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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第三章 覚醒5

 グワイガンを操っていた水晶型の魔術具を手に取り、俺はため息を吐いた。

 既に魔術具には幾つものヒビが入っており、そのヒビの数は徐々に増えていた。

 やはり、起きたばかりのグワイガンを無理やり操っていただけか。

 できれば外れて欲しかった予想だったのだけど。


「まぁ、仕方ないか」


 魔術具を適当に放り投げて、俺は沈黙を保つグワイガンに視線を向けた。

 明確な命令が無くなったから動かないのか、それとも魔術具の拘束が完全に解かれるのを待っているのか。

 少なくとも、穏やかに退場してくれる雰囲気ではない。


「ミカーナ。第二、第五部隊はどれくらいで到着する?」

「おそらくあと半刻ほどかと」

「ソフィア。アルビオンの街に侵入した魔獣たちは?」

「随分と数を減らしているようですけど、まだそれなりの数が残っています」


 ミカーナは自分たちと第二、第五部隊との距離から予想して、ソフィアは風で魔獣の存在を調べて、それぞれ俺に情報をもたらしてくれた。

 しかし、どちらも状況を好転させるような情報ではない。

 なにせ、まだ戦力の集結に時間がかかるということは。


「そろそろ動き出しそうなあいつを、この場にいる人間で食い止めなくちゃか……」


 いくらソフィアやミカーナがいるとはいえ、相手は巨大なドラゴンだ。

 とてもじゃないが、百人程度じゃ足止めすらできないだろう。

 アイリーンは未だに眠ったままで、戦力には数えられないし、縄でグルグル巻きにされているアルフレッドからの情報も期待はできない。

 そもそも、アルフレッドは、与えられた魔術具が万能なモノだと思っていたようだし、情報を吐く以前に何も知らない可能性が高い。

 そうなってくると、戦う以外の選択肢はなくなってくるんだが。


「正直、攻撃が通じるとは思えないんだよね」

「そうですね。矢や剣では、傷一つつけられないかと思います」


 ミカーナが淡々とそう口にした。

 内心は悔しいだろうに、それを表に出さないのは立派だ。

 自分が今まで磨いてきたモノが一切通じない理不尽を前にしたら、多くの者が取り乱すだろう。

 けれど、ミカーナはそれを押し殺して客観的な意見を述べた。

 そういう所は非常に頼りになる。


「だよね。向こうが人に目をくれないなら、真っ先に逃げたいのだけど、たぶん、建築物よりも人を狙うよね」

「かつて、アルビオンが襲撃されたとき、避難していた人々はことごとくグワイガンが吐く炎に焼かれたと聞きます。捕食するでもなく、ただ……殺す……。それがグワイガンの人に対する行動です……」


 ソフィアが沈痛な表情を浮かべて、そう話した。

 捕食するでもなく、ただ殺す。

 ドラゴンの凶暴性を物語っているように思えるが、俺には妙な話にしか思えなかった。


「不思議だね」

「何がでしょうか?」

「だってそうだろう? ドラゴンなんて圧倒的存在からすれば、俺たち人間はちっぽけな存在だ。それをただ殺すだなんて、労力の無駄じゃないか」

「……ユキト。言っている意味がちょっとわかりません」

「そうだなぁ。ソフィアは虫を殺すのに、大規模な魔術を使う?」

「……使いません」

「だよね。自分に対して、何かしらの害を与える虫なら、手を使って払いのける程度はするだろうけど、結局はその程度の行動だ。積極的に排除には動かないだろう? 自分より圧倒的に小さな存在に全力を出すっていうのは結構難しいのさ。

 ドラゴンにとって、人間は虫程度の存在だと思うんだ。自分にちょっかいを出さなければ、さして気にも留めないような存在。それをわざわざ捕食もしないで殺すっていうのが気になる。巨大な体で行動するために、わざわざ長い休眠期を過ごしてきたのに、ようやくやってきた活動期に、莫大な労力を使ってまですることとは思えない」


 考えられるのは過去に人間に何かしらの攻撃を食らったということだ。

 人が蜂を危険だと認識して、生活の場から遠ざけようとするように、過去の経験から、グワイガンは人を自分のテリトリーに置いておくのは危険だと判断しているのかもしれない。

