくれたおかげで、幼竜たちとの戦いはこちら側優勢になっていた。
ただ、グワイガンはまだまだ分身である幼竜を生み出せるようで、幼竜の数がなかなか減らない。
けれど、問題はそこじゃない。
幼竜は脅威ではあるけれど、太刀打ちできないわけじゃない。
問題なのは太刀打ちできない相手だ。
「ソフィア! ブレスが来る!」
無機質な画面に浮かび上がった悪夢のような言葉をみて、すぐに近くにいたソフィアに防御の指示を出す。
ソフィアとケンシン以外に、あのブレスを防げる者はいない。
二人が力尽きれば、俺たちは死ぬだろう。
防戦ばかりではいずれ手詰まりになる。
「だからといって、なにか打てる手があるわけじゃないけど……」
ソフィアが発生させた風の暴風がブレスを受け止め、激しいぶつかり合いを繰り広げた。
突風からソフィアを守るために、俺はソフィアの前に立って風避けの壁になった。
情けない話だけれど、この状況じゃ、壁以外にやれることはない。
突風が止むと同時にグワイガンの姿が見えた。
たぶん連射だろうな、と思ったときには、画面にさきほどと同じ言葉が映し出された。
「ケンシン・シバ!」
「わかっている!」
ケンシンとその弟子たちは連射を予想して、既に連結魔術の準備に入っていた。
二撃目の備えはできた。間違いなく防げるだろう。
けれど、三撃目は難しいかもしれない。
後ろで荒い息を吐くソフィアは、すでに三撃目を防ぐ準備に入っているが、その顔には色濃い疲労が見えた。
「ちっ! いつになったら来る……!」
「だれが来るの!? この状況をどうにかできんの!?」
「知らない! 誰か下にいって、エリカたちを連れて来い! もう出し惜しみをしてはいられない! 魔術師たちは防御魔術を準備しろ!」
俺が指示を出しているとき、ケンシンたちが生み出した盾とグワイガンの二撃目がぶつかりあった。
ケンシンたちが必死に歯を食いしばっている。彼らも必死なのだ。
一方のグワイガンは疲れた様子をみせてもいない。
目に見えない疲労があるかもしれないが、そんなのは微々たるものだろう。
カグヤ様とディオ様のおかげで、多少は戦力差が埋まったけれど、それでも絶望的な戦力差がある。
種としての地力が違いすぎる。
ブレスを防ぎ切った盾が砕け散る。
その先にはさきほどと同じ体勢のグワイガンがみえた。
「ソフィア! 三撃目が来る!」
俺の言葉にソフィアは返事をしなかった。
ありったけの力を前方に集中しているのだ。
けれど、それでも足りない。
準備期間がなさすぎる。魔術は万能ではない。
強い魔術には詠唱が必要であるし、高位の魔術は魔力を集中させる必要がある。
それは風を自由自在に操れるソフィアとて変わらない。
三撃目のブレスが、ソフィアが生み出した風とぶつかりあった。
だが、さきほどは互角だったのに、今は押されている。
ケンシンたちが再度準備を始め、ほかの魔術師たちも防御魔術の準備を始めている。
発動したからといって、グワイガンのブレスを防げるとは限らないが、ないよりはマシだ。
「ユキト……逃げて……」
「それはできない相談だね……。だいたい、あいつからは逃げられない……!」
ソフィアは顔を歪ませ、膝をついた。
それでも風の防壁は消えたりしないが、徐々にブレスはこちらに近づいている。
城壁に上がってきたエリカたちも、すぐに状況を把握して、防御魔術の準備にかかっている。
どれだけ残るか、全滅だけは避けなければいけない。
そう思ったとき、ソフィアの風の防壁が消え去った。
障害物がなくなったブレスは俺たちへと迫ってくる。
灼熱の業火が近づいてくるせいで、息がしづらい。
まともにくらえばすぐに蒸発するだろうな、と思ったが、俺はそれはないと知っていた。
俺の目には蒸発する俺の姿は映っていなかった。
映っていたのは懐かしい巨鳥と、その背に乗る青みがかった銀髪の少女だった。
「ベルグ。吹き飛ばして」
ソフィアの風の防壁で威力が弱まっていたブレスは、ブレグが吹き起こした突風にかき消された。
相変わらずデタラメなペットを飼っているな。
「間に合ったみたいだね?」
「もうちょっと早く来てくれると助かったけど」
「もう駄目だってところで助けられたほうがありがたみが増すでしょ?」
ベルグの上で立っているフィオが、そういってウィンクをしてきた。
そんな理由で危機に立たされたら、たまったもんじゃない。
「見てのとおり、ちょっと拙い状況なんだ。力を貸してほしい」
