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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第三章 覚醒7

 迫り来る爪を間一髪で伏せて避けた。

 幼竜は思った以上に強い。

 戦闘力は75ほど。

 この目がなければ、俺は今頃、首と胴体が分断されていただろう。

 さらに厄介なのは。


「ちっ!」


 硬いのだ。鱗が。

 並みの剣では、柔らかい部分を狙わなければ、傷一つつけられないかもしれない。


「一人で戦うな! できるだけ複数人で戦え!」


 声をあげながら、周りの様子を窺う。

 幼竜は魔術師を優先して狙ってきている。

 それなりに知性もあるようで、手ごわそうな相手との戦いは避けているようだ。

 俺に攻撃してきた奴も、攻撃が当たらないとみると、すぐに標的を切り替えていた。

 城壁の下にいるノックスの隊員は徐々にあがってきているが、ノックスだけでは魔術師たちは守りきれない。


「ユキトの兄ちゃん!」


 ロイが俺の後ろから迫っていた幼竜を斬り捨てた。


「助かった。ありがとう」

「いいよ。剣を振るのが俺の仕事だからさ」

「確かにね。それなら、今は仕事には不自由しないけど?」

「こいつら、結構強いんだ。俺の傍には近寄ってこないしさ」


 やっぱり、それなりに強い奴は避けられているか。

 まずは数を減らして、厄介そうな人間を孤立させる気か。


「魔術師を中心に円陣を作る。第五部隊は外を固めて」

「了解! で? 中心はどこ?」

「もちろん。一番守らなくちゃ駄目な人が中心さ」


 俺はミカーナに守られているソフィアのほうを指差しながら、ロイに答えた。

 ロイは俺の言葉を聞いて、肩を竦めた。


「俺たちにとっては、ユキトの兄ちゃんが一番守らなくちゃ駄目な人なんだけど? ニコラの姉ちゃんやアルスのおっさんと約束したんだ。必ず連れて帰るって」


 ロイの真っ直ぐな目をみて、俺は随分と心配をかけたことを理解した。

 この分だと、エリカにも何か言われるかもしれないな。

 怖いなぁ、など思いながらとりあえず、ソフィアとミカーナのほうに向かって足を向ける。


「そうだね。じゃあ、移動しようか。一緒なら守りやすいだろう?」

「そうしてくれるとありがたい、よ!」


 俺に迫ってきた幼竜の首を半ばまで切断して、ロイが答えた。

 それでも幼竜は生きていたが、ロイは二撃目で竜を縦に真っ二つにした。


「良い剣をもってるね?」

「帝国の奴に剣を壊されてさ。カグヤ様に新しいのを貰ったんだ。業物だってさ」


 形は西洋風の両刃で、騎士が馬上で使うようなロングソードだ。

 それをロイは小柄な体で自在に操っている。

 もしかしたら、見た目とは裏腹に軽いのかもしれない。


「帝国の将軍と戦ったのかい?」

「陸軍将って名乗ってた。安心してよ。次は叩き斬るから」


 ロイは好戦的な笑みを浮かべながら、幼竜を横薙の一撃で両断した。

 陸軍将といえば、帝国軍が誇る三人の将軍の一人だったはずだけど。

 交戦して、剣を失うだけで済んだというのは驚きだ。


「まぁ、ここを無事にくぐりきれないと、“次”はないけどね」

「それはユキトの兄ちゃん次第でしょ。俺、竜の倒し方なんて知らないし」

「俺も知らないよ」

「何でも知ってるって、前いったじゃん」

「人が竜を倒した例なんてないからね」

「アルビオンはあるんじゃねぇの? エリカの姉ちゃんがいってたぜ? 撃退したことがあるって」

「まぁ、退かせることならできるかもね。アルビオンの全軍がここにいて、しかも、グワイガンが怒り狂ってなきゃ」

「そういうのって、ないものねだりっていうんだろう? そういうのよくねぇよ」


 ロイに正論をいわれて、俺は苦笑してしまう。

 確かにないものねだりはよくはない。

 ただ、今の戦力ではグワイガンを撤退させることが不可能なのも事実だ。

 幼竜にはそれなりの知性がある。グワイガンには少なくとも、人並み以上の知性があることは間違いないだろう。

 本能だけで動く生物ならば、腹が一杯になるなり、休息が必要になれば、それを優先させるだろう。

 だが、グワイガンは違う。おそらく休眠期に目覚めたせいで、万全とは程遠いにも関わらず、こちらを排除することを優先させている。

 よほど屈辱だったのだろう。人間ごときに操られたことが。


「ユキト!」

「ソフィア。無事かい?」


 話している内に、わりと離れた場所にいたソフィアの場所に来ていたらしい。