 そうなってくると、一筋の光明が見えてくる。

 “過去”に何かあったならば、俺の目なら見ることができるはず。

 容易に見えるとは思えないが、試してみる価値はあるだろう。攻略法やら弱点やらが見えるかもしれない。

 とはいえ、それをするのは防衛の準備が整ってからだろう。

 今のアルビオンは、中に入ってきた魔獣と混乱する民への対応に迫られているせいで、無防備に近い。

 俺の周りにいる人間たちが唯一の防衛戦力であり、頼みの綱だ。

 その頼みの綱も頼りない細いもので、誰かが抜ければ、すぐに切れてしまうものだろう。

 その誰かには、当然、俺も入っている。

 俺の目で先読みをして、効率よく防衛ができれば、何とか持ちこたえることができるかもしれない。

 今はそんな状況だ。

 それなのに、不確かな情報を得るために、どれだけ時間が掛かるか分からないドラゴンの過去視を行うわけにはいかない。

 そこまで考えて、俺は右隣にいるソフィアを見た。

 結局は時間との勝負であり、もっといえば、ソフィアがどれだけ持ちこたえられるかが鍵になる。

 レルファはソフィアのことを、アマデウス(神に愛されし者)といった。人から外れている者だと。

 実際、この場にいる中でも最も戦力になるのはソフィアだ。ソフィアしか戦力にならないと言い換えてもいい。

 ミカーナも多少の時間稼ぎくらいは出来るかもしれないが、そもそもグワイガンがミカーナに興味を示せばの話だ。

 ミカーナの攻撃を意に介さずに進むことも、十分に考えられる。

 そうなった場合、力ずくでグワイガンを止められるのはソフィアしかいない。


「困った話だね」

「何がですか?」

「君が力のないお姫様なら、後ろに下がっていてといえるのに、君は誰よりも力があるから、頼らざるを得ない。

 守りたいと思っているのに、君に矢面に立ってもらわないと、何も変えられない。困った話でしょう?」

「そうですね。とても困った話です。グワイガンが現れなかったとしても、アルビオンの混乱を収めるために私の至上の乙女としての権威を利用するつもりだったのでしょう?

 結局、利用するつもりだったのなら、今更申し訳ないなどと思われても困ります」

「いや、権威を利用するのと、力を利用するのは似ているようで、だいぶ違うと思うんだけど……」

「あまり変わりませんよ。まぁ、そもそも、私は利用されているなんて思っていないので、その困った話は成立していませんけど」


 含みのある笑みを浮かべて、ソフィアはそういって、少し離れたところで気絶しているアルフレッドを見た。


「アルフレッド・ウォーデン。いえ、ユーリ・ストラトスは、先ほど私に問いました。ユキト・クレイと自分とでどれほど差があるのか、と。

 自分の思い通りに人を動かすという点において、どちらも変わりはしないじゃないか、と。手段が違うだけではないか、と」

「言い得て妙とはこの事だね。確かに、俺と奴との違いは手段だ。奴は魔術で、俺は話術や策によって、人を動かす。自分の意のままに……」

「ええ。ですから私は答えました。だから、あなたの傍には誰もいないのです、と。人には意思があり、それがあるから人は人なのだと思います。ユキトはどれだけ必要に迫られても、それらを無視することはしない。誰かを誘導することはあっても、無理やり迫ることはしない。けれど、彼はそれを無視して、人を自分の人形に変えてしまった。その結果が今です。

 彼の周りには誰もおらず、ユキトを助けに敵国にも関わらず、ユキトの周りにいた人は命がけで来てくれている。逆ならばあり得ません。それが答えです。私は自分の意思でここにいます。あなたと共に居たいから、あなたと共に戦いたいから。それを知っているから、ユキトは私を後ろに下がらせないのでしょう?」


 違いますか?

 と問いかけるようにソフィアは笑顔を向けてきた。

 俺は右手で頬を掻いて、アルフレッドを見ながらいう。


「その考え方だと、結局はその人の受け取り方次第にならない?