「うーん、どうしようかな」
迷った様子をみせるフィオに、ため息を吐きたくなった。
まだ数十の幼竜が辺りを飛び回っており、グワイガンは健在なのに、ふざけるだなんて。
「じゃあ、なんのために来たんだよ?」
「ユキちゃんを助けるためだよ? なにいってるの? 決まってるじゃん」
「じゃあ、決まりだ。助けてくれ」
「でも、タダじゃ嫌かなぁ。私の制止を振り切って死地に飛びこんだのはユキちゃんだし」
「はぁ……じゃあ、どうすればいい?」
フィオは終始笑顔を絶やさない。
ベルグが常に臨戦態勢なのをみれば、油断しているわけじゃないだろう。
久々の再開を楽しんでいるというより、引き止めても止まらなかった俺へのちょっとした仕返しといったところか。
「ここを切り抜けたら、皇国に来てよ!」
「それは……」
「駄目だ」
「うわぁ!? カグヤ様!」
いつの間にかカグヤ様が横に立っていた。
その頬はかすかに引きつっている。
「こんな状況で、私の軍師を引き抜こうとはいい度胸だ。アイテールの大翼」
「お久しぶりです。カグヤ陛下。お元気そうでなによりです。けど、なぜここに?」
「ユキトを助けにきたに決まっているだろう? けしかけたのはそなただぞ?」
「ご本人自ら? 王としての自覚が足りないのでは?」
「そなたとて、皇国の守護を担う存在だというのに、男一人のためにこんなところまで来てよいのか?」
「ええ、同盟国であるアルビオンを助けにくるのは“まったく”問題ありません。同盟国ですから、どこかの国と違って」
売り言葉に買い言葉だ。
どちらにも非があるけれど、とりあえず今はそんなことをしている場合じゃないはずなんだけど……。
「どちらかに味方しないと、終わらないと思いますよ?」
しゃべれる程度には体力が回復したのか、ソフィアが俺の横まで近づいてきた。
けど、いつもの慈愛に満ちた表情ではない。
「そ、ソフィア? なんか怒ってる?」
「怒っていませんよ。ただ、呆れているだけです」
「俺に!? なんで!?」
「ご自分で考えてください。早くしないと、またグワイガンが動き出してしまいますよ?」
ソフィアの態度がやけに刺々しい。
俺がなにかしたわけじゃないのに。
ソフィアの態度も気になるけど、問題はカグヤ様とフィオだ。
どうしてこの緊急事態に喧嘩なんかできるんだろう。どういう神経をしてんだろうか。
後ろに巨大な竜がいるのに。
「二人とも落ち着いて……」
「私は落ち着いてるよ? カグヤ様が突っ掛かってくるだけだよ」
「その言葉は挑発と受け取るぞ? 一応、私はあんまり気が長いほうではないと忠告しておくぞ?」
「見てればわかりますよ。で、ユキちゃん。皇国に来る気になった? すぐに機嫌が悪くなるお姫さまや、挑発に乗りやすい国王さまより、皇国のほうが居心地いいと思うよ?」
「私は機嫌なんて悪くありませんよ?」
「ソフィア様だなんて一言もいってませんけど? やっぱり機嫌悪いんですか?」
そんなあからさまな挑発をフィオがしたときに、幼竜がフィオとカグヤ、そしてソフィアに向かってきた。
さすがは小さいとはいえドラゴンだ。
勇気が非常にある。
けれど。
「ベルグ」
フィオに近づいた幼竜は、ベルグが翼を広げた瞬間、吹き飛ばされ、下へと落下した。
風というよりは、衝撃波というほうが近いかもしれない。
ベルグが翼を広げても、俺たちに風がこないことを考えると、当たらずも遠からずといったところだろう。
「邪魔だ!」
カグヤ様に近づいた幼竜は一刀の下に斬り捨てられ、しかも余波でさらに数頭の竜が頭とおさらばした。
斬撃が飛んだのだ。
「姉上!? 危ないですよ! 僕に当たるところだった!?」
「うるさい! そなたは黙って剣を振っていろ!」
飛ぶ斬撃の近くにいたディオ様が抗議の声をあげたが、カグヤ様に一喝されると、姿勢を正して頭を下げてしまった。
そのあと、言われたとおりに黙って幼竜の相手をし始めたのをみると、相当怖かったんだろう。もしくは幼い頃に叩き込まれた潜在的な上下関係を思い出してしまったのかもしれない。
「近寄らないでくれますか?」
ソフィアに近づいた幼竜は、ソフィアの風の魔術によって吹き飛ばされた。
近寄ってくるときの倍近い速さで。
幼竜の羽は耐え切れずに千切れ、首も不自然な方向に折れたのがみえた。
かなり遠くまで飛ばされたあと、失速して落ちていったが、すでに死んでいるだろう。