「はい。ミカーナたちが守ってくれましたから」


 ソフィアの周りにはミカーナと、ソフィアの護衛隊たちが固めていた。


「ラーグ隊長。ここで無理はしないでくださいね。高位の魔術師は貴重ですから」

「久しぶりにあったというのに、失礼な男だ。我々はソフィア様の警護を誰かに任せる気はない」

「そうですか。なら、ここにいてください。ロイ、ミカーナ。ここを中心に円陣を作れ」

「了解しました」

「はいよ!」


 ミカーナは幼竜の目を矢で貫きながら、ロイは幼竜の顔面に剣を突き刺しながら答えた。

 俺の指示を聞き、お互いに言葉を交わさず、アイコンタクトで意思疎通して、ロイが前に出て、ミカーナが後ろに下がった。

 外側はロイの第五部隊が固め、内側はミカーナの第四部隊が固めるのだろう。


「ユキト・クレイ。なにか策はないのか?」

「この状況から逆転できる一手ですか? あったら、とうに実行しています。この場にいる者ができることは、今ある戦力をできるだけ削られないことくらいですよ」


 ケンシンの問いかけに、俺はすぐにそう答えた。

 ケンシンは無表情のまま一つ頷き、円陣の周りにいる幼竜に視線を向けた。


「結界を張れば、こいつらを近づかせないことも可能だが?」

「あんな雑魚は相手にしないで、あそこの大物を警戒していてください。隙をみせれば、さっきのヤツをまた撃ってきますよ」

「今は動くな、というわけか。それはそれで歯がゆいな。私には君の命令を聞く義務はないのだが」

「ケンシン・シバ」


 ソフィアが咎めるように、ケンシンの名前を呼んだ。

 ケンシンは肩を竦めて、首を横に振った。


「聞かざるを得ないようだな」

「ご協力に感謝します。それで、ランドール卿は?」

「ピクスなら大技の準備中だ。上手くすれば、ソフィア様に頼らずとも、グワイガンの動きを止められる」

「それは朗報です。雀の涙ほどですが、勝率が上がった気がします」

「ゼロじゃないだけマシと思うとしようか」


 ケンシンは言いながら、、周りに控えている弟子たちと共に、グワイガンに視線を集中させた。

 いつ、グワイガンが行動しても対応できるようにするためだろう。


「さて、ここからは時間の問題だな」


 軽めの口調で呟きつつ、俺は内心、いつまで経っても来ないレルファとエルフィンに苛立ちを感じていた。




■■■




 空中から円陣中央にいる魔術師たちを狙った幼竜が、ミカーナの一射で羽を貫かれ、バランスを崩して落下する。

 落下した幼竜は、その周辺にいたノックスの隊員やアルビオンの騎士たちによって、止めを刺されいく。

 とはいえ、硬い鱗で身を包んだ幼竜たちに止めを刺すのは意外に時間がかかる。

 多少の傷では暴れるため、人的被害はけっこうな数になっていた。

 このままだと幼竜たちに押し切られかねない。

 といって、ソフィアやケンシンを使うわけにはいかない。

 城壁の下で待機させているエリカも駄目だ。

 魔術師たちの魔力を消耗させては、グワイガンにダメージを与えられなくなる。

 しかし、このままでは幼竜たちに追い詰められる。


「どんな選択をしても、詰みってのは変わらないな」


 ふぅと息を吐き、俺はさきほどからまったく動きをみせないグワイガンをみた。

 幼竜だけで勝てるとは流石に思ってはいないだろう。

 こちらが幼竜の攻勢に耐えかねて動くにしろ、それはもう少し先だ。

 このまま待ち続ける気なのだろうか。

 怒りを感じているなら、そんな時間の掛かる方法を取るとは思えないが。


「ユキト様!!」


 ミカーナの声で、俺はグワイガンから視線を外した。

 ミカーナを見れば、空を見上げていた。

 視線を追っていけば、幼竜より二回りほど大きな竜が五頭、こちらに向かって降下してきていた。

 幼竜より弱いということはないだろう。

 ミカーナが矢を放つが、軽やかな動きでかわされてしまう。


「ちっ! 近づかせるな!」


 一斉に矢が射掛けられるが、それらは硬い鎧に弾かれてしまう。

 グワイガンにばかり気を取られていたせいか、ソフィアやケンシンの反応も遅い。

 五頭の中から一頭が抜き出て、俺目掛けて一直線に降下してきた。


「くそ……!」


 クラルスを懐から取り出して、突風を浴びせるが、飛竜はそれをモノともせず、俺の目の前に迫ってきた。

 赤い目が俺をはっきりと捉え、太い右腕が振り上げられた。

 なんとかその射程から逃れようと、未来視をして、俺は見えた光景に目を見張った。

 その未来図にはいないはずの人間がいたからだ。


「僕の親友は荒事が苦手なんだ。手を出さないでくれるかな?」