 その人に利用されたと思うか、その人のために動いたと思うか。人の心なんて分からないんだから、俺は心の底でソフィアをまんまと利用したぜって思っているかもしれないよ? それなら、俺とアルフレッドの違いは印象操作が上手いかどうかってことになる」

「ユキト様。ずっと敵国にいたせいか、疑心暗鬼で卑屈になっていますよ?」

「前から俺はこういう人間だよ。君たちが知らなかっただけさ」

「そうですか。では、そんな気難しい方には率直な言葉で返してあげましょう。はっきり申し上げますが、私は利用されていたとしても構いません。それはノックスの部隊長、全員がそうだと思います。例え、利用され、死んだとしても、私は後悔しません。それは私が望んだことですし、少なくとも、この人のためになら死んでも構わないと思えて、死ねるなら本望です」


 また過激な言葉を投げかけてくるものだ。

 死んでも構わないだなんて、ミカーナらしくもない。

 いや、これはこれでミカーナらしいのかもしれない。


「ヴェリスの内乱の時、ディオルード様を助けたのは、ご自分の意思でしょう? 例え、それがディオルード様の思惑通りだったとしても、ユキトは後悔はしていませんよね?」

「どうだろうね。ドラゴンと戦う未来が待っているって知ってたら、もしかしたら、ソフィアに泣きついて、アルビオンに行ってたかもしれないよ」

「それはそれで楽しそうですね。けど、きっと黒竜グワイガンとは戦うことになったんじゃないでしょうか。戦乱の元凶であるユーリ・ストラトスはアルビオンにいたんですから。どういう順序であれ、こういう展開になったと思います。ユキトは厄介ごとに巻き込まれやすいですから」


 クスクスと手を口に当てて笑うソフィアに、言い返すことができず、俺は髪を右手でクシャクシャにしながら顔を顰めた。


「まぁ、厄介なことを呼び寄せるというのはあながち間違いではないですね。カグヤ様を筆頭に、アーノルド提督、四賢君のアイリーン・メイスフィールドにピクス・ランドール。そして黒竜グワイガン。一年ほどの間で、これだけの敵と戦うことが出来るのはもはや才能としか思えません」

「失敬な。それらは全て防衛戦だ。向こうからやってきたから、迎え撃っただけで、俺から首を突っ込んだわけじゃない」

「ですから、呼び寄せているといったんです。まぁ、その分、味方も多く呼び寄せていますが」


 ミカーナの視線の先には、大きな土煙があった。

 ミカーナの目にはしっかりと、その集団が掲げる旗が見えているんだろう。


「早いな。これなら間に合うかな?」

「いえ、そう簡単にはいかないようです……!」


 ミカーナがそう言いながら、俺の前に出た。

 見れば、グワイガンが大きな翼を広げ、臨戦態勢を整えていた。

 その目はしっかりと俺たちを見据えているように思える。

 緊張感が城壁の上に走ったが、そこに不釣合いなガラスが割れたような音が聞こえてきた。

 嫌な予感がして、先ほど、適当に放り投げておいた水晶型の魔術具を見てみた。


「うわぁ……」


 見事に粉々になっていた。

 つまり、あのやる気満々な黒竜の首にはめられていた不完全な首輪が、完全に壊れたということだ。

 グワイガンがゆっくり息を吸い込み、そして雄たけびを上げた。

 それだけで台風の中にいるかのような風が、俺たちに襲い掛かってきた。

 同時に、グワイガンの強烈な雄たけびが俺たちの耳と心を直撃してきた。

 雄たけびは耳を麻痺させたが、それ以上に、こちら側の多くの人間の戦意を喪失させた。

 マインドブレイクといったところだろうが、一瞬で勝てないのではないかという絶望感が心に広がってきた。

 それをどうにか跳ね除けて、グワイガンを直視したとき、グワイガンがかすかに口を開いたのが見えた。

 過去視を発動させて、その予備動作が何を意味するのか探る。

 それはすぐにわかった。


「ソフィア! ブレスが来る!」


 ソフィアは俺の叫びに答えずに、両手を前に出して、風の障壁のようなモノを瞬時に作り出した。

 おそらく個人で作り出せる最大級の防壁だ。

 それとグワイガンが吐き出した炎のブレスと激突した。

 接触と同時に爆発が起きた。

 爆風からソフィアを守るために、俺とミカーナは魔術に集中していたソフィアの前に出た。

 グワイガンに爆風に背を向け、ようやく止んだ頃に、俺の目に飛び込んできたのは人とドラゴンとの差を思い知らせる文章だった。

【炎のブレス。100パーセント】


「連射か……!!」


 俺の視界に炎が一瞬で広がった。







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