おそらく風を受けた瞬間に即死だったはず。
あれで自衛の魔術なのだから、恐ろしいものだ。
三人に近づいた幼竜が瞬殺されたせいで、ほかの幼竜たちが動きを止めた。
いままで自分が敵わない相手には、積極的に近づかなかった幼竜たちの目は、三人を捉えている。
どうやら三人は明確な危険だと判断されたらしい。
幼竜たちが高く舞い上がっていく。
ほぼすべての幼竜たちが上空へと飛び上がると、口を開けてた。
「まずい! ブレスが来るぞ!?」
幼竜たちは今の時点で数十頭はいる。幼竜とはいえ、上からブレスを降らされたら、無視できない破壊力を発揮するはずだ。
「全員、盾を」
「必要ない。私が纏めて吹き飛ばす」
俺の指示をさえぎったカグヤの手は眩しく光っていた。
それが魔術で生み出された雷だと気づいた俺は、一歩後ずさった。
雷は投げ槍のような形状で、カグヤの手に収まっているが、そこから感じられる魔力は尋常ではない。
そこで俺は気づいた。
尋常ではない魔力に、俺は囲まれている、と。
「まさか……!?」
できるだけ魔力を温存してほしいからこそ、今まで魔術による幼竜掃討の指示を出さなかった。
なのに、最も大事な戦力である三人が、幼竜をオーバーキルしようとしている。
ソフィアの周りには風の矢が浮かんでいた。
その数は百はくだらないだろう。
ただでさえ、ソフィアは魔力を消耗しているというのに、いくらなんでもやりすぎだ。
フィオのほうをみれば、フィオはいつの間にかベルグから降りていた。
そしてベルグが上空を向いて、翼を幼竜たちに向けていた。
翼と翼の間には、馬鹿でかい光球が作り上げられており、それはまだまだでかくなっている。
「やりすぎだって……」
「やらせてやればいい。鬱憤が溜まっているなら吐き出す。人として正常なことだ」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
まぁ、この人も来るよな。
しかし、来たならとめて欲しい。これをやっている間にグワイガンが動き出したらどうするつもりなのだろうか。
「アーノルド提督。今は非常事態なんです」
「みればわかるさ。安心したまえ。あの黒竜は動けはしない。ランドール卿がなにやらやっているようだし、リアも備えている」
「リアーシア様も?」
「ああ。まぁ、私とリアだけじゃないけれどね」
アーノルドと話している最中に、轟音が三方向から聞こえてきた。
三人が幼竜たちがブレスを吐く前に、一斉射撃をしたのだ。
ベルグの中央で作られていた光球は勢いよく発射され、カグヤ様の手からは雷の槍が放たれ、ソフィアの周りに浮いていた風の矢は、目にも留まらぬ速さで上空へと真っ直ぐ飛んでいった。
見るまでもないけれど、一応上を見たら、死屍累々という言葉がぴったりな光景が飛び込んできた。
カグヤの雷の槍とベルグの光球は、幼竜たちの真ん中で爆発し、幼竜を吹き飛ばした。
それらに巻き込まれなかった幼竜たちは、ソフィアの風の矢で打ち落とされた。
そう、打ち落とされたのだ。
形を保っている死骸や、原型をとどめていない残骸ともいうべきモノまで、すべてが落ちてきていた。
「おいおい……!」
「おやおや」
三人の中央にいた俺は、上空にあがった幼竜の大群たちの真下にいたわけだ。
それが落ちてくる。
となれば、結果は明らかだ。
下敷きにされる。
それはもう間違いなく。おそらくとんでもない重量になるはずだ。
「世話が焼けるわね」
ここ最近、ずっと聞いていた少女の声が聞こえたと同時に、頭上の死骸はすべて炎によって燃えつくされた。
肉が焦げる嫌なにおいがしたが、そんなことよりも驚くべきことがある。
「アイリーン!? もう動けるの!?」
「動くわよ。こんな状況で寝てられないわ」
「……大丈夫?」
「私は多くの仲間に剣を向けて、傷つけた! けど……それで落ち込んで、感傷に浸っている暇はないの。せめて、できる限りのことで罪は償うわ」
そういってグワイガンを睨み付けたアイリーンの目には、今まで見たことがないほど輝き、活力に満ちていた。
それが本来のアイリーンの目なんだろう。
「君のせいじゃないよ」
「慰めなんていらないわ。そんなことより、この状況を打開する策を頂戴。まさか大提督と軍師が揃って、無策だなんてことはないわよね?」
アイリーンの挑戦的な言葉を聞いて、俺とアーノルド提督は顔を見合わせて笑ってしまった。