「グワァァァ!!」


 飛竜が苦悶の叫びをあげた。

 当たり前だ。右腕が根元から斬られたのだから。

 俺の目の前にはヴェリスにいるはずの、金髪の王子が立っていた。


「ディオ……様……」

「やあ、ユキト。久しぶりだね」


 右腕を失ったとはいえ、飛竜はまだ生きている。

 そんな飛竜を目の前にしながら、ディオ様は暢気に振り向いて、そう挨拶してきた。

 案の定、その隙をついて飛竜は左腕で攻撃しようと、左腕を振り上げた。

 しかし、その左腕が振り下ろされることはなかった。

 斬り飛ばされたからだ。音もなく。

 斬り飛ばしたのはディオ様ではない。ディオ様は右手に握った剣をまったく動かしていない。

 ディオ様はあえて動かなかったのだ。その必要がないから。


「そなたはいつも危ない目にばかり遭うな。それで生き残っているのだから、ある意味、計り知れないほど強運の持ち主なのかもしれないな」

「確かに、今はあなたを味方にできた自分の強運に感謝しています……カグヤ様」


 飛竜の体中に幾筋もの線が走った。

 そして、飛竜は数十ほどの肉片へと姿を変えた。

 カグヤ様があの一瞬で斬ったのだ。


「落ち着いて話ができる状況じゃなさそうだね。いきなりレルファに飛ばされたから、ちょっと状況が理解できてないんだけど」

「レルファというのは、私の前にいきなり現れた古来種のことか? そこについては、あとでゆっくり聞かせてもらうぞ、ディオ」

「はいはい。わかりましたよ。でも、今は」


 ディオ様が上を見上げた。

 それを追って、カグヤ様も上を見上げた。

 上にはまだ四頭の飛竜が残っている。


「そうだな。まずはあの飛竜たちを片付けるとしよう」

「僕は空にいる竜には手は出せませんから、上のは姉上に任せますよ」

「そなたはどうするのだ?」

「周りの小さいのを片付けます」

「ディオ様。周りの小さい竜もそれなりに強いですよ?」

「心配しないでよ。僕にだって奥の手はあるさ。印象が悪いから、使いたくはないけれどね」


 ディオ様はそういいながら、混乱に乗じて近づいてきた幼竜の喉元を捕まえ、地面にたたきつけた。


「父は僕より慣れてたから吸わせてくれなかったけど、この程度の魔獣なら問題はないよ」


 瞬間。

 ディオ様の手の平が光った。

 そして、ディオ様のステータスが軒並み跳ね上がった。

 すべての数値が百二十にまでなっている。

 俺に魂の三分の一を与える前の、本来のディオ様の数値だ。


「魔人の魔力吸収体質……」

「羨ましいことに、姉上は母上の血が濃いから、こういう力はないんだ。そして忌々しいことに……」


 僕は父親似なんだ。

 と呟き、ディオ様は動いた。

 一瞬で円陣の外まで移動すると、剣を一振りして、幼竜を纏めて吹き飛ばした。

 剣で爆風を起こしたのだろうが、その威力のせいで、それを食らった幼竜は爆散していた。


「では、私も行くとしようか。ユキト。レルファという古来種は、そなたの関係者を集めているようだったぞ。来るだろう人物に予想はつくのではないか?」

「まぁ、一応は……」

「ならば、あの黒竜の仕留める策を考えておくのだな。もうじき、ここには大陸屈指の者たちが集まってくるぞ」


 そういうと、カグヤ様は近くを飛んでいた幼竜に向かって飛び、その幼竜を踏み台にして、他の幼竜へと飛び移った。

 軽業という言葉では片付けられない身軽さで、一頭の飛竜の真上までいったカグヤ様は、その飛竜の背に着地すると、すぐに他の飛竜へと飛び移った。

 カグヤ様が離れると同時に、背に乗られた飛竜は降下を始め、途中で真っ二つになった。


「なんて理不尽な……」

「ユキト。カグヤ様の言葉が本当なら……」

「まぁ、俺に関係した人間っていうなら、“あの国”からも来るんじゃないかなぁ」


 レルファの魔法はよくわからないが、異世界から俺を呼び出せるくらいだ。

 瞬間移動くらいならできても不思議じゃない。

 といっても、ヴェリスとアルビオンの距離を一瞬で移動するなんて、チートにもほどがある。

 それにディオ様もカグヤ様も一瞬で現れた。

 いつ、誰が現れても、もう不思議じゃない。


「俺が考えてる人たちが全員来たとしても、形勢は互角ってところだけどね」


 いいつつ、俺は予想できる戦力で行える作戦を考え始めた。

 互角にさえ、持ち込めるなら、あとは少しの差や運だ。

 その差を埋めたり、運を引き寄せる役目を担うのが軍師なのだから。


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